第一話 輪廻はエラーとともに
溝端明人のことを説明するなら、なんの特徴のない男子高校生だの一文で済む。身も蓋もないが、実際そうなのだから仕方がない。
同級生は彼のことをスタンプと呼ぶ。量産型という意味で、実に洒落の効いた皮肉ではないだろうか。
「おい、スタンプ」と呼ばれれば反応し、雑務を押し付けられる日々。
――僕だって、好きでこんなんじゃない。
心でいくら思ったところで、自分のことは変えられるはずもなく。
そんな明人が【VRMMORPG】にはまるのは、必然だった。夢を見ているような感覚で、ゲームの世界へ入り込める。まるで本当に自分がその世界の一部になったかのように。
今日も今日とて、学校から帰ったらすぐに部屋に引きこもってデバイスを頭に付け、ベッドに寝転がった。こんなところ親に見られれば普通に卒倒されそうだけれど、彼の両親は息子に興味を持たずただ会話もなくやることをやるだけの人間だ。
きっと、彼がこの世界から消えたとしても何も思わないのであろう。
遊ぶゲームは半年前にリリースしたもの。中世を舞台にしており、各種族が点在している世界である。よくあるファンタジー系なのだが、中々どうして侮れない。
明人はそこで帝国の騎士をやっていた。長身の男で、みんなから頼りにされている。
今日は五十年前に滅ぼした国の生き残りが、たびたびちょっかいをかけてくるので、その討伐をしてほしいという依頼を王様から受けた。
推奨プレイヤーレベルは二〇。一〇〇近くの明人にとっては何の苦もない依頼である。ただ、報酬はおいしく、レアものとなればかなりの値段で売れる。ネットの友人とともに颯爽と反逆者たちの退治に出かける。
依頼遂行は、もちろんうまく行った。敵も弱く、アジトなどすぐ壊滅させてしまった。
「ちょろいちょろい」
仲間の一人が笑いながら戦利品を漁っている。明人も遅れを取るまいと、戦利品を漁ろうとした。
――……?
視界一面に広がる『error』の文字。ウィンドウを開こうにも反応しない。
「おい、どうした?」
固まる明人を心配して、仲間の一人が声をかける。
心配ないと振り返った時だった。見える景色全体がぶれていることに気がついた。
「だ、だだだだだだい……か? あああああああかいあ」
言葉が、奇妙なほどに震えている。何を言っているのか、聞き取ることができない。
慌てているうちに増えていく『error』の文字。そのうち、文字は変容を見せる。
『あなたは【輪廻】します』
その一文を意味するところを理解する間もなく、接続は切れてしまった。
◆
彼が起きたところは、ゲームの世界のままだった。ただそこは始めたばかりのプレイヤーがスポーンする場所、いわゆる始まりの町という場所だ。
――このゲームが、こんなエラーをはくなんて珍しいな。
とりあえず仲間に呼びかけようと、立ち上がってステータスウィンドウを開こうとする。が、必要な手順動作をしてもステータスは呼び出せない。しばらく悪戦苦闘してみたが、どうしても開くことはできなかった。
さすがに異常事態だと思い、GMに対し通信を試みる。が、反応どころか繋がる気配すらない。
慌てる明人は、ゲームの接続自体を切ろうとした。しかし、それも不可能であった。
「あぶねぇ!!」
そんな明人に大きな声がかかる。振り返ると、馬車がこちらに突っ込んできていた。瞬間、横に転がって馬車を避けた。
馬車は数メートル先を走った後、止まる。中から男が出てきた。
男の表情は険しく、見るからに怒り頂点といった様子だ。
「こんのクソガキ! 道路の真ん中で突っ立ってんじゃねぇよ!」
男の迫力。何より、見上げるほど大きな男にたじろいでしまう。詰め寄られて、言葉を失ってしまった。
一方的にまくしたてる男。道路の真ん中で騒ぎ立てるから、なんだなんだと周囲から人目が集中する。
さすがにバツが悪いと、鼻を鳴らして彼は馬車に乗って走り出した。
――なんだ? 一体……?
明人の頭の上は、ハテナが一杯であった。
通常馬車は、ファストトラベル(高速移動)の手段の一つ。街の外観として走っていることはあるが、プレイヤーに干渉することはできなかったはず。
そしてなにより、NPCがここまでリアルに話しかけてくることは、ありえなかった。
「君、大丈夫かい? ここにいると、また危ないよ?」
ボーっと考え事をしていると、また違う人が話しかけてきた。これまた長身であった。いかにも好青年そうな金髪の男である。
不思議そうに見上げていると、彼は手を差し伸べてきた。
「もしかして、この町は初めてかな? じゃぁ、僕が案内してあげるよ。さぁ、お手をお嬢さん」
――……お嬢さん?
彼の言葉に眉根を寄せる。ここで初めて、自分の身体を見下ろした。
地面までの距離が近い。腕も足も細い。腰はくびれており、胸はかすかながらにある。何より、あるべき場所にあるような感覚がない。
そんなまさか。いやいやそんな。
この世界では、明人は長身の騎士だったはずである。
明人は慌てて駆けて、近くのショーウィンドまで寄った。
ガラスに微かに映る姿は、屈強な騎士の姿などどこにもない。見えたのは銀色ボブカットの少女。瞳は透き通るような蒼色で、唇は艶があり薄い。鼻も小さくしかし、鼻筋は通っている。
現実世界では、到底お目にかかれない美少女がそこにいた。
「な、なにこれぇぇぇぇえ!?」
きれいで透き通るような女声が、町中に響き渡った。