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前世より剣戟を  作者: 水無月秋名
第一章 始まりの輪廻
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第十七話 輪廻者

 木剣を構えて、マリルは前を見据える。相手は、イリスちゃんを襲おうとする、憎き男。

 

「お姉ちゃん、ガンバレー!」

「がんばってー!」


 村の子供たちの声援を受けて、マリルは手を上げて応える。視線を移して、イリスのことを見る。

――か、可愛い……ッ!

 どこか心配げで見つめてくる彼女。化粧をして、ドレスアップした彼女は、どの花よりも輝いて見えた。

――か、かっこよくて、た、頼りになって、か、可愛いイリスちゃん。そ、そんなイリスちゃんのピンチ!

 前を見据える。長身の男は髪をかき上げていた。その胡散臭い動きが、マリルの神経に触る。

――こ、こんな男に、い、イリスちゃんの貞操を奪われるわけには、い、行きません!


 意気込み、剣を握る手に力を込めた。

 マリルは鼻息を鳴らして、剣を一回振った。

 

「はは、そんなに意気込まなくたって、オレは愛してあげるよ。あの人の二番でいいのなら」

「ち、違います! わ、私はあなたを遠ざけるために――」

「照れ隠しは良いよ」

「……こ、このッ!」


 マリルは我慢できずに飛び出していた。剣を振り上げて、彼の頭目がけて振り下ろす。しかし、簡単に受け止められてしまう。

 スカートを翻し、首筋目がけて蹴りを繰り出す。彼は片手で受け止めた。

 

 マリルの踵を握りながら、青年は笑みを浮かべている。

 

「血の気が多いのは良いことだが、もっと優雅さを身に付けないと」

「う、うるさい……ッ!」


 足を振って、手を振り払う。一歩下がって距離を取る。

 今の一瞬で理解した。“マリルは彼に決してかなわない”。だったら引くのかと言われれば、否である。

 

「や、やぁあああ!」


 そのまま駆け寄って、剣技を繰り出した。

 

 右下からの斬り。

 そのまま振り下ろし。

 首目がけての突き。

 

 すべてが簡単に木剣で弾かれる。

 

 これだけの攻防で分かる。彼の剣術は村でかじった程度のものではない。言うならば、“人間を殺したことのある剣術”である。

 冷や汗が伝うのを感じた。それでも、負けられないと力いっぱい斬りつけた。

 

 木剣が打ちあう音が響き、せめぎ合った。渾身の力を込めているが、剣は一ミリも動かない。

 青年の顔は涼しそうだった。腕も震えておらず、まったくもって力を込めていないように見える。

 

「君は“自分の命とあの娘の命。天秤にかけられたとしたらどっちを選ぶ”?」


 顔を近づけて、急に話しかけてくる。彼女にだけ聞こえる声音で。

 

「わ、私は……い、命を一度救ってもらった身です! か、彼女の命に決まってます!」

「“あの娘が破滅をもたらす【輪廻者】だとしてもかい”?」

「……り、【輪廻者】? そ、それが何か知りませんが、わ、私は誓ったんです! と、ともに過ごすと!」

「へぇ、大した度胸だ」


 彼の口の端が歪んだように見えた。それも一瞬のことだった。

 わざとらしく、彼が大勢を崩す。まるで、そこに打ち込めというように、脇腹をさらしている。気がつけば、マリルの木剣は、彼の急所を捉えていた。

 彼女が意図したわけではない。青年がそうなるように誘導した。

 

「それまで!」


 審判の号令が響いた。マリルの頭の中の疑問符は、村人たちの歓声にかき消された。

 

 ひざをついていた青年は、体についた土を払っていた。清々しい笑顔を浮かべて、マリルに握手を求めてくる。

 彼女はその手を取らなかった。行き場のなくなった手は、そのまま収められる。

 青年は肩を竦めて、笑う。

 

「君の選択が間違っていないことを祈るよ」


 一体何だったんだと、彼を見据える。木剣で自身の肩を叩きながら、青年は村人たちの中に入っていった。

 背中に声をかけようとしたが、集まってきた人たちに飲まれてしまった。再び目を向けた時には、すでに彼の姿はない。

 

 

          ◆

 

 

「急に現れたと思ったら、何がしたかった?」

「いやいや、なになに。可愛い娘がいれば、近づきたくなるのが男の性ってもんでしょ?」


 村のはずれにある森。リュウに詰め寄られて、青年は肩を竦めた。

 

「オレはいつでも、可愛い娘の味方なのさ」

「いつもいつもお前らは僕たちを見下しやがって、それなのに今回は邪魔までするというのか?」

「邪魔はしないよ。オレは、マリルって娘に運命をゆだねただけ」

「はん! 外れ者の【転生者】がよく言う」


 いつにもまして、リュウは眉間にしわを寄せている。

 

「お前らにとって【輪廻者】は、邪魔でしかないんだろ! 潰せって言ったのはお前だ!」

「イリス・フォーゲルはつぶす。……けどね、“溝端明人はつぶしたくないんだよ”、オレは」

「溝端……明人?」


 急に出てきた名前に、困惑を示すだけである。イントネーション的には、「ジマリア」の国のものであると想像する。しかし、この国と「ジマリア」はかなりの距離があった。

 

「理解しなくていい。どうせ、お前らこの世界の住人には、何も意味がないことだから」

「……バカにし腐りやがって」


 彼は怒りからか、奥歯を激しく鳴らしていた。懐から取り出した魔晄石を、青年に見せつける。

 

「僕には、魔晄石に人間の魂を閉じ込めて、命を身代わりにするという能力がある! それに、僕はマリルの命も握ってるんだ! イリス・フォーゲルごときにやられる僕ではないぞ!」

「その能力も完璧じゃないだろ? オレたちから譲り受けた能力ってだけに過ぎない」

「クソが!」


 リュウは怒りに任せて剣を抜く。その先には、揺らめく陽炎しかなかった。


『すぐに頭に血が昇るのが、君の悪い癖だ』


 剣を収めて、再び歯ぎしりする。八つ当たりのように、近くにあった木を殴った。葉っぱが揺れて、こすれる音が響き渡った。

 

「クソが……! 僕は、僕はもうバカにされるような人間じゃない」


 小さく息をついて冷静さを取り戻していく。

 

――サーシャは今夜仕掛ける。僕もそれに準ずる。


 昂る心臓を抑えつけて、目を瞑った。

 

――イリス・フォーゲルはつぶす。そして【転生者】に認めさせる。それが、僕がこの世界における復讐の一歩だ。


 リュウ・シュゲルは、森の中へと消えていった。

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