第十六話 平和と始動
「さぁてお立会い! お立会い!」
童女――サーシャは、草原で手を広げている。楽しむように笑みを浮かべて。
寄ってくるのは、ラビアという小型の魔物。
普段ラビアは、“臆病なため、子どもにさえ近づかない”。五メートル以内に入れば、逃げて行ってしまう。なのに、彼女の周りには、次々集まってくる。
「気になる方は寄っといで。気にならない方も寄っといで」
手を叩き、そのリズムに誘い込まれるように。
ラビアの目は深紅に染まっていた。体には一体一体に、数字のようなものが浮かんでいる。
「さぁて村のほうの仕込みも、町のほうの仕込みもこれで終わり♪」
新しい玩具を見つけたように、舌なめずりをした。
「さぁてお立会い、お立会い。一世一代の銀色さんの大立ち回り。気になる方は寄っといで。気にならない方も寄っといで」
ラビアは跳ねる。彼女と別れを告げて、「ベヒシュタイン」に向かって。
◆
早朝、イリスは気分よく起きることができた。傷のほうもだいぶマシになってきている。歯を磨き、髪の毛を整えて、服を着替えようと下着姿になる。
ところどこに貼ってあるシップと包帯が、痛々しさを伝えている。シップを慎重に剥がして、傷の具合を確かめた。
ガラスや石礫で切った傷は、塞がっていた。薬草が効いたということだろうか、傷が残るような心配はどこにもなさそうだ。
息をついていつもの服に着替えようと、手を伸ばした。
「い、イリスちゃーん……」
「……ッ!?」
半開きの扉から、マリルの目だけがこちらを見ている。なんていうか、いきなりのことで肩が飛び跳ねる。
「お、おはよう……。どうしたの?」
「わ、私……昨日言いましたよね?」
「……なんのことかな?」
「と、とぼけても無駄なんですよ?」
知らんぷりをしようと、顔を前に向ける。途端、ドアが勢いよく放たれた。
「さ、さぁ! い、イリスちゃんも着るのです!」
見えたのは、ドレス姿に身を包んだマリル。手の中には、よく似たドレスの色違いがあった。
「ま、マリル。今はもう一刻も早く町に戻って襲撃に備えて――」
「は、話をそらしてもダメです! そ、それに今日まで安静って、や、薬草医さんが言ってたじゃないですか!」
「ま、待って! 話せばわかる!」
「だ、ダメです! け、決定事項です!」
ふんすの数が最大限まで振り切ったマリルが、イリスの懇願を聞くわけもなかった。
「日差しって……暑いね」
どこか自嘲気味に、イリスはそうつぶやいた。広場に、ドレスワンピース姿で送り出されたイリス。マリルとお揃いとはいえ、この姿で人前に出たくなかった。
そりゃ可愛い。可愛いと思うのだが……それは自分以外の美少女がやるからであってうんぬんかんぬんと、現実逃避気味に呟いている。
「お姉ちゃんたち、可愛い!」
「いいないいな!」
「……け」
「やーい、照れてやんの」
「て、照れてねぇし!」
女の子たちはイリスとマリルを囲み、男の子たちは遠巻きで見ている。村の男衆は鼻を伸ばしており、何人かは尻を叩かれていた。
感嘆の声が、身体に響く。公開羞恥プレイとは、このことだろう。
「やっぱり、あたしの見立て通りだったね!」
一人のおばちゃん然とした女性が、近づいてきた。彼女は満面の笑みだ。
諸悪の元凶は貴様か! と、イリスは心の中で睨みつける。
「し、仕立ててくれてありがとうございます!」
「ぴったりだったかい?」
「は、はい……! わ、私も、と、特にイルアスちゃんも!」
「待って。なんで、僕のサイズ知ってるの?」
イリス自身でも知らないのに。
「ふ、ふふふ。ね、寝ている間にこっそり測っていたのです!」
「え……こわ」
素直に別の部屋で寝ようかと真剣に悩んだ瞬間であった。
「おお! なんて、なんて美しい!」
そんなとき、大きな声が上がる。今度は何だと、そちらに目を向けた。
一人の長身の男性が、くるりくるりと舞いながら近づいてくる。これまた濃い奴が現れたと、苦笑するしかない。
彼は人をかき分けてイリスの前まで来ると、膝まづく。
「君こそ、オレの嫁にふさわしい!」
手を握られ、唐突なことに固まるしかない。数秒してから、寒気が全身を駆け巡った。鳥肌も立つ。
「あ、ありがとう」
愛想笑いを浮かべて、手を振り払う。思わず自身の手を擦ってしまったのは、生理的嫌悪から来るものだろう。
あぁ、こういうのが受け付けないっていうんだなと考える。
「……ちょ、ちょっと。な、なに勝手にイルアスちゃんに、きゅ、求婚してるんですか!」
割り込んだのは、隣のマリルだ。
「わ、私のイルアスちゃんに、か、勝手なことしないでください!」
――私の?
「君も美しいが、この方の美しさには負けるな。オレの邪魔しないでいただきたい」
――なんか、勝手に話が進んでる?
「だ、だったら決闘です! わ、私が勝ったらイルアスちゃんは私のものです」
「良いだろう! オレが勝ったら、オレの子どもを作ってもらう」
「ふ、不潔です! え、エッチです! そ、そんな人には渡せません!」
「あの、僕を置いて話し進んでませんか?」
「イルアスちゃんは黙ってて!」
「君は黙っていなさい」
「……あ、はい」
圧に負けて黙るしかない。
おかしい。話の中心はイリスのはずなのに、その中心に自分がいない。首を傾げるが、村の熱気に包まれて、置いてきぼりを食らってしまう。
あれよあれよと椅子が用意されて、あれよあれよと座らされてしまった。
「……よぉ、なんていうか災難だな」
いつの間にか隣にいたラルフが気の毒そうな視線を送ってくる。
「そう思うんだったら、助けてください」
「面白そうだからやだね」
「うわぁ、はっきりしてるぅ……」
肩を落としてため息をついてから前を向いた。
ガヤを飛ばす村人たちは、楽しそうに二人を囲んでいた。
ドレス姿のマリルと、長身の男が木剣を持って向かい合う。
「ま、こういうのもたまには良いだろう。こういう楽しいことがあるから、守ろうと思えるんだよ」
「……そうですね」
「……だろ?」
ラルフのその心意気は、父にはなかったようだ。それは彼も分かっているからか、その笑顔はどこか自嘲気味であった。
審判を任された村人の一人が、中心に歩き出る。一瞬、ざわつきが止んだ。
静寂に包まれる中、ラルフの視線は長身の男に向いている。
「……しかしあんな男、村の若い衆にいたか?」
彼のつぶやきは、審判の号令にかき消されたのだった。




