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悪魔の目






 二人掛けのソファーにエレナとガドが仲良く座っていた。テーブルを挟んで反対側のソファーにはクロムが座っている。ガドが子供というのもあって、エレナ達のソファーにはスペースがまだ存在した。対してクロムの方も二人掛けなのだが、まるで一人用のソファーである。重みで沈みかたが物凄いことになっていた。

 

「クロム……おまえって、そんなにでかかったっけ?」

 まじまじと眺めて、エレナは言った。


「うん、すごい……くまさんみたい……」

 ガドは、小さい両手を口に当てている。

 二人の反応を見て、まんざらでもない様子でクロムは背もたれに深く寄り掛かった。


「最近、またでかくなったっス」


「少し前は一九五センチぐらいだったよな? 今の身長、体重いくつぐらいだ?」

 好奇心からエレナは訊いてみた。


「背は二〇〇センチで、体重一六〇キロっス」


「おまえ、本当に凄いな……」

 前々から巨躯(きょく)な男だとは思っていたが、改めて数値で聞くと凄まじい。エレナは驚嘆した。


「でも、こんなにでかくても、姐さんには一度も勝ったことがないっス……」

 やっぱ、でかいだけじゃ駄目なんスよね……と、大きい身体を小さくして落ち込むクロム。


「まあ、少しは頭を使って戦うことだな。後は、精進しろ」

 端的に言い放つエレナ。実際は、クロムの戦闘能力を高く評価している。身体が大きいということは、それだけで有利なのだ。ただ、エレナは素直にクロムを誉めるのが悔しかった。


「エレナ、クロムさんより強いの? あんなに大きいのに?」

 左側に座っているガドが、エレナを仰視(ぎょうし)しながら目を見開いて言う。


「ああ、だから私の側にいろ。ここが一番安全だからな」そう言い、ガドの首筋に指を這わす。そして、エレナは続ける。「そして、私の側に来れないときは、そこの大男の側にいろ」

 エレナはどんなにクロムを揶揄(やゆ)しようと、根本的には信頼していた。


「ガドちゃん! 姐さんに比べたら頼りないっスけど、オレも頼りにしていいっスからね!」

 (いか)つい大男が笑う。そんなクロムを見て、ガドはおどおどとした様子。


 そんなたわいのない会話で、エレナたちはゆったりと時間を過ごしていた。

 ガドの過去には触れず、エレナは話題を選んでいた。辛かったであろう記憶を、少しでも忘れさせてあげたかったのだ。時が来れば、聞くこともあるだろうーーそうエレナは考え、今はガドが安心できる空気にしようと努めた。

 その気持ちを()んでか、訊きたがり屋のクロムはおとなしい。エレナとガドの話を拾っては広げるだけに徹している。思ったより馬鹿じゃないのかもしれない、とエレナは感心していた。



 更に少しだけ時間が流れた頃、クロムの腹が鳴った。


「腹減ったっスね……」

 クロムは、テーブルの上に置かれていたルームサービスのメニューを手に取り、エレナに視線を送っていた。


「お前は子供か……」私の了承なんて必要ないだろうにーーと、エレナは軽くぼやき、赤く暗い窓の外を見てから壁に掛けられた時計に目を移した。

 もうすっかり夜も深かった。


「そうだな、空の旅はまだ続く。首都ドルトムングに着くのは明日の正午だ。時間はある、何か食べとくか?」

 一日前に、首都ドルトムングの発着場を出発した飛行船タロース。商業都市ヴァーゴの上空を通過し、未開の土地エスタバーニャの空を遊覧。明日再び、ドルトムングへと戻る。二泊三日、空の旅。それが飛行船タロースの仮の姿だった。


「ひゃっほ~! 何注文するっスか?」

 両腕を高らかに上げ小躍りするクロム。


「いや、確か中央フロアでバイキングをやっていたな、そこに食べに行こう。ガド、眠くはないか?」

 もう、夜も遅い。エレナやクロムにはこれからの時間でも、子供には眠たくなってくる頃だ。


「ばいきんぐ……ってなに?」

 可愛らしく首を傾げるガド。


「料理がところせましと並んでいて、それを好きなだけ食べてもいいんだ」

 両手を広げ、料理が並べられている様子を表現するエレナ。


「わー、本当? うん、いきたい! お腹減った!」

 ガドは赤い目を爛々と輝かせた。


 可愛い……。

 料理よりこの子を食べちゃいたい。

 いやいや、私は決してそんな趣味はないし、いかがわしい意味でもない。心のなかで取り繕うエレナ。


「いいっスね! バイキングいきやしょう!」

 意気揚々と右手を掲げ、鼻歌まで始めるクロム。

 賑やかな晩御飯になりそうだと、口許に笑みを浮かべ、エレナはソファーから立ち上がった。






「おでかけですか?」

 部屋を出ると、警備兵の一人がエレナへと声を掛けてきた。


「ああ、ちょっと飯をな。中央フロアでバイキングをやっていると聞いていたんだが、まだやっているだろうか?」


「はい、かなり遅くまでサービスしておりますので、問題ありません」

 警備兵が廊下に散らばる他の三人へと合図を送ると、エレナ達の周りに集まってきた。どうやら扉の前にいた一人を残して、付いてくる気であった。

 三々五々、中央フロアへ向かう道すがら、警備兵が立っている部屋の前をいくつか通り過ぎる。本日の落札者達の部屋だ。

 廊下にもかなりの数の警備兵が巡回し、監視カメラも多数設置されていた。

 もし落札出来ずに強行手段に出ていれば、かなり骨が折れていたに違いない。そんなことを考えながらエレナは中央フロアへと進む。

 エレナは足が速い。ガドを気遣い、ゆっくりと歩いていた。

 そんなエレナにギドが寄り添いついてくる。エレナの右腕を抱きかかえて、細い腕が絡んでいた。それは少し動かしただけで、ほどけてしまいそうな繊細さ。

 そんなガドを見ていると、エレナはまた妹と重ねてしまう。

 エレナの妹は、いつも腕に絡みつきくっついていた。頬を緩ませながらガドを見下ろす。そこには、小さな頭が揺れていた。



「エレナ姐さん! 着いたようっスよ!」

 その声でクロムもいたことを思い出す。幸福なひとときから現実に戻されたエレナは、渋々と中央フロアへと足を向けた。

 到着した部屋はかなり広く、天井が相当の高さで開放感がある。その中心には、主役である様々な料理達が円形状に並べられていて、どれもこれも目移りしてしまう。



「結構たくさんの人が食事をしているな」

 エレナは誰に言うともなく呟き、空いている席を探すため、部屋のなかを歩いた。すると、食事を楽しんでる人達の視線がエレナ達に集まる。

 それは、ガドへと向けられているものだった。

 赤い目は目立つ。見世物になるぐらいなら部屋に戻ろうかと、エレナは逡巡(しゅんじゅん)した。



「すごーい……エレナっ! これ何でも食べていいの?」

 いつのまにかエレナの腕から離れ、並べられている料理達をガドは興味津々と見てまわっている。


「まあ、あんなに喜んでいるし戻る必要はないか。地上に着いたら赤い目を隠す為に、コンタクトを買ってやろう」

 と、エレナは空いていたテーブルを確保して、ガドの元へと急いだ。



「好きなのを食べていいんだぞ」


「本当っ? 嬉しいなっ!」


 にこにこしながら、皿に料理をよそおうとするガド。

 売りに出されていた時には、想像できなかった笑顔。本来のガドの姿がそこにはあった。


「っと……あれ? ……んー」


 パスタを上手くよそれないでいた。不器用なのか、慣れていないのか、見かねてエレナは手を出す。


「貸してみろ」


 金属製のトングを受け取ったエレナは、パスタをつかみ皿によそう。それをガドに手渡し、自分の食べる分を適当に見繕い、席に戻った。

 テーブルには飲み物が置かれていた。


「エレナ姐さんは、麦酒(ビール)っスよね。……で、ギドちゃんはオレンジジュースで良かったっスかね?」


「気がきくじゃないか」


「あ……ありがとう、クロムさん」


「クロムさん……って、ガドちゃん、オレを呼ぶときも呼び捨てでいいっスよ。もっと、気軽に呼んで欲しいっス」

 そう言われて、オロオロしているガド。

 うーん、この子はどんな反応をしても可愛いな。エレナは小動物を見る目でガドを見守りながら、一気に冷えた麦酒(ビール)を流し込む。


「実にうまい。いや、味ではなくのど越しがたまらないな」

 弾ける炭酸が喉に刺激を与えた。可愛いガドを眺めながらの酒は最高だとエレナは思った。

 そんなガドは、ぎこちない手つきでパスタを口に運んでいる。さっきのトングもそうだが、フォークにも慣れてない風だ。

 そんな、ガドを観察しながらエレナは考えた。

 少なくとも、上等な生活を送ってきた訳ではなさそうだ。使用人に全てを任せていたお嬢様だった可能性もあるが……。



「……おいしい」

 ガドは、パスタを噛み締め、飲み込んだ後に言葉を漏らした。


「うまいか? それは良かった」


「うん! 初めて食べたけど凄くおいしいっ。これはなんていう食べもの?」

 初めてだと言うガド。どうやら先刻のエレナの考えは、前者のようだった。


「スパゲッティだ。今、お前が食べているのはペペロンチーノって奴だな。スパゲッティの中でも、かなり有名だ」


「ぺぺろんちーの? そうなんだ。この、おれんじじゅーすも凄くおいしい!  こんな甘い水があるんだ」

 ペペロンチーノとオレンジジュースに衝撃を受けているガドの隣、元が何だったのか分からなくなるぐらいに、料理達が積み上げられた皿が何枚も並べられていた。

 味もごちゃまぜになっているであろうソレを、凄い勢いで食べているクロム。

 気分が悪くなってきたエレナは、出来るだけ視界から外すことにした。


「ガドではないが、確かにバイキングにしてはうまい。一流素材を使ったバイキングといったとこか」

 エレナはフォークに差したフィレ肉を見て呟いた。

 それを見たガドは、エレナに尋ねる。


「ねえ、エレナの食べているのは何て言うの?」


「ああ、これか? フィレステーキだ」手に持ったフォークを、そのままガドに向けた。「食べてみるか?」


「うんっ!」

 ガドはテーブルから身を乗り出して、エレナが差し出したフィレ肉に食いつく。

 餌をやってるみたいだ。と、エレナは思った。


「おいしいっ! これもおいしいよエレナ!」


「そうか。これはレアだから生に近いな。私は火がよく通った方が好きだ」


「そうなの? だったら焼いたらいいんじゃない?」


「ははっ、どうやってだ? シェフでも呼んで焼き直して貰うか?」

 真剣に言うガドに、エレナは軽く冗談を返した。



「あたしが焼いてあげる」


「焼くもなにも厨房にでも持っていくか?」

 再びエレナは笑いながら冗談を返す――

 と、その時。


「――――?」

 なんだ? エレナの目が見開く。

 フィレステーキが載った皿の上で、何かが(くすぶ)っていた……。


 それは、火種だった。

 火種はやがて大きくなり、オレンジ色に燃え立つ炎がフィレ肉を焼いていく。

 少しして火は消え、こんがりと焼かれたフィレ肉が、香ばしい匂いと煙を漂わしていた――。


「これぐらいでいいかなぁ。食べれるぐらいにだと、加減が難しいなー」

 ガドは言う。こんがりと焼けた肉に、赤い視線を投げかけたまま。


 一部始終を見ていたエレナとクロムも、呆然とこんがり焼けたフィレ肉に目が釘付けになっていた。




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