第二話。電車に揺られてレッツラ会場。
『まもなく電車が参ります』
「お、来たか」
「早くあったかい車内に入りたい」
「案の定君に同意ー。動いてる時はよかったけど、とまってるといっきに寒いや」
そう言ってえみリッt……神田は、ピンクの手袋をした手にふーふー息を吹きかける。まったく意味はないけど気持ちはわかる、後かわいい。だから突っ込まない。
けど……くそ、案の定君呼び折れてねえんだよなぁ。なんとかしたいが、何度言っても変わらないし……おのれ、頑固なちびっこめ。
「電車、もっとゆっくり止まってくんないかなぁ。来るだけでも風来て寒いんだよな」
「しゃーないしゃーない、それは我慢しないと。あんまりゆっくりすぎるとここまで来ないかもだし。この路線自動運転だしさ」
「ね」と右から二の腕を、ちっちゃい手でポフポフっと、柔らかく叩かれた。不意打ちすぎて、一センチぐらいびっくりジャンプしてしまった。
「あれ、そんなびっくりする?」
「え、あ、ああ。不意打ちだったんでな」
しどろもどろに答えた俺。ちょうどそこでドアが開いた。
「そっか。寒いし、不意打ちだとリアクションおっきくなっちゃうかもね」
そう言いながら、神田が先に乗り込む。
「ほんとに不意打ちだけか?」
さっきのお返しとばかり、斉藤が左肩をベシっと叩きながら乗り込んで行った。
「つぅっ。余計なことを」
左肩を軽く押さえながら歯噛みにひとこと乗せて、俺も電車に乗り込んだ。
……意識させようとしていやがるな、斉藤の奴め。
「ところで通販派の案の定君」
「なんだよ神田」
暖房が効いてるおかげでちょうどいい温かさの車内に入って一息ついたところ、身長差の関係でナチュラル上目遣いの神田に問いかけられた。
や……やばい。これ、続けられたら平静を装いきれない……っ。
「夏の時はお目当てなかったみたいだけど、今回はなんかあるの?」
「あ、ああ、今回か。一応あるぞ」
「ほう、そいつは初耳だな。なに買うつもりなんだ?」
横から斉藤に声を出されて、むせそうになった。……ナチュラル上目遣いの破壊力で、斉藤の存在が一瞬にして記憶から消し飛んだせいだ。
けど、斉藤の存在は実はありがたい。このままつぶらな瞳で上目遣いの神田と二人でいたら、心臓がどうにかなってしまいかねないからな。
「ん、あ、ああ。その……な」
正直、これを言うのは恥ずかしい。俺のキャラにない物をお目当てにしているからである。
「「なんだよ歯切れ悪いなぁ」」
「ハモることないだろ」
神田とハモった斉藤の奴を羨ましく感じた。が! そんなことはおくびにも出さず。
「モーンティーペのところで、ちょっと……な」
「モーンティーペってちみしょんとこだろ? あそこ、新刊なんてあったのか?」
ちみしょとは、地域密着型異世界召喚譚の略である。
動画共有サイトのおかしな動画にコメントしたことで異世界に召喚された、高校生になる直前の少年の物語。
「新刊はないけど、会場限定で売る物があるんだってさ」
「……もしかして?」
考えるように言いながら、似合わない腕組みを始めた神田。そのミスマッチに吹き出しそうになったが、なんとか抑える。
「もしかして庵野君、ゆでたまちゃん買うのっ!?」
びっくりしたらしく、目を見開くのと同時に腕組みを解除してしまった様子の神田。
どうやらこいつは、真剣になったりびっくりしたりするとあだなで呼ばなくなるらしい。
びっくり動作がでかかったのか、フードが脱げた。フードに押し込められてた神田の茶色い髪の毛がぶわっと広がる。
身長差の關係でどこまでの長さなのか、きちんとはわからない。けど、少なくとも肩甲骨を覆うぐらいはありそうな雰囲気である。
くっ、神田に視線をやるたんびに走り出そうとする鼓動、おちつけよ。おちつくんだよ……! 一人かけっこやってんじゃない!
「いきなり普通に名前で呼ぶな、後それを言うな!」
神田の声がでかかったことを注意する余裕がなくなった。それほどに恥ずかしいのだ。全身にじんわりと薄く汗がにじんでしまうほどに。
この鼓動の早鐘は、いきなり普通に上のとはいえ名前で呼ばれたことによるんじゃない。ゆでたまちゃんのグッズを買おうとしてることを言われた恥ずかしさのせいだ。そういうことだ。そういうことにしておく。
ゆでたまちゃんとは、モーンティーペのマスコットのドラゴンであり、ゆで卵から生まれるというショートストーリーが、サークルのホームページに掲載されている。
そのショートストーリーの振る舞いと子猫のようだと表現されている鳴き声、そしてなによりぷにぷに感を見事に伝えてくれるイラストがかわいらしく、男女問わず人気なのである。
男女問わずに。
ショートストーリーでの誕生経緯から、いつのまにか愛称がゆでたまちゃんになっており、公式でもそれを使っているのだ。
「そっかー。お財布に余裕あったらでいいんだけど。買っといてくれない? 合流した時にお金払うからさ」
言われるまでもなく。実の処、神田の分込みで予算を持ってきている。そして、立て替えるつもりではない。
「財布に余裕があったらな」
とはいえ、「おう、神田の分元々買うつもりだったからな」などと言えるわけもなく、そんなキャラでもなく。こうやって、含みを持たせるので手いっぱいである。
「ってことは神田、今回も企業行くのか?」
さっぱりと話題を変える。今回もと言うのは、夏の時に神田と遭遇した時、神田は企業ブースからの帰りだったからだ。
「うん。同人誌側までは回れないよ。たぶん企業だけで疲れちゃうと思うから。メインは企業だからねわたし」
続けて、「体がこんなちっちゃくなければ同人誌の方もいけるんだろうけどねー」と軽口で自分の低い身長を不満がった。
「なるほどな。だからついでで俺に頼んだってことか」
「そゆこと」
頷く神田に、「慣れてるな、お前」と感心する。だてに小学生タイムに寝てないぜ。
「常連感半端ねえなえみリッチ。それにしても、いやー案の定君」
「なんだよ、ニヤニヤと」
嫌な予感がする。
「まさかお前が可愛いもの好きだったとはなぁ」
からかいしかないニヤニヤ顔を、俺は軽く一睨みする。
「おお、コワイコワイ」
「たしか等身大のストラップだったよね?」
神田の確認に、俺はそうとだけ答えた。知らず、声が不機嫌になってて、しまったと思ったけど吐いた言葉は飲み込めない。
「等身大? そんなにでかいのかよ?」
「お前……!」
斉藤に言われて、俺は思わず声を少し荒げてしまった。にわか知識でてきとうなこと言いやがったせいだ。
俺はしったかぶりって奴が嫌いだ。まさに『知った風な口を叩くな』という奴である。
言葉を続ける前に、ここが電車の中であることを思い出して、大きく息を吸って気持ちをおちつける。気が付いてよかったぜ。
テンションを持続してたら、恥じの上塗りするところだった。
「モーンティーペ知ってるのに、あのSS読んでないのか? 掌サイズで等身大だよ掌サイズで……!」
「ま、まあまあ庵野君おちついて。庵野君がゆでたまちゃん大好きなのはよくわかったから」
「……はっ、しまった」
神田に宥められて、俺は初めて自らの失態に気が付いた。なんてことだ。
「硬派を保つのも大変だなぁ、ロリコン君よぉ」
驚いた色を残したまま、そうニヤニヤといやらしい笑いをしながら言って来やがる斉藤に、軽く肘鉄をみまってやる。
「いて」
「ロリコンじゃねえって言ってるだろ」
「じゃあその、えみリッチを見る目はなんだよ?」
「やかましい、今度はマジの肘行くぞ」
「てれんなって、な?」
よりにもよって、当人を目の前に他人から俺の思いを間接的にとはいえ、伝えられるはめになるとは……顔の熱さが収まらねぇっ。
……が。神田、まったく気にしている様子がない……なんてことだ。
「ねえ みてよ」
窓の外を指差して神田がテンション高く言った。……マジで今の話を気にしていやがらねえな?
ーーほっとしたような、寂しいような。
「あ、日の出……か」
どうやら、いつのまにやら日の出時刻をすぎてたらしく、太陽が光を熱といっしょに届けてくれ出した。
「わたし、実は日の出って見るの初めてなんだよねー。二日後なら、これが初日の出になったんだなぁ、おしいっ」
「たしかにな。なら、あさって見に来るか?」
「お、初日の出デートのおさそいか?」
「だまってろ」
できる限りのロートーンで、釘を斉藤の心に叩き込む。
「んー。たぶん、むりだよ」
意を決したお誘いだったっていうのに、神田は少し考えるようにして、少し申し訳なさそうに首を振った。
「なんでだ?」
なんとか普通に聞き返すことはできたが、心情的にはくずおれる寸前だ。
「だって。たぶん、寝てるし」
「……な??」
予想外の答えに間の抜けた声が出てしまった。斉藤の奴が大笑いしてるが、そっちにリアクションを向ける余裕はない。
「実はね。うちのクラスの同志たちで年越しするつもりなんだ。だから、日の出のころにはきっと寝てる。案の定君、来る?」
ぎ……逆に誘われることになるとは思わなかった。願ってもない話だ、断る理由がどこにあろうか。
「お邪魔でなきゃ、行かせてもらうけど。いいのか?」
それでもがっつくのは俺のキャラじゃないし、そうする自分は滑稽で想像するのもいやだから、極めて普通の聞き返し方をする。
まさか、
ーー顔のニヤニヤを噛み殺すのが、こんなにエネルギーを必要とするなんて思わなかったぞ。
ポーカーフェイスできる奴って、すごいんだな 想像してた以上に。
マフラーで口元隠してるからよかったものの……そうじゃなかったら、変な人扱いされてるな、確実に。
表が平常心な一方。鼓動はうるさいほどに鳴ってるし、打つ速度も速くなって 急な熱のめぐりに立ちくらみを起こしそうだ。くっ、耐えろよ俺……。
「うん。二重顎のことは話してあるしね」
「おいおいえみリッチ、そりゃないだろ? ダブルジョウのことなのに俺にはなにもなしなんてさー」
密かに呼吸を整える俺をよそに、神田と斉藤は会話を続けている。
「なさけない声出すなよ、お調子者キャラのテンプレみたいなリアクションして」
斉藤にやれやれと突っ込む。俺達も神田も、お互い呼び方を折れないせいで、かみ合わないようで会話がしっかりかみ合ってるっていう奇妙なやりとりになっている。
「あのね、うちのスペースが後一人ぐらいが余裕持って入る人数なんだよ」
またも申し訳なさそうに、軽く頭を下げて言う神田は、更に突っ込まざるをえないことを言った。