闇競売④
「記憶まで完全複製された、大女優。本人だと言っても過言ではないこの商品。本人自称の胸の下、太腿の付け根にあるホクロを是非その目、その手で確認してください!」
黒服の煽りは、周囲から唾を飲み込む音や、舌なめずりする嫌な音を引き出し、エレナの鼓膜を震した。
婦人方の反応は冷たいが、そんな反応はどこ吹く風、男達の食いつきが異常だ。
始まった直後、会員ではないクロムが一番のりで200万リスカで参加した。次が5000万リスカで戦線離脱。
まったく不憫な奴だ。軽くおもしろかった。と、エレナはクロムの顔を眺め、黙って笑んだ。
それを慰めてくれたと思ったクロムは、見つめ返す。
「ダメだったっス。でも、まさか姐さんが慰めてくれるだなんて……、オレ嬉しいっス」
涙ぐみながら、切なく笑顔を作るクロム。
噛み合っていない変な空気にエレナは包まれた。
「そ……そうか……、残念だったな」
そう、エレナは言いながら、こいつとは縁を切ろうーーと、なんとなく心に誓った。
「5億!」
エレナが微妙な空気に包まれている最中、5億リスカ突破。
「こいつらどんだけ欲望丸出しなんだ……?」
エレナは驚き、口につく。
終盤には小刻みの勝負になりはじめ、8億超えで決着した。
「おめでとうございます! 会員No.88。大女優レイチェルのクローン、8億1000万リスカで落札!」
会場が盛大な拍手で覆われる。
こいつ、そうとう落ち込んでいるな……。200万で無謀な闘いを挑んだ事に対してか、はたまた落札出来なかった事に対してか……、どちらにしろ同情の余地はまったくないな。エレナは大人しくなっている大男をちらりと見て、そう思った。
独特の雰囲気を内包したまま競売は滞りなく続き、商品も八つ目を数える。
今回の競売、エレナは諦めかけていた。競売だけに関わらず、生身の状態の『悪魔の目』を探してきた。そしてもう一つ、同様に、摘出された後の人間も探していた。
『悪魔の目』が目的なのではなく、『悪魔の目』を宿している人間が目的だったのだ。それは、エレナにとって世界で一番大切なもの。他のどんなものより、愛しているもの。
「本日最後の商品! 本日のメイン商品に移りたいと思います!」
会場の空気が揺れた。本日最後の発表に、乗客たちは胸を躍らす。
半ば諦めていたエレナだったが、最後の出品に期待し身構えてしまう。
ネフィーロの苗木から始まり、いくつもの希少品、珍品が競売にかけられた。先刻の『竜魚』に至っては、最後を飾っていい程のレア商品だった。しかし『悪魔の目』はレア中のレア、最後にもってきてもおかしくはないーーと、エレナは祈りにも似た気持ちで、視線を舞台に固定した。
再び、黒服がマイクを口に近づける。
会場が静まる。
水を打った――とはまさしくこんな状況。
「本日のメイン賞品は、きっと出品される噂を聞きつけ、これ目当てで参加された方もたくさんいるでしょう……」間を空ける黒服。辺りから、息を飲む音がエレナの耳に伝わる。「……悪魔の目こと通称『イビルアイ』! 正真正銘生身での出品でございます!」
思わず前のめりになるエレナ。期待はしていた。願いも祈りもしていた筈。しかし、その表情は驚嘆に溢れ、まだ信じられないといった風だ。
会場が、今日一番の歓声に包まれた。
今回は当たりだ。エレナは落ち着こうとゆっくりと座り直す。
「やりましたね! エレナ姐さん!」
「ああ」
エレナの声がうわずる。
問題はここから。私の求める『悪魔の目』かどうか……だ。鳴り止まぬ歓声の中、エレナは固唾を呑んで見守った。
エレナの手持ちは10億リスカ。8億は自前だが、2億はそれ相応の場で借金して作った金。
あの『竜魚』が5億だったことを考えるとギリギリか? もし足りなければ――。エレナは、足りなかった場合にどうするかも思い見た。
本日の最高値が、大女優レイチェルのクローンの8億。これに関しては高騰しすぎなので参考にはできない。完全複製のクローンは大変珍しいが、欲望の力に依るところが大きかった。しかし、エレナにとってこの流れは非常に不味いものであった。それは、会場が熱を帯びすぎていること。本来なら『竜魚』の相場は2億~3億。5億にまで上がったことに、エレナは一抹の不安を覚えた。
摘出後の『悪魔の目』、宵の紅玉の相場は4億~5億。生身での状態は確かに希少だが相場はあまり変わらない。摘出する手間、そして目を取り出すという行為自体抵抗のある者もいる。あくまで、付加価値のない人間。それでもエレナは出品されたとき、確実に競り落とせるようにと常時8億用意していた。特に、今回はかなり信頼性の高い情報だったが為に、急遽2億を借金して上乗せしているのである。
黒服はマイクの持っていない右手を掲げた。
「では『悪魔の目』の登場です!」
会場が総立ちになる。
『悪魔の目』を生身で拝める機会なんてそうはない。エレナも自然と立ち上がっていた。
――少しして、黒を基調とし、可愛らしいフリルがあしらわれた衣装を身に纏った一人の少女が、奥から首輪に繋がれて歩いてきた。
流れる銀色の髪。
透き通るような白皙の肌。
そして、玲瓏たる双眸――赤い目。
――――沈黙。
会場が赤い目に吸い込まれる。
私はあの目を知っている。
お頭に拾ってもらう前のこと。
家を飛び出て、一人で生きていた頃より更にもう少し前のこと――。
懐かしい、赤い目。
赤い目だったばかりに売られた私の大切な妹。
「違う」
違った――。
確かに『悪魔の目』だが妹じゃあない……。
『悪魔の目』は希少だ。『悪魔の目』を捜し続けていれば妹にいつか会える。もちろん生きていれば――の話しだが、妹を見つけだす――それが私の生きている理由。
この世に妹がいなければ、私の存在理由など無い。
妹と共にある――――それが私のすべて。
エレナは全身の力が抜けたように立ち尽くす。簡単に見つかると思ってはいないが、違うとさすがに悄然となる。そして、口を開く。
「クロム。帰るぞ」
「へっ? お目当ての物だったんじゃないんスか?」
眉根を寄せて訊ねるクロム。
エレナは答えない。答えたくない。
立ち上がり、エレナは席から離れる。
「『イビル・アイ』をそのまま愛でるもよし」
黒服の声。
「はたまた宵の紅玉にして、お気に入りの装飾品へと加工してもよろしいかと」
再び黒服の声。
これ以上私を逆なでるな。
もしかしたら妹の目もすでに……いや、考えるな……。絶対、無事に生きている。唇を噛み締めながら、出口の扉に向かって早足で歩くエレナ。
「エレナ姐さん、まってくださいよ!」
後方から、クロムが怪訝な表情を浮かべついてくるのが、振り返らずともエレナには分かった。
「5500万!」
「5800万!」
「6500万!」
「8000万!」
老若男女、不快な声。
赤い目をした少女に金を掛け合う――競り合う。
「耳障りだ」と、エレナの口許に、憤りが小さく零れた。