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第五話。合流合法ロリ娘、そして開放。

「えーっと、ブースどこだったかなぁ?」

 早足で歩きながら出た俺の声は、明らかな焦りを帯びていた。

 

 このトキオ・メガサイトは建物が二棟あり、東館と西館に分かれている。マケコミはその両方を使って盛大に行われている。

 同人誌は東、同人誌以外は西でブースの区別がされていて、俺達は東に神田は西で並んでいる。

 

 そのため同人ブースに向かう人達とは逆のルートを辿ってる状態。逆走中だ。神田からのSOSって状況もあって緊張してるってのに、それに加えてこの逆走大移動。

 ただでさえ逆走が初体験なのに、神田の状況がわからない状況は、刻一刻俺の心と足取りをあせらせやがる。

 

 神田になにが起こったのかはわからない。けど、宮崎が珍しいって言うほど、神田の文章は切羽詰まってたらしい。たしかに普段と口調が違ったところからして、宮崎の評は正しいんだろう。

 

 なんにしても早く神田かのじょを見つけねえと。

 

 

「ん」

 ピンポーン、スマホが鳴った。立ち止まる。宮崎からのリインか。チラっと見る。

 

 「ブラッディ・フロントライン政策委員会は企業番号15」とのお知らせだった。サムズアップのスタンプを返して目的地へと急ぐ。

 と言っても歩調は早歩きのままである。早い早歩きである。

 

「急がねえと……! 急がねえと……ッ! 寒さを気にしてる場合じゃあないッ!」

 息といっしょに吐き出した声は、その内容に反して自分でわかるほど寒そうで、危うく吹き出すところだった。

 

 頂点に登り行く真冬の太陽の熱を受けつつ、それでも早い早歩きによって吹き付けて来る風で、上がった体感温度を相殺。

 そんな北風と太陽の同時攻撃状態で進む。

 

「よし、もうすぐ西館」

 人の流れがかわってることに、今気が付いた。これまで俺が進む先から流れて来てた人が、俺をさけるかのように右に曲がっている。その流れに合わせる形で、俺も右へと折れる。

 

「15。15は……ん、また来たか」

 リインの音、立ち止まる。

 

「えみりにゃん、『カメラ小僧に捕まって動けない。友達呼んだってコスプレゾーンへの連行阻止してる。列から外れちゃったし、カメラ小僧はせかすように見て来るしで、ガチ涙目』だって。はよせい!」

 

 と実況が。「こっちだって急いでんだよっ!」っと乱暴に送り返す。勝手に歯軋りしてんの、自分でもわかる。

 

「とりあえず15の待機列に行こう。おそらくその辺りにいるはずだ」

 出た声はやっぱり焦りを含んでて、心もそれと違いはない。

 

 歩調を少し早めにする。足取りは、物理的以上に心情的におちつかない。

 

 

「えー。あー、あー。ただいまメガホンをお借りいたしましたので、声出ししてまーす」

 聞き間違うものか。この声を。

 

 ……だが。

「この声は……」

 足が止まるのと同時に出た声に、苦い色が乗った、勿論顔にも。

 

 いったいなに考えてんだ、あのリアル合法ロリは……!

 

「えー。コホン」

 そりゃ待機列の人たちも足止めるわ……。

「近所にいるであろう、我がともに告げる」

 夏のマケコミでの印象とはいえ、内輪以外じゃ目立つのいやがってたのに、変な行動力あんだなぁ、神田えみりって女子は……。

 

 そして、だ。

 ーーこんな状況で動けと言うのか、貴様は!

 

「すうー……」

 ん? 今、神田の息が、なんか 涙っぽくなかったか?

 

「ぼくのヒーロー、ハヨキテヤ」

 声が……ちょっと、歪んで聞こえた。

 ーーガチ涙目。本気の本気で、ほんとだったのかよ?

 

 

「ちいっ。しかたねえ……!」

 口の中でそう声を転がして。一つ息を吸って。

 

 ーー乗ってやろうじゃないか。その振りにっ!

 

「クラアアアッシュ!」

 小声で言いながら走り出した俺に、周囲から視線が注がれた。見るまでもなく、その視線は刺さって感じている。

 

 なにをクラッシュしたかって? 羞恥心だよっ!

 

「いた! メガホン、手のかわりに振ってんじゃあねえぜ神田ッ!」

 なおも小声で言う。どうやら神田は、俺の足音を聞き取ったようだ。

 

 行儀のいい待機列の皆さんのおかげで、体をひねって人をさける必要がないのは幸いだ。

 

 

「到着っ!」

 今朝の神田と違って、狙ってザっと地面を蹴って飛び、しゃがみこみ着地することでダッシュの余力を殺して現場に登場だ。

 

「もう、おそいよっ」

 声に見上げれば、その表情は涙笑顔で。こいつ、ほんとに内輪以外には人見知りなんだなぁ。

 

「むちゃ言うな、東から大移動して来たんだぞ」

 立ち上がりながら、わざと疲労感を乗せたような ちょっと怒ったような言い方で答える。

 

 ーーヒロハヤの決め台詞、言いそびれたなぁ。

 

「お、おいちょっとまて?」

 右から慌てたような、驚いたような声。見れば、デジカメを首からぶらさげた男が三人。こいつらがカメラ小僧か。

 

「友達呼んだって言ったじゃないか?」

 続けて困惑したまま神田に尋ねている。

 

「わたし。『女友達』、とはひとことも言ってませんよ」

 余裕ありげな声色で答えた神田。

 

 その委縮したような動きの少ない口と、何度もパチパチ繰り返されるまばたきで、いかに今 この合法ロリ猫耳少女がいっぱいいっぱいなのかがわかった。

 

 ーーなるほど。元々宮崎を通して俺を呼ぶつもりだったのか。

 

「ちぇ。男用のコスなんて持って来てねえぜ?」

 そう言って、最初から口を開いてる奴 ーー 仮にカメラ小僧Aとする ーー が後ろを向いて仲間と思われる二人に、訴えるような言葉をかけている。

 

 ま……まさかこいつ。他の二人が男でも着られるようなコス持ってたら、俺に着せてむりにでも神田にコスプレをさせるつもりなのか?!

 

 ーー飛び火は勘弁しろよ? 頼むぞ、カメラ小僧B Cっ!

 俺の推測通りだとすれば、イコール神田の危機が回避できるんだからな。

 

 

「わり。この身長じゃ入らねえなぁ?」

 俺を見てBが首を横に振る。よし!

 

「俺もだわ。猫耳ちゃんは諦めた方がいいぞ」

 Cが諭すように言った。

 

 よっしゃー天に祈りが届いたぞー!

 

「今、この人と合流した時の猫耳ちゃんの顔、見ただろ?」

 CがAに、まだ諭すように言ってる。

 

「心からの笑みのないコスプレ写真に価値はねえ。だから、あきらめろ。きっとこっちの人といっしょにコスプレ写真撮ったとしても、猫耳ちゃんは本当の笑顔じゃ映らないと思うからな。そもそもが面識ない奴からのむりやりだし」

 

 な、なんだこいつ。カッケーことさらっと言ってやがるぞ。ほら、神田もあっけにとられた顔してるし。

 

「くそ。夏にみつけて狙ってたのになぁ。って、あ!」

 カメラ小僧Aの言葉を受けて、俺はゆっくりと視線を向ける。

 

「お前、まさか?」

「やっぱそうだ、お前。夏ん時も猫耳ちゃん持って逃げた奴っ!」

 

「物扱いするな」

 脳から直接出たように出た俺の言葉は。自分でも予想外にトーンが低くて、言った直後に目が丸くなってしまった。

 

「完全防御態勢整ってるなぁこりゃ。ほら、別の探すぞ」

 BがAを引っ張って行く。

 

「ちくしょうリア充核爆発しろー!」

 Aが捨て台詞を残して、カメラ小僧たちは去って行った。

 

 

「り……リア充だって」

 神田えみり。若干てれたような声色なのはなにゆえだ? なにゆえなのだ?

 

 フードの上に俯き加減だから、神田の表情がどうなってんのかわからない。

 

「ちょ、こら 腕を掴むな、涙を人のコートの袖で拭うな!」

「並び直したいから、いっしょに来て。一人だと、また捕まらないとも限らないし」

「話を聞け!」

 

 「ねっ」とゆっくりと上げた神田の顔を見た瞬間、

 

「わかったよ。ったく、今までの大ピンチはなんだったんだ。芝居かよ?」

 思わずこう言い捨てるほど神田の表情はキラキラしていた。主に目が。

 

 

「そんなわけ……ないでしょ」

 俺のコートの袖に顔を埋めながら、そう言う。その直後した すんっと軽く鼻をすする音で、マジモンだと理解せざるをえなく、申し訳なさで胸が痛んだ。

 

 それとは別に、神田が思いっきり俺の腕に顔をうずめた、というなにげない衝撃のじたいが俺の鼓動を暴れ太古させている。

 

 ーーちょっと苦しいっす。

 

 

「それで? なんで俺だったんだ?」

 ブラッディ・フロントライン製作委員会ブースの待機最後列に向かって歩きながら問いかける。

 

 なにげなく聞いてる俺だが、実は若干呼吸が荒く、それを気付かれてないか気が気じゃない。

 

「うちのクラスの男子も斉藤君も、みんなバラバラの買い物だから」

 どうやら気付かれてないらしい。って、え?

 

「庵野君は静香ちゃんといっしょでしょ? だから呼んだんだ」

 言って後、自分の左腕の袖で目元を拭う神田。

 

「いっぱいいっぱい涙目状態でも、他人に気を回せんのか。ぐう聖かよ」

 思わず突っ込むように呟いた。ぐうの音も出ないほどの聖人、略してぐう聖である。

 

 宮崎といっしょな俺だから呼んだ、っていうのにはガックリ来たけど まあそうだよなとも思う。

 夏以後殆ど交流がなかったんだからな。

 

 男としてはガックリしたものの、神田の精神には尊敬通り越してむしろ呆れた。

 

 カメラ小僧の思い込みを利用して、連中からの連行を先延ばししつつ回避。

 更には他人の買い物に配慮して立ち回る。それでも心情的にはいっぱいいっぱい。

 

 

 ……うん。やはりぐう聖だな。

 

 

「CD、残ってるといいなぁ」

 溜息交じりに出た神田の言葉に、俺もそうだなっと頷き、財布の中身を脳内で確認する。

 

 ーー俺も買うとしよう。ビターソングとハニーステップ。得点付きを。予定にはなかったけど。

「庵野君」

「ん?」

 俺が相槌打ったのを確認したか、一度ピタっと足を止める神田。俺も倣って止まる。

 

 

「ーーありがと」

 

 

 こっちに顔だけ向けて言ったひとことが。直後プイっと顔を正面に向けたしぐさが。俺のフェイスを熱くする。

 

 こ、このやろうなんてタイミングだよ、せっかく呼吸が整ったってのにまた息が荒くなっちまうだろっ!

 

 

「と。……ともぜんじゃろなかまじゃしな」

 

 うわぁ……!

 

 声めっちゃ上ずっちまったっ!

 しかも決めなきゃいけねえところでかんじまったぁっ!

 おまけに勢いで変なキャラ付けちまっったぁぁっ!

 

「く。くくく」

「あの? 神田……さん?」

 

「アハハハハ! ともぜん、ともぜんってなに!? しかもとしより口調だしっ、アハハッ!」

 コートでモコモコの自分の右の鳩尾辺りをバシバシ叩きながら大笑いし始めた神田。

 

「ゆー! うー! なー!」

 俺、今さっきとは別の意味で顔が真っ赤である。真っ赤であるが。

 

「あーっ! おなかっおなかいたいっ!」

 

 

 ーー神田が笑い泣いてるから、いいや。

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[気になる点] 行かなきゃ…… (どこへ?) リア充庵野を、この弄内ヨータブレードで切り刻みに行かなきゃ…… (おちついて?)
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