闇競売
「チキュウ……?」
大柄の男は耳にしたことがないといった様子で、首を傾げながら、目の前にいる女の言葉を復唱した。
「ああ。この惑星『ズール』は、かつて地球と呼ばれていたらしいな」
「へえ、知らなかったっス。エレナ姐さん、この星のこと詳しいんスね」
全長200リブ(メートル)、全高120リブ、全幅80リブはあろう大型飛行船『ターロス』は、壮大な自然が広がる未開の地、エスタバーニャの遥か上空をゆっくりと旋回するように遊覧していた。
その客室での会話。
スキンヘッドの大柄な男はクロム。黒で統一した革ジャンに革ズボンをだらし無く履き、安物のシルバーアクセサリをじゃらじゃらとこれまただらしなく身に付けていた。
座っている椅子はごく一般的な大きさなのだが、この男が座ると子供用の椅子に見えてしまう。
クロムに向かい合う形でテーブルを挟み、脚を組み、エレナ姐さんと呼ばれた女はゆったりと椅子に腰掛けていた。
壁際に置かれた鏡台は、部屋の中とその女を写し出していた。肩に軽く届くぐらいの赤い髪。肩口までの白いブラウスに、スリットの入った赤いタイトスカート、その上から薄手の黒いコートを羽織っている。
エレナ・ライカーギ――女盗賊だ。
ふと窓の外に、エレナは視線を移した。
外はすでに夜の帳が落ち、赤い月が妖しく光りを放っている。今宵は満月であり、闇をいつもより赤く染めあげ、幻惑的な光は陶酔にも似た感覚を引き起こしていた。
「この赤い光のせいで、人類は滅びかけたんスよね……」
エレナの視線の先に気付き、クロムは口を開いた。
「真偽は定かではないがな。文献によると、西暦二一七二年に起こったことだろ? 今は天輪暦三〇二年――西暦にして二七〇九年。五百年以上前の話だ……この赤い光を受けても、私達にはなんの影響もないしな」
「そうなんっスよね。そもそも過去に人類が滅びかけたことがあるとしたら、悪魔の目のせいだと自分は思うっス!」
「悪魔の目……ねぇ」
エレナはそう呟いたあとに、とある文献の記述を思い出すべく、静かに目を伏せた。
悪魔の目――通称『イビルアイ』。
有史以前、人類は一様に赤い目をしていたという。
特徴としては、その眼球を取り出すと結晶化する。それを太古の人々は宵の紅玉と呼んでいた。
その赤い目の中には、魔力を持った悪魔の目が存在したと言われている。
『業火を操りし深紅の目。光を司り、闇をも司る――。悪魔の目を持って生まれた者は、その時代の覇王とならん。同じ時代に複数の悪魔の目を持って生まれた者達あれば、争い勝った者が覇王とならん。悪魔の目を取り出し身につければ、その者同等の魔力を得られん――』
古い文献での記述。
遥か昔から語り継がれてきた伝承――
エレナからしてみたら、魔力を持った悪魔の目だなんてお伽話だ。だが、すべてをお伽話と思っている訳ではない。
赤い目――これは実在するからだ。
現在のズールには、赤い目をして生まれてくる者がごく稀にだが現れる。もちろん摘出すれば宵の紅玉へと変化する。それを、太古の名残で悪魔の目――『イビルアイ』と呼び、金持ちの間では希少品として高値で売買されていた。
その希少さは、生身はおろか、摘出後の宵の紅玉ですら中々お目にかかれない。しかしその中に、魔力を持った悪魔の目が存在したという記録はない――。
エレナは瞼を開き、肩を竦めた。
「悪魔の目……まあ、お伽話だな」
クロムの問いを一笑に付す。
「うーん、やっぱそうなんっスかねえ。でも、昔は皆、赤い目をしてたんスよね? ……現に赤い目を持って生まれてくる人がいるんスから。何て言ったスかね? 隔世なんちゃらって……」
「隔世遺伝って奴だな」
隔世遺伝――。数世代前の遺伝子が、何代かまたいで現れることを言う。
頭が悪いこいつがよく知っていたものだと、エレナは思った。
「そう、それっス!」
大仰に相槌を打つクロム。
「言うなれば、超隔世遺伝か? 何世代前どころか下手すれば何万年前の話かも知れないんだ」
「あっ! さっき話した、この星が『チキュウ』って呼ばれてた頃じゃないっスかね? そのときに人類は赤い目をしていたんじゃないっスか?」
話を続けたエレナに、クロムは更に話を広げてきた。
こんな大柄な男が、目を輝かせて子供のように話に夢中になっていた。そんな男をエレナは眺めながら自問自答する――。
男はどうして未知なるもののことになると、こんなに情熱的になれるのだろう。誰が言ったか、男はロマンチストな生き物だと。確かにそうなのかもしれない。身近な大切な人よりどうしてもロマンを求めてしまう愚かな生き物だ。
私は違う。
女だからという理由ではない。
私がそうだということ――。
大切な人の為なら、すべてを捨てられる。
よく目にする小説や映画などの台詞で、「世界を救うか、大切な人を選ぶか――」というのがあるが……私は迷わず大切な人を選ぶ。絶対にだ。断言してもいい。
エレナの性格――気性とも呼ぶべきソレは、心の深層にまで根差していた。エレナの人格を形成するまでに。
自らの世界観に浸っていたエレナを、クロムが訝しげに覗いていた。
クロムの様子に気付いたエレナは、軽く咳払いして話を続けた。
「なるほど……なくはないか。この星が、地球と呼ばれていたのがどのくらい前か正確には分からないがな。まあ、有史以前というぐらいだから、地球と呼ばれていた頃よりずっと昔かもしれない」そう言って、エレナは部屋の中央に位置する時計に目を遣った。「後、一時間ぐらいか……」
「今回こそ出品されるといいっスよね」
これから始まる闇競売。
エレナがここにいる理由。盗賊として仕事に来たのではなく、あくまで客としてだ。クロムは面白そうだから付いてきただけであった。
エレナがクロムとこんな話をしていたのも、『悪魔の目』が今回の闇競売に生身の状態で出品されるという情報を得た為であった。もちろん偽の情報である可能性は否定できない。実際エレナは、幾度も偽の情報に踊らされ、このような場に赴いている。
エレナは脚を組みかえ、高い天井を見上げ嘆息した。
「……いつになったらおまえを見つけられる?」
哀しみを纏わせた言葉を、エレナは小さく口許に落とした。
大型飛行船は駆動音を奏でながら、赤く滲む闇の空を遊覧する――。