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姉と私。

作者:






「懐かしい…」



そう呟く声が、私の背後から聞こえた。

自宅に帰るまでの道のりを一緒に歩いている姉の声であることは、振り返るまでもなく分かった。


姉より数歩だけ先に進む私は、呟かれた言葉には特に反応もせず先へと進む。すると今度は、先程より幾分か哀愁を漂わせるような言い方で同じ呟きが聞こえた。


「ああ懐かしい…」


きっと反応が欲しいのだろう。しかし、私は反応を返すことが少し面倒だった。何故なら姉が懐かしんでいる思い出は、私からすればあまり楽しくない…というより呆れるような出来事だったからである。



「色々思い出すなあ…懐かしい…」












「…ねえ、ドブ見ながら懐かしいって言うのやめてくれない?」



しまった。つい反応してしまった。



だが仕方ない。あまりにもしつこい上、道行く人に、ドブを見ながら微笑みを浮かべて懐かしむ人と一緒に歩く場面を見られたくない。私が姉にストップをかけなければ、確実に変な人(姉)と同一視されるではないか。



「だってさ、ほら!ここだよここ!」



反応が返ってきたことが嬉しかったのか、上機嫌にドブを指差しながら私に言う。



「あれって何年前だっけ…?懐かしいよね、確か小学校の帰り道で、まだ低学年の頃だったかな?いきなりだったからみんな同じ顔して驚くんだもん、もうそのときの顔ったらおもしろくってさ」


思わず漏れた笑い声を堪えるかのように語る姉を見て、ああそうか、3回目の方ね。と私は心の中で納得する。

そして姉に向かって言った。




「二回では飽き足らず、三回もドブに落ちて帰ってこられたらそりゃみんな呆れるよ。同じ顔になるでしょうよ。つまりはあなたのせいですよお分かりですか」



「チッチッチッ、分かってないなあ。三回目だからこそ違う反応がくるかと思ったんだって」


「そのチッチいうのやめてくれるかな、イラっとくる」


カリカリしないの〜というこれまた若干イラッときた声は無視をした。それでも、たしかにあの出来事は懐かしいと言われればそうだなとも思った。直視し続けた姉とは違って、私は横目でさりげなくドブを見ながら昔を振り返った。









数年前



思えばあのときから、私の姉は馬鹿だった。




学力的なことではない。むしろそちらの方面は優秀であり、日常生活においてもルールは守る。

「喧嘩はやめよう平和にいこう」がモットーの、いわゆる優等生と言われるタイプの子どもだった。性格も優しく、誰にでも公平に接することができる良い子である。


ここだけ見れば自慢の姉だ。

そう、ここだけ見れば。




姉の性格については続きがある。

優しい良い子

だがしかし、それに加えて、馬鹿と捉えられるほどの"天然"なのである。




なるほど姉は馬鹿なのか、と私が認識し始めたのは、姉が小学六年生の頃からだろう。

そう、学校にランドセルを忘れたまま、手ぶらで「ただいまー!」と元気よく帰宅したあの出来事からだ。



さすがに最初は私も、姉がただ訳もなく忘れてきたとは思わなかった。また学校に用事があって戻るから、ランドセルはあえて置いてきたのだと、戸惑いつつもきっとそうだろうと思って声を掛けた。


「もう夕方になるけど、学校でなにかあるの?帰ってきたわけじゃないの?」


すると姉は不思議そうな、何を言うのこの子は、みたいな顔で答えた。


「え、帰ってきたんだよ?ただいまって言ったじゃん」




あ、どうしよう怖い。




得体の知れない怖さを感じつつ、この先を聞いていいのか迷いながらも、平然と自室へ戻ろうとする姉に向かって、私は問うた。



「あの、さ…ランドセルは?」



姉は一瞬首を傾げて、ランドセル…?とポツリ。すると

「うわっなんで?!」

と言いながら、一人で笑い転げたのである。




あ、馬鹿だ




私は爆笑する姉を見ながらそう思った。早くランドセル取りに行けよ、とも。



「あーおもしろかった!」

ひとしきり笑った後、姉は満足そうに自室へ戻って行った。





夜になって「あ、ランドセル」と呟やかれた言葉に、私は聞こえないふりをした。










って、いかん。遡り過ぎた。

ランドセル事件はドブ事件より前のことじゃないか。


まあいいか、馬鹿さ加減は負けてないし。




ふっと笑みがこぼれた私に気付き、いつのまにか隣に来ていた姉も、おもしろかったよねと笑った。






隣にいた姉を見て、相変わらず頭に花咲いてんなあと思ってこぼれた笑みであったことは、秘密である。


















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