chapter1-3
クロルが宝具を手にした時、巻き起こったのはざわめきだ。
それもそのはず、クロルは戦闘部門最下位のある意味実力者、宝具など貰えるわけがなく、冒険者になる可能性さえ本当に低かった。そんなクロルに宝具が現れるなど誰も予想し得なかった。
それはクロル自身も同じことだ。クロルは、【天命の剣】をじっと見ながら、席に戻る。その剣は、一言で言うなら素朴ながらの美しさがあった。と言っても、刀身の先から柄頭まで黄金で、日光を反射して淡く光を放っているように見える。派手な装飾はほとんどなく、鍔が派手に尖っていたり、宝石が盛り込まれていたりなどは微塵もない。刀身に彫られたなんと書いてあるのかよく分からない文字(?)が唯一の装飾と言えるものだった。片手で振れそうな程の重さ、大きさで、下に向けても刀身はギリギリで地面につかない程度。これは、学校で使っていた木剣と大差ない。重量は比べ物にならないが、それでもクロルが片手で振れそうなレベルだ。貴族が護身用で持っていそうな剣、というのがクロルの正直な感想だった。だが、彼の想像とは大きく異なっていたことは確かだ。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで抜くのなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんででなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでーーーー
ーーなんで、宝具が来やがった???
冗談はよしてくれ。俺が願ったのは宝具なんかじゃない。戦いのない生活だ。こんなの要らない。ほかの人が使えるのなら渡してやりたい。どうやったらーー
「ねぇ!クロル!」
はっ、と我に返る。視線を剣から声のする方へ向けると、そこにはカレンが立っていた。
「どったの、ボーッとして。まあ宝具がほんとに来ちゃうんだもんね、そりゃそうなるかー」
「...」
黙って周りを見渡すと、さっきまで満員に近かった神殿には誰もいないで、俺とカレンだけがここに残っていた。
「...儀式終わってたのか」
「そうだよ!あんたずーっと惚けてるんだから、気づかなかったんでしょ。あのあと、フレイさんから元冒険者からってことでほんの少し話があって、そのままお開きだよ」
「お前はじゃあなんでここいんの?宝具所持者になったんだ、外に出れば騒がれるだろうに」
「このあとあんたとギルドに行って冒険者登録して、一緒に初めてクエストに行くって予定のためでしょ!ほら早く立つ!」
あぁ、そんな予定があった、今思い出した。だけど今、決意した。
「すまん俺、やっぱ行けない」
「え?どういうこと?」
「クエストだよ。俺、しない。ていうか、登録だけしてクエストはしない。別のことで働くわ」
「なん...で......?」
「俺が冒険者なんてそもそも間違ってんだ。なれっこない。この宝具も、きっと誰かと間違えて渡されてるんだ。だから、この剣も使える人を探して、渡す。それが一番いい」
「そんなことない!神様が間違えるはずがない。その宝具がクロルに渡った時点であなたしか使えないの!それにーー」
カレンは少し溜める。息を吸って、
「ーーまた、そうやって逃げるの?」
「ーーーー」
「やる前から、『俺じゃできない』、『周りに適役がいる』とか言ってずーーっと逃げてきて。そんなのやって見なきゃわかんないじゃない!」
「...ない」
「ん?」
「逃げてなんかない!!!」
急な大声にカレンは驚き、震える。クロルがここまで怒号をあげたのはなかった。
「逃げたんじゃない。冷静に判断できてんだ。だって...俺だって努力したさ!父さんにも教えて貰ったし、帰ってから剣振りまくって血豆が何回潰れたか分かりやしない。けど...けど!それでもこのザマなんだよ!いくらやっても結果が出ないんだよ!だったら、俺が剣を振らない方がいいじゃねぇか!普通に考えてそうだろ?!なぁ?!」
ここまで言って、息が切れる。肩で息をしながら、カレンを睨みつける。
「ーーだから、お前とももう関わらないだろうな。お前は立派な法具所持者だ。首都とか大都市のギルドが黙っちゃねぇさ」
「ーー違う!」
下を向いてクロルの怒号を聞いていたカレンは、クロルの目を見た。その目は、決して揺らいでおらず、ひたすらに真っ直ぐだった。
「クロルは努力してたけど、ずっと独りだった。独りで努力して、独りで諦めてーー悲しかった!」
その言葉、その目に、クロルは少し気圧される。
「なんで私と一緒に頑張ろうって言ってくれなかったの?!なんでその悩みを抱え込んだまま諦めたの?!」
「...カレンに、この気持ちは分かるわけない」
「わかるよ!だって、私だって弱かったじゃない!クロルの方が強かったじゃない!」
「ーーーー」
「なのに、いつの間にか!私より強い癖に勝手に諦めてた!なんで?!独りで勝手に自分の限界のラインを目の前に引いて。もうこれ以上できないってのを独りで思い込んで。だからーー」
カレンはスウッっと息を吸った。先程よりずっと大きく。
「今度は、私と一緒に頑張ろ!クロルの限界はこんなところじゃない、まだずーっと先なの!あんたの限界は、私が決める!!!」
クロルの中で、プツ、と何かが切れる音がした。気がした。
「...はは、はははは!」
笑いがこみ上げてきた。つくづく、こいつは面白い、そう思う。
「お前、よくそんなクサイ台詞吐けたな」
「!!!」
カレンの顔が赤く染まる。キッっとクロルを睨む。
「だけどーー」
笑って。
「それも、悪くない気がする」
本心だった。この幼馴染は、自分にも厳しいし、周りにも厳しい。特に、俺には。だが、それが今は心地よく感じた。
その言葉を聞いてカレンは、睨みつけていた顔を綻ばせた。その顔は、彼女の儀式の後の顔と変わらない。
「んじゃ、さっさと冒険者登録済ませて、クエスト行きましょ!」
と言って、クロルの手を取って引っ張った。嫌じゃなかった。『こいつと一緒ならできる』、そんな気がしたのだ。
二人はドアの縁を飛び越えて、外へ出た。