第十四話 転生者たち
一般民家とは違って一回り大きな家屋。二人はラルフにそこへ通された。集会所扱いとなっているのか、少し広めの空間に椅子や机が並べられている。おおむね会議室と言えば想像しやすいだろうか。
ラルフは座ってくれと、適当な椅子を引いた。イリスとマリルが腰を掛けるのを確認すると、彼は二人の対面になるように座る。
「まずは改めて、この村を救ったことを村の代表として感謝させてくれ。俺は父の暴挙を知っていながら、止めることはできなかった。このままずっと見て見ぬフリをするところだった」
ラルフは頭を下げる。しばしの沈黙の後顔を上げた。
堅苦しい雰囲気を飛ばすためか、快活そうな笑顔を見せた。それでも、真剣な表情で見つめ返してくる二人に対して、ふむと唸って後頭部を掻いていた。
腕組をして、なんて切り出したらいいのかと悩むように、ラルフは天井を仰ぐ。
「い、イリスちゃんを、つ、捕まえるんですか?」
最初に口を開いたのはマリルだった。敵意のこもった視線は、何があってもイリスを渡さないという意思の表明だろう。
その答えを現すように、ラルフは吹き出す。堪えきれないというかのように、腹を抱えて笑い出す。
「な、何がおかしいんですか……!」
「マリル、落ち着いて」
「で、でも……!」
「まずは話聞いてから……でしょ?」
「わ、分かりました」
マリルはゆっくりと椅子に座り直す。今の彼女からしたら、イリスが心の支えとなっているのだろう。敵意をむき出しに突出していく気持ちは分かる。だからこそ、彼女が安心できるように、イリスは冷静さを装った。
真剣に見据えて、できる限り心情を悟られないように、イリスは口を開く。
「捕まえる気なら、もうすでにそうしている? でしょ」
イリスの言葉に、ラルフはまた腹の底から笑っている。マリルがまた噛みつこうとしていたので、イリスは手で制止した。心配そうな彼女をよそに、イリスは息を大きくついた。
「いやいや、もしかしたら俺が君たちをここに誘い出して、一気に捕まえる算段かもしれんよ?」
「そんなことするつもりなら、黙ってするでしょう。わざわざ僕たちに伝える義理はありません」
「たっはっは! こりゃ、参った。完全に読まれてらぁ」
「他人の感情の機微について、僕は少々敏感なもので」
これはスタンプとして、何の変哲もない毎日を送るために身に付けた悲しい習慣である。人を怒らさないというのは、他人が想像している以上に難しいものである。その人が何を求め、何を考えて、何をしたいのか。行動で素早く読み取る必要がある。
今考えれば、とても面倒くさい人生を送っていたものだなぁとため息を漏らした。
「……で、本題は?」
「イリスちゃん。いえ、イリスさん。貴方に警告を……と思ってね」
「け、警告ですか?」
小首をかしげるマリルを横に、イリスは視線だけで続けてと促した。
「奴らが現れたのは丁度一年前。父のアランと向こうの代表者と一対一で話してた。俺は何を話していたか内容まではわからん。とにかく、よからぬことだということは、父の変貌から分かった」
「い、一年前……」
「どうしたんだ、マリル?」
マリルは一瞬、いえと言いかけた。しばらく考えると、口を開く。
「わ、私の村も魔物に襲われたのは、い、一年前だったなと……」
「……偶然には思えないね」
「は、はい……」
二人がラルフを見据えると、彼は続きを話し始める。
「俺がそれとなく調べた結果、二つのことが分かった」
彼が指を二本立てる。
「一つ目、イリス・フォーゲルという【転生者】が現れること」
そうだろうなと、心の中だけでイリスは首肯する。
「このイリス・フォーゲルについては過去の戦争で戦犯扱いされていて、罪人として語り継がれている。まぁ、ここらへんは国の末端だからましだが、帝都に近づけば近づくほど銀色ってだけで毛嫌いされちまう……と、まぁこれは現実の話だからどこの誰でも知ってる。気になったのは【転生者】というワードと、過去に何故死んだはずのイリス・フォーゲルの名前が出てきたのか」
ラルフはイリスを見つめて、息を深くついた。
「ま、それについては“実際に現れてしまったからには納得するしかない”。俺が伝えたいのは二つ目だ。【転生者】“たち”というものがいるということ」
「……“たち”?」
一瞬、眉根を寄せたが、すぐにここに来た時の説明を思い出した。
『結構、この世界に貴方の世界の人間がたくさんいるんですよ』
本物のイリスは、そう言っていた。
なるほどとイリスが頷くと、ラルフは続きを話す。
「その【転生者】たちはそこかしこに入り込み、この世界自体を操っているという。どころか、別世界とのつながりを作って、さらに違う転生者を呼び込む準備をしている。ということだ。ま、オカルト程度の噂なんで真偽は分からないがな」
「その噂はいつから?」
「さぁ、俺が生まれる以前からあるらしいから、少なくとも“五〇年前より昔からある”と思ったほうが良いかもな」
「そうですか、分かりました。ありがとうございます」
立ち上がりよろけるイリスの手を、マリルが慌てて掴んだ。そのまま何も言わずに肩を貸してくれる。
「この村で、君がイリスと知ってるのは俺だけだ。傷が治るまで安心して、この村で過ごすと良い」
「……安心はできないよ。敵はいつ襲ってくるかもわからない」
「……それもそうだな。俺たちが協力できたらいいんだがな。まぁ、この村は君を匿った時点で狙われるんだ。敵が襲ってくることなど気にしなくていい」
「……」
「そんな渋い顔をするな。これでも俺はこの村を救ってくれた恩を返そうとしてるんだぜ?」
軽口を叩く彼に、頭を軽く下げた。
椅子に座るラルフを残して、部屋から出る。
「な、何かわかったんですか?」
「マリル……僕はどんな存在だと思う?」
「え、え? そ、そりゃあ、か、かっこよくて、わ、私を助けてくれて、わ、私のあこがれの人で――って何言わせるんですか?」
顔を真っ赤にして背ける彼女に苦笑してから、小さくため息を吐いた。
――【転生者】たちはこの世界を操ろうとしている。その人手を増やすために【転生者】をあらゆる方法でこの世界に呼び込んでいる。だったら、なんで“僕はこの世界に呼ばれた?” 僕の今の立場は、【転生者】たちの思想と相反するものだ。
思い起こして、本物のイリスのことが頭の中に浮かんだ。
――彼女が割り込ませた? そうとしか考えられない。でも、何のため? 彼女は、帝国を倒すためと説明していたが……。
どうにも、それだけではない気がする。
考えに考えたが、結局答えなど出なかった。判断材料が少なすぎる。
「あ、あの……。だ、大丈夫……ですか?」
心配そうな色が、マリルの表情に宿っていた。
「心配するな」
笑顔を繕う。マリルの心配そうな瞳は、消えなかった。
仕方ないと大きくため息を吐く。
「今、大して動けないからマリルのしたいことをしようか」
「……え? で、でも」
「つかの間の休息って奴だよ。どうせ、町に帰ってもすぐ襲われるのが関の山さ。だったら、この村で体を癒そう」
「そ、そうですね。だ、だったら私、こ、子どもたちをつれて、い、一緒に狩りへ行きたいです。や、約束したんです」
彼女の満面の笑顔を見て安堵する。
「いいよ、行こうか」
「た、ただし。い、イリスちゃんはけが人だから、み、見てるだけですよ」
「分かってるよ」
「ほ、本当ですか?」
彼女を安心させるように、イリスは頭を撫でた。




