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闇競売⑤




「1億5000万!」

 億超えの主は、出入口付近の椅子にふんぞり返っていた。扉に向かって右手方向。なにやら、左隣に座っているもう一人の男性と話していた。


「坊ちゃん。あまり無駄使いなされると、お父上に叱られますぞ? すでに『闇玉(やみだま)』と『竜魚(りゅうぎょ)』で7億使用しておりますので、これ以上は……」


 坊ちゃんと執事の間柄。坊っちゃんと呼ばれているが、齢三十は過ぎている。その倍の年齢であろう執事は、既に二つも落札している坊っちゃんを制止しようとしていた。



「うるさい! 爺は黙ってろ! あの子は絶対僕の物にするんだ! 『悪魔の目(イビルアイ)』が手に入る上に、あんな可愛い少女がついてくるんだぞ?」

 胸糞悪くなったエレナは、思わず拳を強く握りしめた。早く会場を後にしないと、坊っちゃんに暴力行為を働いてもおかしくはない。



「2億!」

 他の乗客が更に上乗せする。


「2億2000万!」


「3億!」

 先程の大女優レイチェルの時に似た熱気が、会場のところかしこに広がっていく。


 レイチェルの時は美女だったこともあり、エレナは気持ちがまったく分からないでもなかった。いわゆる、趣味の問題。

 ――少女愛好家。

 エレナは、扉の前で振り返り少女を見遣る。

 年の頃は十才そこそこといったとこ。『悪魔の目(イビルアイ)』のことを除いてもかなりの器量だ。主催者側も分かっているからこそ、少女を可愛らしい衣装で飾り立てている。


 エレナは思う。……しかし、なんて目をしているんだ……。その二つの瞳は確かに綺麗で、透き通るようでいて、濃く、深くあり、そして赤い――

 極上の宝石を彷彿(ほうふつ)させるそれは、人形のような無表情な顔にはめ込まれている。

 自分が売りに出されているというのに……。反抗する訳でもなく、自分に金を掛け合っている人達を、静かに……じっと見つめている。

 助かりたい――とは思わないのか?

 もどかしい気持ちを振り払うかのように再び扉に向き直った。


「5億1000万!」

 上乗せしたのは、先程の坊ちゃん。


 エレナは、固く口許を結ぶ。

 知ったことか。私には関係ない。

 会場を出る為に、扉に手をかける……が、ふいに手が止まった。


 妹はどんな気持ちで売られていったのだろう?

 最後まで泣きわめいて抵抗したのだろうか?

 それともあの少女と同様、感情を無くしてしまったかのように、おとなしくしていたのだろうか?

 私の妹も十分可愛い。その手の輩に買われた可能性はなくはない。そう思うと、ぎゅっと、心臓を締め付けられる痛みがエレナに走った。



「5億2500万!」

 声を上げたのは、(よだれ)を流しながら少女を見つめる中年男。


「くっ……!」

 余計な同情はするなっ!

 さあ、私は帰るぞっ!


「5億5000万!」

 坊ちゃんの醜悪で下品な声が、エレナの胸中を掻き乱す。



 あれは妹じゃあないんだぞ? 扉に手を掛けようと、右手に力を込める。



「5億7000万!」

 妹の顔がちらつき、エレナの視界が揺らぐ。倒れぬようしっかりと床を踏みしめる。



「5億8000万!」

 再度坊っちゃんの声。


 溢れ出そうとする、赤黒(あかぐろ)く変色した感情を無理矢理押し込め、扉へと強引に手を伸ばす。

 はやくこの肥溜めのような場所から出なくては。









「10億!」

 会場は一気に静まりかえった。



 エレナは感情的だ。本人も理解しているその性格を呪いながら、微かに言葉にして中空へと(ただよ)わせる。

「私はダメだな……すぐに視野が狭くなる。あれは妹じゃあないのにな」

 少女と妹を、重ねてしまった。

 

「エレナ……姐……さん?」

 驚きを隠せないクロム。そんな表情をエレナは見て、力なく苦笑いを浮かべた。



「なんと、一気に10億のコールです! 他にいらっしゃいませんか?」


 余計なことは言わずに、はやく終了を告げろ。こっちは全財産なんだーーと、周りに聞こえぬよう、エレナは呟く。

 内心穏やかではない。しかし、そんなことをおくびにも出さず、その場で意気揚々と立つ。そして、坊っちゃんを威圧した目で見下ろした。

 ここで決まらないと、後がないエレナ。出来る限りのハッタリを打つ。



 舞台の上の少女は驚き、目を丸くしてエレナを見ている。


 ……可愛い。いやいや、何を思ってるんだ私は……! 気を取り直し、威風堂々と努める。




「12億!」


「12億!?」

 エレナは声がした方に視線を移す。


 はたして、その声は坊ちゃんだった。どうだと言わんばかりに、こちらを見ていた。


 殴りたい……殴っていいよな? 僅かにエレナの右拳が上がった。


「坊ちゃん、いけません! いくらなんでもお父上がお怒りになられますぞ?」


「えーい、うるさいうるさいうるさいっ!」


「坊ちゃん……っ!」


「父上に、くり抜いた『悪魔の目(イビルアイ)』だけくれてやるさ。父上だって前々から欲しがってたんだ。だけど、あの子だけは僕の物だ! はっ、目の無い少女? そそるじゃないか!」


 そのとき、何かを叩いた大きな音が会場内に響いた――。

 乗客達がその音によって静まり返り、視線が一点に集まる。


 エレナがおもいっきり扉を殴ったのだ。

 妹と重ねてしまっていて、激昂寸前。スカートの下にある得物に手が掛かりそうになっていた。

 黒服はエレナを見た後、扉を殴ったことには触れず、何事もなかったかようにマイクを口に運んだ。



「さあ、12億です! 他にいらっしゃいませんか!?」


 会場に反応はない。

 不味いっ……決まってしまう! 焦るエレナは、クロムに視線を投げた。


「クロムっ!」


「へい、なんです?」



 クロムに近づき、エレナは耳打ちする。


「すぐに、お(かしら)に連絡して、私の口座に10億振り込んでくれるよう頼んでくれ」


「はい……!? 無理っスよ!? そんなこと言ったら、お頭に大目玉くらうっスよ?」


 その通りだ。だが、ここまできて引き下がれない。気持ちが(たかぶ)ったエレナは、続ける。


「頼むクロム! 全て私が責任を取る! ……だから、頼む!」


「わかりやした! 頼んできやす!」

 あっさりと了承して、会場から出ていくクロム。エレナがパシリ以外で、他人に物を頼むことは殆どない。自分のことは自分でやる。それを曲げる時は、それ相応の時である。それを察して、クロムは面倒な役を引き受けてくれたのだ。


 さっき殺したかったけど、殺さなくてよかった。いい奴だ。心のなかで、エレナは手のひらを返した。



「他にいらしゃらないようですね。では、こちらの――」


「まてっ!」

 エレナは叫ぶ。コールする前に、確認することがあった。


「おいっ! おまえっ!」

 少女に向かって、声を張り上げる。


「は……はいっ!」

 びくりと身体を反応させて、少女は反射的に言葉を返した。


「名前は?」


「……ガド……です」


 ガドは、かぼそい声で答える。エレナの位置からガドまで距離があったが、かろうじてエレナの耳に届いた。


「よし、ガド! お前は私についてきたいか!?」

 突拍子のない、脈絡のない問い――言った本人もそう思っている。突然の質問に、また目を丸くする少女。


 可愛い。いやいや、だから今はそんな場合じゃあないと、思考が寄り道しないよう真っ直ぐとガドを見据えた。

 確認したいことーー、それはエレナが一人相撲をとっていないかどうか。

 黒服が何か言いたそうだが、エレナは見ないし聞かない。

 10億のコールの時に見せた驚き……感情の無い人形に見えるがそんなことはない。感情はある。なら何故あんな死んだ目をしていたか。そこが、エレナには引っ掛かっていた。

 それは頑張って、全てを諦めようとしてたからじゃあないのか? と、推測もしていた。


「お前は、そのままで本当にいいのか?」

 エレナの問いに、ガドの口がぎゅっと閉じる。

 ほら……そんな顔もできるじゃあないか……。少しだけエレナの表情が緩む。


「お前はこのまま誰かに買われて、何をされ、何がおきようと大丈夫と、さっきの無表情のまま言えるのか!?」

 辛辣(しんらつ)な問い。

 次第にガドの目が涙で溢れていく。


「どうして……? あたしは頑張って頑張って頑張って頑張って、そしてやっと全てを諦められるように……ううん、諦められた――と思いこめるようになれたのに。あなたはどうして思い出させるの!?」

 どうやらエレナの一人相撲ではなかった。続けて少女は悪夢を歌う。


「嫌だっ! ……こわいっ! あたしは何をされるの?  目だけくり抜かれるの!?  目が見えないあたしはどうすればいいの!?  目がないあたしには価値がないから、また捨てられるの?  自分で死ぬ勇気もない……、だったら……だったら……あきらめるしかないじゃないっ!」


 怒鳴られた。ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、エレナに小さな歯を剥き出す。



 きつく言い過ぎたか? いや……、赤い目以外にも価値があることを分かっていない。まだ幼い……しかたがないことか。

 胸が痛む――それでもエレナはガドに問う。どうしても訊きたいことがあるのだ。



「お前は助かりたいのか?」


「勝手なこといわないでっ!」どれだけ溜め込んできたのか……ガドの涙が止まらない。零れ落ちる涙を拭おうともせず、エレナに思いをぶつける。「あたしがどんな思いで全てをあきらめようとしたか知らないくせにっ!」

 この幼いガドは死ぬことも恐れ、あの小さな身体にすべての思いを詰め込んで、すべてを諦めた。



 私はこの少女を助けたい! エレナは、強く、そう確信した。

 ガドは続ける。


「助かりたいだなんて死ぬほど思った! ……だけど無理だった、あたしじゃ何も変えられなかった!」


「おまえ自身じゃ助けられないのなら、誰なら助けてやれる?」

 エレナは尚も訊く。


「だから勝手なこといわないでよっ! 誰がって誰!? 今まで誰も助けてはくれなかった! これからもそうっ!」怒鳴り声から悲痛な叫びに変わっていく。それでもガドは、溢れてくる思いを止められずに続ける。「それとも、あなたがあたしを助けてくれるの? そんなわけないでしょ!? あなただってあたしの目が欲しいだけでしょ!?」

 ガドの攻撃的な言葉を聞きながら、エレナはじっと少女を見つめた。


「…………っ!」

 エレナに見つめられたガドは言葉を失う。



 エレナは一歩前に出た――。


 それを見てガドの口元は微かに揺れる。



「……たすけて……」

 小さく、とても小さく呟く……。

 エレナは更に一歩、力強く進む。


 その様子を見て、ガドは精一杯両手をエレナに向けて叫ぶ。





「助けてっ……あたしを助けてっ! お願いっ……!」


「20億っ!」




 ああ、絶対助けてやるっ!






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