第一話。電車待ちの極寒地獄、in会場入り
「いやー、さみーよなー今年もさー」
目的の電車をホームで待ちながら、手袋した両手をこすり合わせて言うのは、俺 庵野仗の友人斉藤丈。黒のロングコートに赤いマフラー、水色のリュックに厚手の黒い長ズボンに靴と言ういでたちは、冬登山もかくやである。
「だから俺は通販物だけでいいって言ったんだよ。っ さみっ」
俺も俺で、黒いマフラーをマスク替わりに巻き黒のウィンドブレーカー、黒の厚手長ズボンに白い運動靴だ。手袋は内側が起毛でもふもふの奴を装備している。
「この齢でなにくたびれたこと言ってんだよ案の定君。俺達まだまだ今年締めの大祭りに行ける若さだぜ?」
「ニヤニヤしやがって。早朝からテンション高えな、お前は」
今の時間を示すように俺は見える空を刺す。まだ日が出ていない。
日 の 出 前 で あ る!
案の定、と言う嫌あだなを突っ込む気力もない。それほどに寒いのである。ポケットに入れたカイロが役に立ってるのか怪しいレベルだ。
「お前、今が何時かわかってるか?」
「ん? えーっと」
左ポケットに手を突っ込んだ斉藤は、スマホを取り出して時刻を確認。俺としては本当に時刻を確認してほしかったわけじゃなくて、こんな朝早くに引っ張り出してすみませんでした、という自責の念を感じてほしかったんだが……駄目だなこりゃ。
「うん。6時30分だな、24時間表示で」
とさらっと言った。言いやがった……!
「日の出までまだ20分ぐらいあるぞ……。元気だよ、ほんと お前は」
気を抜くとガクガクブルブルするのをなんとか地面を踏みしめて耐える俺。凍え死んだら化けて出るぞこの野郎。怒る気力も出んわ。
すると、まるでタイミングを見計らったように「二重顎はっけーん!」っと言う目を引くラブリーボイスが。
こっちに小走りして来るその白い形は、フードしてもなお見える赤い猫耳をつけていた。少女の茶髪の前髪は眉毛を隠す程度の長さだけど、前以外は寒さ対策も兼ねて伸ばしてるらしい。
「俺より更に元気なのが来たぞ」
左隣の斉藤、俺を右手で突っついて言う。
「神田、そのかっこで走るな。転ぶぞ」
走って来た形の正体。それはえみリッチこと神田えみり。今年の夏、これから向かうのと同じ即売会に参加した時にまともに交流し、そん時のいろいろがあってからどうも気になる存在だ。
しかし別クラスであり彼女は彼女で同じクラスでグループを作り上げてしまっているため、大っぴらに接触するチャンスが訪れず、関係性は夏から変化なく友人のままなのだ。
とはいえメールのやりとりをしているおかげで、夏よりは親しくなってるだろう。間を取り持ってくれた宮崎には感謝である。
「大っ丈夫」
ぴょんと跳ねて小さくなって、なんとかこけるのをさけたような動きをして着地。フラフラっと余分に二歩ほど前に進んでからそう言ったが 勿論説得力はどこにもなかった。
「元気よすぎだろ、神田」
呆れて言ったが、「早く寝た上で栄養とって体動かして、であっためて来たからね」と一切呆れを受け取られなかった。
気持ちが届かない。
「早く寝た、って。いったい何時に寝たんだ?」
「ん? 午後九時」
さらっと言いやがったよ、このちびっこ。
「小学生タイムじゃねーか」
半笑いの俺である。ガチすぎてひくレベルだぞ。
「準備万端ってレベルじゃねーな」
ケタケタ笑う斉藤に、まったくだと半笑い継続で同意する俺である。
「いーじゃんこれぐらいしたってー」
両腕を上下にブンブン振りながら猛抗議。マジで小学生みたいだな、神田は。
しかもそれが、いやみもあざとさもなく、ごくごく自然に見えるんだから、どうなってんだと思わざるをえない。
ちくしょう、かわいいな。
「あれえみリッチ。仲間は? いっしょじゃないのか?」
斉藤に尋ねられた神田は、一つ頷くと同行してない理由を話した。
「セイヤー、静香ちゃん、鹿元君は後。会場で合流するって。って言っても電車1 2本後ってだけなんだけど」
「遅らすと逆に込むだろうになぁ」
「『寒さは人込みよりも強し。んー、迷言だなぁこれは』。だってさ」
アニメ漫画台詞やそのアレンジによるやりとりはよくあることなので、今のが『徐々に奇妙になる冒険 ~ 第三部、スターライトクルーザーズ ~』の台詞のアレンジであることは、俺達の間では周知なので突っ込みもリアクションもしない。
ニュアンスさえ通じてしまえば問題ないのである。逆に予想外な台詞を持って来られると、突っ込むことになるわけなんだけどな。そこかよ、って。
「そうだよなぁ。俺なんてこいつのせいで今凍え死にそうだ」
左の奴を温まりついでにバシバシ叩く。
……あれ? そういえば神田、一箇月ちょっとぐらい前に、同志が一人増えた、って喜んでた気がしたけど。そいつはどうしたんだ?
「いてて、おてて温めますかっ!」
「お客様は遠慮がないぞ」
叩き続けながら平然と言う俺。それを見て大笑いを始める神田。
「いてて おてて あたた、って地味に韻踏んでるし あははは、だれうま だれうま あはは!」
神田の爆笑拍手と、俺の斉藤をぶっ叩く音のユニゾンセッション開催中である。どっちも手袋装備なので、ポフポフ言ってて気持ちのいい音ではないけどな。
「いててて! 寒い時に受ける衝撃は無駄にいてえんだぞ! わかってるのかっ!」
「ああ、わかってるからやってる」
「鬼ー!」
「俺が鬼なら、このクソ寒い中引っ張り出したお前は魔王か コラ?」
神田爆笑中。俺の「コラ」に悪意も険悪もついでに感情もこめてない、いつものことである。
「いたいいたい! マジ勘弁!」
スパンっと一発強いのを叩き込むのと同時に、「よし」と終了を告げる。
「ふー。ふー、お腹いたー。案の定君無表情でやるんだもん、はー 苦しいー」
まだ笑いが収まらないらしく、神田は噛み殺し切れないニヤニヤ顔になっている。笑いすぎで涙ぐんですら。どこが面白かったんだろうか、今のの?
「ってぇぇぇなあ! いくらなんでもやりすぎだろうが!」
右肩をギュウウっと抑えながら抗議して来る斉藤に、俺は申し訳ないという顔をして 神妙な声色で言った。
「許せ。互いの身体を手っ取り早く温めるには、これしかなかったんだ」
「なにその無駄にかっこいい声」
再び神田の笑いの我慢が限界点に到達したらしく、クスクスと笑い始めた。
かっこいいって言われて、マフラーで隠れた頬がうっすら熱を持ったのは、どうやら二人とも認識できてないらしい。
……あぶね。斉藤に弄り倒される心配はなさそうだ。
「いやー流石の二重顎、見事なおもしろトークだなー」
笑い涙をシュっと左手袋を外して拭い、雑にコートで手を拭いてから再び手袋をつける。手袋が濡れるのは気になるのにコートの方は気にならないのか……よくわからんな、女子の感覚。
「その呼び方、意地でも変えないんだな、えみリッチ」
苦笑いの斉藤に、「だから、こいつは折れないって言っただろう」と同じく疲労感を含んで言う。
俺達の名前が二人とも「ジョウ」なせいで、夏の即売会で遭遇して以後、神田は俺達をまとめて「二重顎」と呼び始めてしまった。ジョウから顎って、あの狩りゲーやってでもないとサっとは出てこないと思うんだが……やってるのか、神田も?
「せめてダブルジョウ」って呼んでくれ、って言ったけどまったく効果がなかった。「ちょっとかっこいいから却下で」、という謎の基準でバッサリである。
なにがアウトだったのか、俺にはまったくわからないんだが……。人間泣く子と地頭と美少女の笑みには勝てないっていう言葉もある。
ってなわけで、このちっこい美少女の笑みと意地に折れて、俺は二重顎呼びを容認している。斉藤はまだ空しい抵抗を続けているが、勿論神田は折れやしない。
半年近くも経ってるんだから、いい加減諦めろ と思うんだけどな。斉藤も斉藤で折れない男である。
「ところで神田」
笑いが収まったのを見計らって言葉をかける。
「なに?」
「お前、こないだ同志が一人増えた、って言ってたろ? そいつはどうしたんだ?」
ついさっき思ったことをそのまま言葉にした。そしたら「ああ、ノリきゃん? 駄目だった」と首を横に振った。
まるで予想してたこととでもいうように、断られたことに対して、なんの落ち込みもない感じだ。あだなで呼んでる辺り、付き合いがそれなりにあるんだろう、それぐらいの読みはできると見る。
「『パス。そんな寒い時間から家出てまで、本だか画集だか買うんでしょ? 毎年その即売会っての、来場者数がニュースになってるけどさ。行かなくても買える手段あるのに、それでも死ぬ思いしてまで買う人の気が知れない。えみリッチたちもよくやるわよ』ってにべもなかったよ」
なるほど、どうやらオタクに来てから間がないらしいな、この外から見た感じの、しかも見下したような言いぐさは。
いったいそのノリきゃんとやらに、どんな心境の変化があったのやら、想像もつかない。
「ノリきゃんならさもありなんと思ったから引っ張ってこなかったよ
やっぱりか。ノリきゃんの言いぐさは気に食わないけど、その考えには激しく同意する。横で「効率厨め」って吐き捨てるように言った斉藤に、神田の爪の垢を煎じて強引にでも飲ませたい。
……ううむ……なんだか半年ぐらい前、俺 斉藤に同じこと言われたような気が?
……デジャブか?
「楽に手に入る手段を選ぶ辺りは、案の定君と似てるなーって思ったなー」
「なん……だと……!? 俺の性質を覚えていたのかっ!」
なにげなーく出た神田の言葉に驚愕の声を上げてしまった。斉藤の奴、クククっと楽しそうに噛み殺し笑っていやがる……。
正確には、覚えていてくれたのか、なんだけどそんな言い回しを口に出すわけにはいかないんでな。