chapter1-5
狙いを定めた壮年カメと距離約5mの所まで来た。
クロルとカレンはそれぞれ戦闘態勢に入る。クロルは【天命の剣】を両手で持って構え、カレンは両手に鉄の突起(メリケンサックに似たもの)グローブをつけていつでも動けるような体勢をとる。
その2人を壮年カメが捉える。ゆっくりとした動きで地響きを鳴らしながら頭を2人へ向ける。
戦闘開始だ。
「私が行く!」
そう言ってカレンは目標めがけて駆け出した。
「《風纏》!」
そう唱えると、カレンの周りに風が舞い始め、彼女がスキル名の通り風を纏いはじめる。彼女の金髪も、その影響を受け緑色に変わっていく。そして服はーー何故かスポーツブラにホットパンツ、その上から毛付きフードのベンチコートを着ていた。全部黒色だ。
「なにその季節感がよくわからん服装?!」
「え、え?!なんか服が変わってる!」
走っていたカレンは自分の服装をみて唖然として立ち止まる。そこへ壮年カメの攻撃だ。太くて短い腕を持ち上げ、カレンへ振り落としてきた。太い癖に鋭い鍵爪がカレンを引き裂いたーーと思った刹那、カレンが消えた。
「カレン?!」
叫んだ直後、カレンが壮年カメの頭付近に現れた。その流れのまま、右手でカメの頭にアッパーを放つ。すると、1m弱あったカメの頭と、前足を含む上半身の1m以上が打ち上げられた。だか打ち上げられた先に待っていたのは跳躍したカレンだ。
「はあああああああああ!」
空中で体を捻り、右足をカメの後頭部付近に叩き込む。打ち上げられた時の上向きのベクトルが、それよりさらに強い下向きの力によって逆ベクトルとなり、重力加速も少し加わりながら、壮年カメは激しく地面に叩きつけられる。空中のカレンは追撃せんと、まるで空気を蹴ったように真下へ落下し、
「《螺旋拳》!!!」
右手に巨大な螺旋に轟く風が発生する。それを先程蹴った後頭部に直撃させる。ゴォン、という轟音と共に、壮年カメは動かなくなった。
「うお...おお......」
圧巻すぎて言葉が出ない。正直カレンが恐ろしいレベルだ。
「はい一匹撃破〜!よゆーよゆーっ!」
「ほんとお前のワンサイドゲームだったな。空中でありえない動きしてたし」
「そう!周りの風を操ってる感じがする!すごく楽しい」
(おそらく)初めての感覚に心から喜んでいるようで、ニコニコしながら冒険者パスでギルドに死骸処理依頼をしているカレン。それをみていたらふと思った。
「で、その意味わからん際どい服装だよ。なに、誘ってんの?」
カレンは「へ?」と首をかしげた後、なにかに気づいたように自分の胸元を見た。羽織っただけのベンチコートの間からはサイズ〇/形〇な双丘が誇らしげに盛り上がっていた。カレンの顔がだんだん紅くなる。面白い、もうちょっと煽ろ。
「なに?クエスト中の真昼間から仲間を誘ってんすか?とんだ痴女だなぁ!」
「違うわ勝手に変わったんだわド変態野郎!!!」
「ごふぅ?!?!」
顔を真っ赤に染めたカレンから対モンスター用のグローブでボディブローを叩き込まれ、5mくらい吹っ飛んだ。煽りの対価が酷すぎると思う。
ーー10分後
「んじゃ治ったし、次クロル行ってみなよ」
吹き飛ぶほどの打撃をもらってうずくまっていたが、少しずつ治ってきていた。その間、すでにカレンは《風纏》を解いたが、その瞬間すぅ、と朝から着ていた装備に戻っていた。
「...ずっとカレンが倒してちゃだめ?」
「さぼんなド変態」
「はいすみません」
まぁいつかは俺もやらなけきゃ行けない時が来るんだ、それが今なだけ。そう割り切って、未だに少し痛む腹に手を当てながら目標探しに周りを見渡す。すると1匹、さっきの轟音に気づいたのかのノソノソこちらへ向かってきている壮年カメがいた。
「あいつに行ってくるわ。危なかったら倒して?」
「しょうがないなぁ」
保険をかけたところでターゲットに向かって駆け出す。正直この剣がどれほどの物かわからないのが少し怖い。
壮年カメは、鍵爪の届く距離になったところでゆっくりと腕を上げ始めた。それじゃ間に合わない。
俺は悠々と頭前に走り込んで、剣を振った。これで切れるか分からなかったが、とにかくいつも通り振った。
『スーパークリティカル、発動しました』
何か声が聞こえたと認知したと同時、キャィィィィン、という柔らかいものを斬ったとは思えない音とともに、壮年カメの1m程の頭が真っ二つに開けた。
「「....は?」」
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「それじゃ、その剣のスキル《超会心》が発動すると、あの威力が出るってこと?!すごいじゃん!!!」
「そうなんじゃないかなって思う」
どこかしら聞こえた声は、天の声なんじゃないか、とカレンは言った。常時発動系でも発動条件があるものは、発動条件をクリアした時に発動することを神様が教えてくれるのではないか、と。こいつの頭はこういう時に役に立つなと思った。
「それでさっき受付のお姉さんが言ってたろ、『クリティカルは幸運値の割合で出てるかもしれない』って。俺の幸運値98なんだよ。ほぼ確定でこれ出るんじゃね?」
「うっそ!それ強すぎない?!試しにジャンケンしてみよーよ。じゃーんけーん」
ポイ。俺がグーでカレンがチョキだ。
「うおおお!ほんとじゃーーーん!」
「いや一回してしてないし。それに避けられたらクリティカルも糞もないから当てなきゃなんない。俺に素早いモンスターに攻撃当てれるほど実力ないし」
「それならなおさら頑張んなきゃじゃん」
「やっぱそうなるよなぁー」
これだけの威力が出るにしてもやはり剣の腕は必要になってくるのだ。この剣が無かったら絶望ものだ。
「まぁ今日はさっさと残りの3匹倒して帰ろうぜ」
「そうだね、んじゃ休憩終わりっと」
そう言って立ち上がったその時。
ーーあなた達、いい加減にしてほしいわーー
「へ!何?!」
「...その宝具からか?」
カレンの胸元で、宝具であるペンダントから爛々とエメラルド色の光が放たれている。その直後、眩い光が俺たちを包み込んでーー
ーー目を開くと、俺とカレンの間に美女が現れた。
この世のものとは思えない現実離れした顔のパーツを持ち、腰まで伸びる長い緑色の髪は《風纏》発動中のカレンと違いがない。服までも薄い緑で、ゆるいワンピースの一張羅で、その弾けんばかりの胸が軽く見えそうになっている。正直
「エロいですね」
「何言ってんだお前もう1発いっとくか?」
おおっと、心の中では収まりきれなかったようだ。全力でボディブローおかわりを拒否していると、それを見て美女はくすくすと笑う。とにかく美しい。
「そんなことは置いておいて、です。まず自己紹介をしましょう。私は【風の精霊】が1柱、アラファウスと申します。そして」
マスター、そう言ってカレンの方を向く。
「どうして真っ先に私の召喚をしてくださらないのですか!私はとても悲しい気持ちになりました」
「ええっ?!あ、確かにこれからのパートナーが決まったのに挨拶しなかったのはダメだったね。ごめんっ!まず法具を貰ったことが嬉しくて忘れてました...」
確かにこいつ、精霊と契約しているのに関わらず呼んでいなかった。
「ほんとです!私は、マスターと仲良くしていきたいのです。これから、よろしくお願いします」
「うん、呼ばなかったのはほんとごめんだけど、私もあなたと仲良くしたい!なんて呼んだらいいかな?」
「なんとでもお呼びください」
「じゃぁ...んー...」
「どうしたんだ?」
「いやぁ、アラファウスって名前であだ名つけるの難しくって。アラいいかなって思ったけどあらまぁとかおばちゃん達いうし」
「それはそう」
「私はおば様たちの感動詞ではありませんね」
「だから無難にアラファウスでいっか!残りのファウスはなんか男っぽいし。私のこともカレンって呼んで?」
「わかりました、カレン。これから改めてよろしくお願いします」
「うん、よろしくー!」
女性二人が揃ってしまったので特有のキャッキャウフフタイムが始まる。ここに男の入る隙はない。だけど、ひとつ聞きたいことがあった。
「あのさアラファウス..さん?」
「クロル様、アラファウスで構いません。それで、何でしょうか?」
「オーケー、アラファウス。こいつの《風纏》の時に服装が変わってたんだけどどうなってるんだ?」
「ああ、あれですか。せっかく纏いなんて言ってるので変身したらカッコ可愛いなと思いまして」
「え、あれアラファウスが選んだの?!もうちょっと露出どうにかならないのかな?」
「あのように露出していても防御は風の魔力因子によって強化されています。安心してください」
「いや私が露出したくない...」
「お気に召しませんでしたか?!それはすみません。ですがもうあれでスキルを確定してしまった以上変えることが出来ないのです...」
「いやむしろグッジョブだぞアラファウス」
「ほんとですか?それならよかったです」
「良くないよ!クロル、流石に今日思春期出しすぎじゃない?!」
「まぁ服のことなんてどうでもよくて、今クエスト中だしさっさと終わらせなきゃな。話は帰ってからゆっくりしようぜ」
「正論だけど!正論だけど私の気持ちを汲み取ってほしい!」
涙目になったカレンを見て俺とアラファウスは笑い出す。
「それはそうと、アラファウスを召喚してメリットってあるのか?カレンはもうスキル使えるんだろ?」
「失礼ですね。私だってちゃんと戦えるのですよ?見ててください」
アラファウスはそう言って、1匹の壮年カメに向けて手を向ける。距離は100mほどもある。だが。
「《風刃一閃》」
アラファウスがそう唱えた次の瞬間、100m離れた壮年カメの首が切られ、飛んだ。
「「えっ?!」」
「ふふ、どうです?大したものでしょう。風属性のスキル、魔法は多く使えるのですよ。それに、召喚することによって私自身の魔力因子で魔法・スキルが撃てます」
「それならずっとアラファウス呼んでた方が強いかも!」
「いえ、そう都合よくはいきません。私の召喚自体に風の魔力が必要ですし、これを維持している今もわずかですが魔力因子を頂いています。それに召喚状態で私から出せる魔力因子には制限がありますので、それを超える魔力因子が必要な場合にはカレンから貰うことになります」
「なるほどなるほど。状況に応じてってことね」
「はい。召喚には詠唱も必要です。こうやって私自ら出てくることはもうできません。そのため呼び出すのに少し時間がかかります」
「まず私召喚の詠唱なんて知らない...」
「いざ呼ぼうと思ったら自然と口から出てくるものなのです。意識下の知識、とでも言うのでしょうか」
「そうなの?!なら安心かな!」
なるほど、この美女と会えるのも時と場合によるわけか。少し残念だ。
「では、私はそろそろペンダントに戻ります。私が倒したので残り2匹、頑張ってくださいね」
「うん!」
「おう」
俺らの返事を聞くと、アラファウスは笑みを浮かべて、光の粒子になり始め、すべてカレンのペンダントに消えていった。とても美しい光景だった。
「じゃあ残り2匹だし、1人1匹ずつね!割と楽に終わりそうだねっ」
「...」
割と楽に終わりそうという言葉が、なんと言っていいのかわからない感覚だが、俺を不安にさせた。
これから大変なことが起こりそうな、そんな感じがしたのだった。
今までも今後も小ネタを挟むことがありますが、クロルたちは何も知りません。ほんとです。