第二十一話 歪者は誓う
リュウ・シュゲルは六歳まで普通の子どもであった。小さな集落に生まれ、何一つ不自由なく暮らしてきた。
その日は、妹が生まれた日である。新しく誕生した生命に小さいながらも感動し、兄になれたことを喜んだ。
「名前、何が良いかな?」
「マリル!」
父親の言葉に、リュウは即答した。
「何故、マリルなんだい?」
「マリルヒメカ!」
「あー……なるほどね」
マリルヒメカとはこの世界に咲いている花。別に珍しくもないが、白くて小さな花で人気がある。花言葉は確か――
「“小さくも信念を持つ”……か」
「そう。僕、マリルには強い子に育ってほしいんだ」
「そうだな。きっとそうなる」
リュウはこの時のことを、生涯忘れないだろう。そう思っていた。
転機――否、急転が訪れたのはその一週間後であった。
普段、人があまり訪れないような村に、数人の客が訪れたのだ。
そのうちの二人は、特徴的であった。
黒色の甲冑に身をつけ、大柄な男。背中に背負った大剣は、血が滴っていた。帝国の近衛騎士だ。
もう一人は細身の女性だった。ローブを羽織ってフードを目深にかぶっていて、口元しか見えない。肩に垂らしている髪の色は、金色であった。
「おい、本当にここにいるんだろうなァ?」
騎士が苛立つように、フードの女性に訊ねる。
「……います」
「はん。信用できねェ」
背負っている大剣を取ると、振り下ろした。地面が割れ、砂煙と村人の悲鳴が上がる。
「おい! お前らの中から“適正”のあるものを見つける。拒否権はねェ。こっちは、殺しても良いって許可をもらってんだ、大人しく従うのが身のためだぜェ?」
騎士の威圧に、逆らうものはいなかった。逆らえば、死だと本能で直感してしまったからだ。
彼の手には水晶玉のようなものが握られている。
「この玉に手を置いていけ」
促されるままに村人たちは一人、また一人と手を置いて行った。何事もなく終わった者たちは、安堵の表情を浮かべている。
リュウの番になり、同じように手を置いた。
水晶が光り出す。何を意味するのか、幼い彼でさえ理解する。
「見つけた。おい、連れてけ」
「はっ!」
脇に控えていた男の部下が、リュウを抱える。もちろん抵抗したが、力が敵うはずもない。
縋るような思いで父親のほうを見るが、目をそらされてしまった。
そのとき、リュウの中で何かが弾けたような音がした。
◆
リュウが連れ去られて数年が経過した。彼は【転生者】の器になるものとして育てられていた。
日々繰り返される暴力。食事もろくに与えられない。魔力による実験が繰り返される。失敗すれば、死ぬギリギリまで痛めつけられる。
用が終われば、暗くて狭い部屋の中に閉じ込められる。
そんな生活がずっと続けば、心が壊れるのは当たり前だろう。
すべては――の名の下に。
すべては――の名の下に。
すべては――の名の下に。
その言葉が頭からこびりついて離れない。
しかし、それでも死にたいと思わなかったのは、妹の存在が大きかった。心の拠り所となっていた。
――“もし死ぬなら、僕は妹と一緒に”。
その歪んだ愛情だけが、彼を生かしていた。
その日もドアが開く。外の光が、部屋の中に入ってくる。しかし、立っていたのはいつもの実験担当のものではなかった。
フードを目深にかぶった女性だ。
「……出てください」
彼女はか細い声で言った。
リュウは言われるままよろけて立ち上がり、部屋の外に出た。
背後に立つ女性が、彼の背中に手を置く。
「……どうやら、器として不完全だったようです。……貴方は特別な能力を付与することができましたが、これ以上繰り返してもこれ以上の成果は見込めないでしょう」
機械的とも思えるような淡々とした声が、耳に響く。リュウは彼女の言葉を、受け流していた。
「……なので、あなたは失格者とします。……実験に協力してくれたお礼に【転生者】の庇護は与えますが――」
そのあとの言葉は、耳に入ってこなかった。完全に体が拒否しているのだと、自覚した。
気がつけば、外に放り出されていた。装備も何もなく、たった一人で。
リュウに残ったのは、実験で得た魔晄石に人の命を閉じ込めて、自分の肩代わりにさせる能力。右胸に刻まれた、【転生者】の所有物の証である消えない烙印だけ。
自分は何のために生まれたのだろう。何のために生きているのだろう。その答えが出ることはなかった。
彼は大人になってもしぶとく生き残っていた。【転生者】の都合の良い傭兵として。ただ言われるがまま命じられたことをやる人形と化していた。
その日、命じられたのは「ベヒシュタイン」周辺に移ってくれということだった。
リュウはその町の名前に聞き覚えがあった。育った村の近くに、そのような名前の町があった。
彼の濁った瞳に色が戻る。マリルに会えるかもしれないと。
結論、マリルの顔を見ることはできた。しかし、話しかけることはできなかった。赤子の時以来会っていない妹と、何を話せば良いのか分からない。
そっと見守るしかできなかった。
そんなとき、悲劇は再び訪れる。
村が魔物に襲われるというものだ。
そのとき、何故リュウがここに移されたのか知る。【転生者】たちは、近く【輪廻者】が現れることを予見していた。その対応として周辺の村に協力を仰ぎ、協力が得られなかった村は、事故を装って潰そうという魂胆だ。
リュウは邪魔をした。父親は脚をなくしてしまったが、村は守られた。
何故邪魔をしたのか。近くにいる【転生者】に訊ねられた。リュウの答えは至極単純だ。
「僕が【輪廻者】を殺せばいいんだろ?」
返ってきた答えは、【転生者】たちは力を貸さないというものだった。
リュウは、途中で拾って数年ともにしてきた同じ失格者のサーシャと一緒に、【輪廻者】を討伐することに決める。
――【輪廻者】を倒せば、【転生者】たちにこの世界のことを問い詰められる。もし負けても、僕は妹とともに死ねる……。
それが歪んだ感情であることは、彼は気づいていない。




