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前世より剣戟を  作者: 水無月秋名
第一章 始まりの輪廻
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第十五話 ひと時

「そっちそっち!」

「あーもう、逃げちゃったぁ」

「僕は悪くないぞ!」


 子どもたちが、平原で騒いでいる。村から歩いて、五分くらいの場所である。森とは違い風や陽光がよく通り、実に気持ちのいい場所だ。

 草の感触を感じながら、イリスは子どもたちの様子を見ていた。

 

「お、落ち着いて、ね、狙って」


 子どもたちの手には、弓が握られている。手作りなのか、市販のよりも少々出来が荒い。マリルが子どもたちのそばで、指導をしていた。

 一人が矢を持ち出して、弦を引き絞る。狙うは、小型魔物のラビア。ウサギ型の魔物で、大変臆病で人を襲うことはない。村人たちはよくこの魔物を狩猟して、肉を食べているらしい。

 

「やぁ……っ!」


 軽い掛け声とともに、矢は放たれる。しかし、目標の数メートル手前で、力尽きて落ちてしまった。ラビアは気にした様子もなく、ただのんきに耳を掻いていた。

 

「あたらなぁい。しかも、あいつバカにしてる」

 子どもが指さしたラビアは、大きなあくびをしてから、チラリと子どものほうを見る。そのまま数メートル動いてから、またチラリと見ていた。

「絶対、バカにしてる!」

 

 だだをこね始めたので、仕方がないなとマリルが苦笑している。

 

「ほ、ほら。お、お姉ちゃんに任せて」


 子どもの一人から、弓をマリルが受け取る。そのまま矢を引き絞って、狙いを定めた。

 風を切る音が、聞こえた。矢は素早く、ラビアの頭上五メートルを飛び越していく。

 しばらくの沈黙が訪れる。ラビアが、マリルのことを見つめている。気のせいか、口の端をゆがめて嘲笑しているような気配すら感じる。

 彼女が顔を真っ赤にして、顔を俯かせた。

 

「お、お姉ちゃん……」

「大丈夫! だ、誰にでも失敗はあるよ!」

「うんうん、次がある」


 きっと今、子どもたちのフォローは、バカにされるよりマリルの心に刺さってるだろう。あまりの恥ずかしさに、かがみ込んでしまったほどである。

 足を引きずって、イリスはマリルと子どもたちの近くに寄った。

 

「な、なんですか……い、イルアスちゃん」

 ひざを抱えて、目だけでチラリとイリスのことを見つめてくる。頬は真っ赤になってた。

「わ、笑いたければ、わ、笑ってください。ゆ、弓の練習なんて、あ、あんまりしてきませんでしたから」

「いや、真剣にやってる人を笑わないよ。それより、僕に貸してみなよ」

「い、イルアスちゃんは……」

「弓を引いて放つくらいなら、大丈夫だよ」

 しばしの沈黙の後、彼女は弓を貸してくれた。

 

 子どもたちが興味深げに寄ってくる。マリルも顔を上げて、イリスを見ていた。

 

 別に弓に自信があるわけではない。ゲームの時代でも、弓に関してはあまり触れていなかった。

 

 呼吸を整えて、鼓動を落ち着かせる。狙うのは、のんきにあくびをしているラビア。首元の頸動脈を、狙う。

 弦のきしむ音が聞こえた。限界まで引き絞り、指を放した。

 

 風の切る音が、耳元から聞こえる。矢は空気を裂き、一直線にラビアに向かって行く。

 

「……ッ!」


 小型の魔物は、一瞬のことで反応できなかった。首筋に当たり、絶命する。

 しっかりと命中したことを見届けて、大きく息をついた。

 

 当たったことに感動を覚えて、右手に視線を落とす。握るのを繰り返して、小さくガッツポーズを作った。

 

「い、イルアスちゃんす、すごいです」

「お姉ちゃんすごーい!」

「すっげぇ! 俺に教えてくれ!」

「俺が先! 俺が先だから!」


 マリルは拍手をして、子どもたちは囲んで大はしゃぎ。こう素直に称賛を送られると、恥ずかしくなる。

 どこかむずかゆい気持ちで後頭部を掻いた。

 

 

 

 ニコニコ顔のマリルの肩を借りて、村に帰ってくる。時刻は夕方を越えていた。子どもたちが元気に別れの挨拶をすると、それぞれの家に駆けだしていった。

 マリルの肩を借りて歩くのは、いまだになれない。彼女の息遣いが近くに聞こえて、どうにも落ち着かないのだ。

 そろそろ大丈夫というのだが、彼女はまだダメと解放してくれない。

 

 左手に今日の狩猟でとった獲物を、ロープで結んで持っていた。

 ふと、視線を落として、ラビアの亡骸を見る。何とはなしに体全体を見回した。

 

「……12?」


 魔物の体には、こちらの言語でそう書かれていた。ちなみに、文字は元の世界とこの世界では形が違ったのだが、転生した影響か普通に読める。言葉が通じるのと、同じ理屈なのだろう。

 そこのところについては、あまり深く考えないようにしている。

 

 それよりも……だ。

 

「マリル、この文字の意味は分かる?」

「……ど、どれ?」


 彼女も、ラビアの体に書かれた文字を見つめた。しかし、首を横に振る。

 

「そっか」


 まぁ、深くは考えないでおこうと、今は流すことにした。大方村の誰かが、捕まえて厳選して逃がした際に、目印としてつけたのだろう。そう納得した。

 その後、狩猟したものを、村の肉屋に処理を一任すると、二人にあてがわれた家屋に戻った。ラルフに挨拶をしようかと思ったが、忙しそうにしていたので、今日は素直に変えることにした。

 家の住人に、今日も泊めてくださってありがとうのお礼をしてから、部屋へと向かう。

 

 そのあと、やはり二人でお風呂に入ろうとマリルに誘われて、断れずに入る。彼女は嬉しそうにイリスの体を、丁寧に洗ってくれた。

 さっぱりし、タオルを首に巻いて、部屋に戻った。


「い、イリスちゃん! い、イリスちゃん!」


 部屋に戻って早々、マリルが機嫌よくしている。いつもよりふんすの数が多い気がする。


「こ、これ! み、見てください! じ、実は村の人たちが、わ、私たちのために作ってくれたんですよ!」

 

 彼女の手に持っているのは、二着のワンピースドレス。ところどころに可愛いフリルがつけられていて、色合いも薄いピンクと白色と、実に女の子受けしそうなものである。

 

「え、えっと……つまり?」

「あ、明日! こ、この服着てみませんか!?」


 興奮しているマリルは、さらに鼻息が荒くなる。

 

「い、いつもイリスちゃんって、じ、地味目の冒険衣装しか着ないじゃないですか! だ、だったら、た、たまにはお、おしゃれしてもバチは当たらないでしょ?」

「い、いや僕は……」

「せ、せっかく顔も可愛いんですから! ぜ、ぜひ!」


 マリルってこんな性格だったっけ? 推してくる圧に負けて、苦笑いしか出てこない。

 

「明日、機会があればね」

「ぜ、絶対ですよ!」


 あぁ、自分がだんだん本当の性から遠ざかって言ってるような気がする。いや、元々遠ざかっているか。

 こうなったらとことん付き合ってやると、深いため息を吐いた。

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