君のネームは?(6)
私たちは、「春海堂」の裏手に来ていた。佳乃さんが、私たちにスリッパを出す。
「どうぞ、おあがりになって」
「お構いなく……あっ、ユイチ先生」
ユイチは靴を脱ぎ、見たことがないほどの俊敏さで室内に入った。私は慌ててユイチを追いかける。彼がいきなり立ち止まったので、私はその背にぶつかった。
「うぐっ」
ユイチの背中越しに、柚月の姿が見えた。
「もー、お父さん腰が悪いんだから、重いものを運ぶときは言ってよ」
「へん、うるせえんだよ」
寝転がったユイチの父親が、鼻を鳴らす。柚月は、父親の腰に湿布を貼っていた。湿布を貼り終えた彼女は、父親の腰をばん、と叩く。父親がいてえっ、と声をあげた。
「はい、終わり。もう湿布ないよ。整形外科行かなきゃ」
柚月は立ち上がり、こちらを見て目を瞬いた。
「おにい……ちゃん?」
顔をあげたユイチの父親が、ユイチを目にしてはっとした。しかし、すぐに不機嫌な顔になる。
「あ? おまえ、どこの誰だ?」
ユイチは軽く頭を下げる。
「……久しぶり、父さん」
「おめえなんざ知らねえよ」
ぷい、と横を向いた父親を、佳乃さんがたしなめる。
「お父さんったら」
「飯できたら呼んでくれ」
彼は杖につかまり立ちし、起き上がる。ユイチが支えようとしたら、カーッ、と威嚇し、それを振り払った。
「触んじゃねえよッ」
そのまま、杖をついてどすどす歩いて行った。
「もう、意地っ張りなんだから」
佳乃は肩をすくめ、こちらに笑みを浮かべてみせた。
「二人とも、お夕飯まだでしょう。食べて行って」
私とユイチは居間に向かい、並んで座った。ユイチはテーブルに視線を落とし、ぼそりと呟く。
「……父さん、ものすごく元気そう」
「ほんとですね」
「母さん、お兄ちゃんに嘘ついたの?」
柚月が佳乃に尋ねる。
「嘘なんかついてないわよ? 「大変だ」って言っただけ」
佳乃はそう言って、にこりと笑った。ぎっくり腰は大変なことでしょう? 柔らかな雰囲気とは裏腹に、なかなかのお方のようだ。
市川家の居間にはテレビがない。どうやら、食事時間にテレビを見る習慣がないようだ。ユイチの父親は、ユイチを完全に無視し、私にしきりに話しかけてくる。
「へえ、東大寺さんはT大なのか。すごいなあ」
「いえ、そんなことは」
「T大作ったの誰だったよ。新渡戸稲造か? ほら、前の五千円札の。俺とおんなじ名前なんだ」
新渡戸稲造は、十三歳で東京英語学校に入学した天才である。東京英語学校はT大の前進なので、全く間違いではないが。
「いえ、主たる創設者はいません」
「オモタルさん?」
「主たる。慶応とかみたいに、はっきりした創設者はいないってこと」
ユイチがぽつりと呟いた。稲造さんが、ユイチをギロッと睨む。すでに無視しきれなくなっているようだ。ああ、この人きっと悪い人じゃないな。私はそう思う。稲造さんはユイチから視線を外し、佳乃に声をかけた。
「おい、なんでこいつがいるんだ」
「なんでって、家族でしょう」
「ふん、六年間一度も帰ってこなかったやつが家族なもんかよ。知らねえ奴を家に入れんじゃないよ」
彼はそう言って、私に愛想笑いした。
「あ、お客さんは別ですよ」
この切り替えは客商売だからだろうか。私は、手にした茶碗を見下ろして問う。
「でもいいんでしょうか、私まで」
「もちろん。それ、ご近所さんからいただいたおこわなの。たくさんあるから、遠慮なくお代わりしてくださいね」
佳乃はそう言って微笑んだ。
ユイチが立て膝をすると、稲造さんが声を荒げる。
「おい、行儀が悪いぞ」
ユイチはいつも、机に向かう時はあの姿勢だ。おそらくは癖になってしまったのだろう。もぞもぞと姿勢を模索した後、あぐらに落ち着く。奇しくも、稲造さんと同じ姿勢だ。稲造さんはじろっとユイチを見て、
「おめえ、今何してんだ」
「漫画描いてる」
「だから、なんの漫画だ」
ユイチはチラッと私を見た。えっ、なぜ私を見る? 仕方なく、ボカして答えた。
「えっと、大人向けの漫画、ですかね」
稲造さんがへえっ、と目を剥き、意地悪く言う。
「大人向け? おまえに描けるんか、社会経験もねえくせして」
「色々と資料がある」
ユイチはそう答えた。資料。私は肌色の紙面を想像した。ユイチだって男だ。当然そういうものは所持しているだろう。当然だ。だけどなんだろう、このもやもやは……。
「はん、今のガキはネットで調べただけで知った気になりやがるからな」
なにか、他に心あたりがあるような言い草だ。佳乃が困ったように笑う。
「お父さんね、リハビリに行った病院で、PTさんに色々言われたらしいの。それで怒っちゃって」
「PTだかP◯Aだか知らねーが、自分のガキと似たような歳の野郎に、好き勝手されてたまるかっ」
ユイチはぽつりと呟いた。
「頑固じじい……」
「なんだとっ」
どうやら、PT──理学療法士はユイチと同年代らしい。柚月が口を挟む。
「でもあの先生イケメンだよね。爽やかだし」
「はあ? おめえあんな優男がいいのかっ」
「いちいち怒らないでよ。褒めただけでしょ」
柚月は肩をすくめ、こちらに身を乗り出した。
「ねえ、東大寺さんは彼氏とかいますか?」
「え? いえ」
「どんな人がタイプですか?」
味噌汁を飲んでいたユイチが、ぴくりと肩を揺らした。私は張り切って答える。
「真田幸村」
「さなだ?」
「そう。実名は真田信繁。大名の出ですらない地方の侍が、天下人である徳川家康を最も苦しめたの。負け戦にも関わらず、現在もその勇壮さを讃えられる男の中の男!」
私が力説すると、柚月が身を引いた。
「その人って、もう死んでるんじゃ」
「いいえ、幸村さまは永遠に歴史の中で輝いてる!」
稲造はまじまじと私を見て、
「頭のいい人は変わっとるんだな」
少し熱くなりすぎてしまった。私はコホン、と咳払いをした。ふと横を見ると、ユイチの唇に米粒がついている。
「あっ、先生、ご飯粒がついてます」
ユイチの口の端についたご飯粒をつまんだ。ひょい、と取ると、ユイチの首筋が真っ赤になる。
「先生、なんか顔が赤いですよ。熱でもあるんですか?」
「べつに、なんでもない」
ユイチは私の手を避け、味噌汁のお椀を手にした。私たちの様子をニコニコ見ていた佳乃が、思いついた様子で手を鳴らす。
「そうだ! 今日は二人とも泊まっていったら?」
「え」
私はギョッとした。稲造さんはユイチを指差し、こいつの部屋はもうないぞ、とぶっきらぼうに言う。佳乃が無邪気に続けた。
「じゃあユイチは東大寺さんと一緒の部屋で寝るっていうのは?」
その言葉に、ユイチが味噌汁を噴き出す。咳き込む彼の背中を、私は慌ててさすった。
「先生、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫」
今度は耳まで真っ赤になっていた。やっぱり具合が悪いのか、と心配になる。佳乃はふふ、と笑い、
「冗談よ。東大寺さんは私と同じ部屋で寝ましょう。お父さんとユイチで寝てね」
それを聞いて、ユイチと父親、双方の顔が引きつった。
しかしまさか、他人さまの家のお風呂に入ることになるとは。奇妙なこともあるものだ。風呂から上がった私は、佳乃の部屋へと向かう。佳乃は布団の上に座って、アルバムをめくっていた。
「お風呂、先にいただきました」
「ええ」
私は佳乃に近づいていき、アルバムを覗きこんだ。アルバムには、小さな男の子が写っていた。
「これって……」
「祐一よ」
佳乃はそう言って微笑んだ。
「かわいいですね」
絵を描いている途中で寝てしまったのだろうか。写真の中の幼いユイチは、片手にクレヨンを握りしめて寝ている。佳乃はアルバムを撫でながら、
「ほんとはね、裕一には双子のきょうだいがいたの」
「双子……」
「ええ。産声をあげなくて……裕一だけが大きくなった」
私は、隣室に置かれた仏壇へと目をやる。あの位牌は、その子のものなんだ。仏壇には、カステラがふた切れ置かれていた。
「裕と一。お医者様から双子だって聞いてね、名前はそうしようって決めてたの」
「ユイチ先生が、一くんの名前を継いだんですね」
「そう。でもね、裕一にはそれが重荷だったのかもしれない。お父さんは祐一にお店を継いでほしくて、和菓子作りを懸命に教えた。けど祐一は、漫画ばかり読んでる子だった」
佳乃さんはそう言ってため息を漏らした。私は彼女に、ユイチの漫画を読んだことはあるかと尋ねた。
「それが、ないの。でもね……ちょっと待って」
佳乃は立ち上がり、隣の部屋へ向かった。包みを手に戻ってくる。中には「ダブルスコア」の一巻と、「西矢晴臣」と書かれた名刺が入っていた。
「編集者さんから送られて来たの。でもお父さんが読むなって」
「そうですか……」
私は、真新しい「ダブルスコア」の表紙を撫でた。
私は、単行本を持って、稲造の部屋へ向かった。
部屋から物音は聞こえず、しん、としている。もう寝ているのだろうか。そっと扉を開けると、稲造さんがこちらに背を向けていた。猫背気味の背中は、ユイチにそっくりだ。私はその様子に胸を突かれる。
ユイチは、稲造さんから離れたところで、膝を抱えて座っていた。稲造さんは新聞をめくりながら、
「……おまえ、ちゃんと食っとるのか」
「うん」
「今度の土曜日は、ハジメの二十三回忌だ」
「うん」
「漫画が忙しいんか知らんが、ちゃんと出ろよ」
「うん」
「うんしか言えんのか、おまえは!」
稲造さんはそう言って、新聞を投げ捨てた。ユイチがびくりとする。
「集まりにも顔出さんで、まさか裕一くんまでのうなった(亡くなった)んかと聞かれる、佳乃の気持ちも考えろ!」
ユイチは怯えながらも、冷静に返す。
「……夜だから、静かにして」
「おめえ! なにすかしとる!」
稲造さんがユイチに掴みかかった。私は、二人の間に慌てて割り込んだ。
「お父さん、落ち着いてください!」
「こんな腑抜けは俺の息子じゃない!」
稲造の言葉に、ユイチが肩を揺らした。
「そんな言い方……っ」
私が反論するまえに、ユイチは出入り口へ向かう。
「俺、風呂場で寝る」
「おい、逃げるんか!」
稲造さんがユイチの肩を掴む。
「真田家は!」
私が叫ぶと、二人が動きを止めた。私はずかずかと二人の間に入っていき、
「弱小ながら、知略で戦国を生き抜いた一族です。仕えていた武田が滅び、あらゆる手を使って生き残る術を見つけていく」
真田にとっては、徳川は宿敵だった。
「しかし真田信幸は、兄弟二人をそれぞれ徳川と豊臣に仕えさせることに決める。なぜかわかりますか」
ユイチがぽつりと言った。
「……どちらが生き残るか、わからなかったから」
「そうです。実際、真田幸村は大阪冬の陣で死にます。しかし兄の源三郎は徳川家の家臣となって生き残る。たとえ弟の敵となっても、家を守ることが大事だったんです」
「なんの話だ」
稲造さんは怪訝な顔をしている。
「あなたの『息子』はユイチ先生しかいないでしょう!」
「灯台さん、いいから」
「よくないっ!」
私は稲造さんをにらみつけた。
「ユイチ先生は素晴らしい漫画家です! 貧弱でホワイトアスパラガスみたいに真っ白だけど、確かに漫画の才能があるんです!」
彼に『ダブルスコア』の単行本を突きつける。稲造さんは吐き捨てるように言った。
「漫画なんぞ描けてなんになるんだ!」
「和菓子なんか作れてなんになるんですか!」
「なんだとっ!?」
「私だって、漫画なんか興味ありませんでした!」
私は叫ぶ。
「歴史雑誌が潰れて、なんで漫画の編集なんかやらなきゃならないのって思いました。ユイチ先生に初めて会った時も、なにこの弱っちくて情けない引きこもりは、と思ったし!」
「……」
ユイチは俯いて黙り込む。
「漫画なんか興味ない! だからわかる、ユイチ先生はすごいんだって!」
私はぜいはあと息を吐いた。部屋に沈黙が落ちる。
「……一のかわりに、俺が死ねばよかったのかな、と、何回か思ったことがある」
ユイチがポツリとつぶやく。
「でも、死んだら漫画を描けなかった。へなちょこでも、生きてたら漫画を描ける」
だから、生きててよかった。ユイチの言葉に、稲造さんは何も答えない。じゃあ。そう言って、ユイチは部屋を出出ていく。私はユイチを見送ったあと、稲造さんに頭を下げた。
「すいません、生意気を言って」
「本当だ。真田だなんだと、わけのわからんことを」
彼はちら、と私の手元を見た。
「……それ」
「ユイチ先生の漫画です。春海ゆうだったころの」
「春海、ゆう?」
「ユイチ先生は、いつも春海堂のカステラを欲しがるんです。あれがないと、やる気が出ないみたいで」
稲造さんは何も言わない。私は「ダブルスコア」の単行本を置き、その場を後にした。戸を開けたままにして、そっと中を覗く。
稲造さんはしばらく動かずにいたが、無造作に漫画をつかんで、ページをめくり始めた。私の背後から、佳乃さんがこっそり声をかけてくる。
「どう?」
「読んではいますが……稲造さんは、漫画は?」
「ううん、全然」
そのとき稲造さんの頰に、涙がきらっと光った。佳乃が引き戸を開け、優しい声で呼びかける。
「お父さん」
「うるせえ」
稲造が顔を背け、目元をゴシゴシこすった。涙声で言う。
「幽霊だあ? そんなもんいるかよ。それによ、この親父はなんだよ。ラーメン屋の頑固亭主って、俺がモデルかよ」
佳乃さんは、漫画を覗き込んで微笑む。
「ほんと、あなたによく似てるわねえ。あら、美人の奥さんですって」
「この妹って私?」
柚月も部屋に入ってきて、両親の合間から顔を出す。漫画を囲み、家族がわいわいし始めたので、私はその場を離れた。ふと、階段の下にユイチがうずくまっているのが見えた。かすかに肩が震えている。私はユイチに近づいていき、彼を覗き込む。
「ユイチ先生」
「……みないで」
ユイチはこし、と目元をこすった。私は手を伸ばし、ユイチの頭に触れた。そっと撫でると、彼がむず痒そうに身をよじる。
「子供じゃないんだから」
「でも、歳下ですし」
「三つしか変わらない」
「三つは結構大きいですよ。中学生と高校生くらいの差があります」
私は撫でるのを続行した。ユイチは嫌そうにしていたが、やがて諦めたのか、されるがままになった。
★
翌朝、人さまの家だからなのか、やけに早く目が覚めてしまった。私は佳乃を起こさないようそっと布団を出て、手洗いへ向かった。手洗いから出ると、人の話し声が聞こえてきた。
「……だから、いらないんだよ」
この声は、稲造さんだ。私は声のする方へ向かい、中をそっと覗き込んだ。和菓子の作業部屋らしき場所に、ユイチと稲造がいる。ユイチは、稲造に椅子を差し出した。
「座ってやればいい。その方が楽なはず」
「アホかおまえはよ、立ってやらなきゃ力加減が狂うんだよっ」
権蔵が椅子を押し返す。ユイチはそれを押し戻した。
「あと、ちゃんとリハビリに行くべき」
「あんなもん、立ったり座ったり面倒なだけだ」
ユイチがじっと見つめると、稲造は眉をひそめた。
「わかったよ、ったく」
彼は椅子にどかりと座って作業を始めた。その後ろで、ユイチがボソボソと言う。
「同じ姿勢はよくない。座りっぱなしじゃなく、三十分に一回は立つべき」
「うるせーなおまえはよお」
文句を言いながらも、稲造は時計をちらりと見た。
「三十分だろ。わかったからあっち行け」
ユイチが稲造さんから離れ、のそのそこちらにやってくる。彼は私に気づき、
「……なに?」
「なんでもありません」
私が笑みを浮かべたら、彼は照れくさそうに目をそらした。私たちが居間へ向かっていたら、台所から佳乃さんの声が聞こえてきた。
「柚月、早くしないと部活に遅れるわよ」
「わかってるって」
柚月は朝食をかきこみ、バッグを手にする。
「柚月ちゃん、部活やってるんだ」
「はい、テニス部なんです」
柚月は白い歯を見せ、荷物を抱えて出て行った。明るく元気で、CMにでも出したいほどの美少女だ。私は、もそもそとごはんを食べるユイチに目をやった。同じDNAを有しているとは思えない。
「柚月ちゃんとユイチ先生って、あんまり似てませんよね?」
「……よく言われる」
朝食を終えた私とユイチは、ともに春海堂を出た。女将姿の佳乃が、風呂敷を差し出してくる。
「はい。これ、余ったおこわ。たくさん食べてね」
「……」
ユイチは風呂敷を受け取り、照れ臭そうにしている。彼の足元に猫が寄ってきて、にゃあ、と鳴いた。ユイチは身をかがめ、猫を撫でている。私が微笑ましい気持ちでそれを見ていたら、佳乃にちょいちょい手招かれる。
「東大寺さん、ちょっといい?」
「はい?」
彼女は、私をユイチから離れた場所へ引っ張って行った。辺りを見回し、声をひそめる。
「祐一はかっこいい感じじゃないけど、優しい子だと思うのよ」
「はい」
「お似合いだと思うの。あなたたち」
「……はい?」
私は目を瞬いた。佳乃はにこりと笑い、
「じゃあ」
上品に手を振り、再びお店へと戻った。ユイチは猫を撫でくりまわしつつ、上目遣いでこちらを見た。
「母さん、なんだって?」
お似合い。つまり──私とユイチが恋仲に見えると? 男と女だからねえ。西矢の言葉が蘇る。いやまさか、そんな。灯台さん? ユイチが不思議そうに尋ねてくる。私は慌てて言った。
「あ、えっと、おこわは早く食べろだそうです!」
「確かに……暑いし」
九時台だというのに、じりじりと照りつける日差しは暑い。そういえば朝食を食べている時分から、蝉が鳴いていた。
「でも、もうすぐ夏も終わりですよ」
思えばユイチは三ヶ月前、引きこもっていたのだったか。あの頃はまるで幽霊のようだった。今も白いけれど。
髭を剃り、迷彩のつなぎをやめ、それなりに普通の服を着て、髪は短くなっている。もちろん、いい男からは程遠いけれど。真田幸村とは、似ても似つかないけれど──。
「うん」
ユイチは煌めく太陽を見上げ、ふらっとよろめいた。
「眩しい……」
「先生! 倒れないでください!」
私は腕を伸ばして、ユイチを支えた。