第四話。開場する会場、そして事態の急変。
「お待たせいたしました。マーケットオブコミックス95、二日目。開場です」
会場内にアナウンスが流れた。そこここから自然と拍手が巻き起こる。これがお約束、入場待機列の人間は誰に言われたわけでもなくそうする。
「いやー長かった」
まだ少しだけ白い息を吐きながら思わず言った俺。
そしたら俺以外の、斉藤 鹿元 狭間 宮崎 そして神田から、全員同時に「そう?」と言われてしまった。
「そりゃお前らはゴッサーやってたんだからすぐだったろうな!」
投げ捨てるように答え、流れ始めた人の流れに押し流されまいと、普段しないほどの、しっかりとした足取りで進む。他メンバーも同じようだ。
「集合場所、コンビニ前だったな?」
俺が言うと、神田からうんうんと声に出しながらの数回首肯。迷惑かかりそうな集合場所だよなぁ、と聞いたさっき思ったがゴタゴタをさけるため言及はしていない。
「了解。じゃ、みんな 健闘を祈る。散開!」
言うと俺達は歩調を少しだけ早めて、人の流れに乗った。
「宮崎、お前もモーンティーペだったな」
「うん」と頷いてから続けて、
「ゆでたまちゃん、自分の分だけじゃないでしょ」
とニヤリと問うて来やがった。
「確信持って聞くなよ……まあ、そのとおりだけど」
腐れ縁のこいつに隠したところで、と言うより既にバレてる様子なので、下手に隠さない。
そんなところに頭を回して歩調を緩めるのも他客に悪いし、なにより体力の消費は押さえたい。
もう、開戦の狼煙は上がったんだからな。
この場にいる来場者の全ては同士。そしてその中の何人かは、同じ物を求めるライバルであり敵だ。マーケットオブコミックス、マケコミはただの即売会じゃない。
自分が目指す物を、いかにして手に入れるかの戦争だ。
同じ会場に知り合いがいるっていうのは得だ。いざと言う時には代わりに購入を任せることもできる。
夏の時、俺が斉藤のお目当てに並んだように。
「はたして、たったストラップ一個でえみりにゃんがなびいてくれるかなー?」
「やかましい、後ニヤニヤすんな。いっぺんに距離を縮められるわけないだろ。エックスハンターのドリームガムじゃあるまいし」
「あんな風に心の距離も簡単に近づけたら怖いよね」
「怖いなのかよ。そこは乙女チックに、できたらいいよねとかなるとこじゃないのか?」
「そんなキャラ、あたし」
「……違うな」
問われて一秒ほど考え、そしてきっぱりと言い切った。
「それこそ肯定してよ~」
「肯定することを否定する」
「ややこしい」
軽く左手で頭をはたかれ「いて」とうめく。そんな俺を見てクククっと耐え切れない様子で、しかし噛み殺し笑いをする宮崎だ。
「もうちょっとかわいらしい突っ込み方はできないのか?」
「肘鉄で突っ込んでた人には言われたくないなぁ。そっちに比べたらあたしの方がよっぽどかわいいし」
「屁理屈ばっかこねやがって……」
「嫌いじゃないでしょ、こういうやりとり」
「疲れるけどな」
なんぞとどーっでもない話をしながら、人の流れに乗りながら抗いながら、目的のサークルスペースへと進む俺達。
川を遡上するが如しである。
***
「ふの24B、ここか。思ったより並んでないな」
目的地に到着。ザッと見て20人は余裕でいるけど、言葉にした通りこの行列の長さは予想よりも短い。
モーンティーペは人気で言うなら中堅辺りのサークルだ。だから、もうちょっと列が長いと踏んでたんだよな。
それでも前回のことがあるせいで、どうにも心配になる。今回は大丈夫だろうなぁ?
また並び損は勘弁だぞ、ゆでたまちゃん 現状では会場限定品だし。
「このくらいの位置なら、三つは余裕で残るって。そんな心配そうな顔しない」
「今年の夏に並び損したんだよ。だから、列が二桁超えてると心配でなぁ」
「並び損はきついわねぇ。しかも夏ならなおさらだわ、ご愁傷さま」
「だわ」の音程は下がっているので、女性語尾というよりは共感の「だわ」だ。男子の方でも使う「そうだわなぁ」というニュアンスである。
「四か月半越しでどうも」
新作がゆでたまちゃん一つだからか、列の進みが比較的早い。待ち時間が短いのはありがたい話だ。
ありがたい話な半面、これ以外特に買う予定がない俺は、仲間たちとの合流までなにをしてようか っていう別の問題が出て来るわけだが。
少し時間がかかってるのは既刊を買ってるのか? 少数持って来るって、サークルブログで言ってたからな。
もしくは支払いに手間取ってるか、かな? スムーズな列進行を考えれば、すぐに代金を取り出せるようにしておいてもらいたいもんである。勿論金額ピッタリに。
同人誌即売会っていうのは店と違って、売ってる側があらかじめ釣銭を用意しておける環境じゃない。
だから買う側も、なるべくお釣りが出ないように財布の中身を調節するのがマナーだ。たとえば300円の本を二冊買う場合は600円きっかり、って具合。
間違っても千円札を出してはいけない。その分、会計に手間取るし、状況によってはお釣りが用意できない場合があるからだ。
代引きで通販商品を受け取った時、配達人側にお釣りがなくて清算を後回しにされてしまった、って言う経験がある人なら
払う側が気を回すという状況がイメージできるだろうか。
代引きの場合はお釣りを他の配達先で確保できるかもしれないが、売り場からおいそれとは動けない即売会ではそうはいかない。
だから買う側が配慮する必要があるわけだ。
「流れがちょっとゆっくりねー。即売会初心者が多いのかな?」
「かもな。ゆでたまちゃん目当てだろうし」
「で、本があるからついでに買ってるって感じか」
「そうそう」
「なるほどなー」っと手持無沙汰なのか、軽くのびをしながら相槌の宮崎である。
「ん、この曲。えみりにゃんからメールだ」
列は更に進み、後5人ぐらいで俺達の番と言うところまで来た。そこで、宮崎がスマホを取り出し 着信の操作をした。
マナーモードが標準とさえ言える現代で着メロあり、しかも個別とは珍しい奴だ。
「今の曲、『ビターソングとハニーステップ』だよな? けど、なんかちょっと感じが違ったような?」
ビターソングとハニーステップ。アニソンスクェアガーデンって言うバンドの曲で、ブラッディ・フロントラインって言うアニメのエンディングテーマだ。
「うん、そのリミックス版で『ベターステップとハニートラップ』ってタイトルでね。先月の16日に先行で無料配信されたの。カラオケバージョンだけどね」
カラオケバージョンを先行配信している、と宮崎が言う通り、この曲ビターソングとハニーステップの発売は年明けを待つ必要がある。
けど、今回の冬マケコミで先行販売しているのである。
売り場はブラッディ・フロントラインを作ってるところのブースで、更にちょっとした特典付きだ。
今回神田はその得点目当てに、この戦場にやって来ているとのこと。
「へー、そうなのか。なんかタイトルが不穏な臭いしかしないな」
「たしかにね」
俺の曲の感想に笑いを含んだ同意が返ってきた。それに小さく口角を上げてから、俺は話題を変える。
「で? 神田、なんだって?」
俺の問いに困った表情を浮かべ、宮崎は無言で画面を見せて来た。
「どういうことだよ、これ?」
理解できず、宮崎と顔を見合わせてしまった。メールには一言「ヘルプ! なるべく早く! ブラッディ・フロントラインとこっ!」となにやら急ぎな雰囲気の文言が記されていた。
「えみりにゃん、こんな書き方するなんて珍しいな。これは、速攻で」
「レスするしかないわね」と言いながら、宮崎はメールを打ち始める。
滑るように素早く且つ滑らかに動く指に、みとれるやらあっけにとられるやら。
だがしかし、そんな俺にとっての超絶技巧を宮崎が披露する間も、会計の列は当然ながら捌ければ動く。
「ちょっと、なにボーっとしてんのよ」
「ボーっとって、待機列にいるんだから棒立ちなのは当然だr」
「バカっ」
吐き捨てるように飛んで来た言葉に、
「人の言葉食い気味に罵倒するか??」
と切り返した俺の声は、間抜けに裏返りかけちまった。
「えみりにゃんが緊急に助けを求めてんの。好きな女の子が助けを求めてる。こんな時、どうするのよ 主人公は」
宮崎は最早じと目である。声色は今さっきの「バカっ」から引き続きいらだちを帯びている。
ーーちょっと怖い。
「その直接的な言い方やめてくれよな」
軽く顔が熱くなるも、宮崎の問いに頭を巡らす。
好きな女の子が助けを求めている時に、ヒーローが取る行動……。
「たったとえみりにゃんとこいきなさいよ、庵野 仗っ! ゆでたまちゃんはあたしに任せてっ!」
その、まるで「俺に任せて先に行け」のような力のこもった叫びに、俺の出かかっていた答えがぴったりと合致した。
「ああ、そうだな」
このこっぱズかしい状況からさっさと逃げたい俺からすれば、宮崎の言葉は渡りに船である。ならこのビッグウェーブに乗るしかあるまいっ!
「わかった。任せる」
財布を取り出しながら言って、俺は宮崎に千円札三枚を渡す。
「しかと。えみりにゃんの状況は逐一教えるから心配しないで」
「頼む」
頷き、俺は小走りでモーンティーペブースを後にした。
ーー“好きな女の子”、とか。はっきり言ってくれやがって。いやでも鼓動と足が早まるだろうが……!