第82話「榊原麗について2(4)」
今回は、物語におけるもう一人の主人公の視点でお送りします。
—— 彼を初めて見た時、直感的に『私と同じだ』と感じた。
どこか退屈そうで、現状に不満を抱いているような、そんな気がしたのだ。
話を聞いてみると、彼は私と同じように『才能』に対する悩みを持っていた。
私の直感はやはり正しかった。
そうして私と彼——、羽島悠君は『互いの才能を見つけ合う』という協力関係を結ぶことになった。
それから羽島君は、ほたる市に越してきて間もない私に街を色々と案内してくれた。
綺麗なツツジの花が咲き誇るほたるふるさと公園。
人生で初めて訪れたバッティングセンター。
優しいマスターのいる喫茶店『シェリー』。
夕日に染まったほたる市の全貌を眺めることが出来る、ほたるヶ丘。
街を案内する彼からは、このほたる市をとても愛しているという気持ちがよく伝わってきた。
休みが明け、蛍山高校に初めて登校した日。
太陽のように明るく、笑顔が可愛らしい莉緒さんと羽島君の親友である榎本君が、私に声を掛けてくれた。
どうせ、またすぐに別れることになるということは知っていた。
それでも私は彼らとお友達になることを選んだ。
6月には紫陽花祭りに参加した。
雨に打たれながらも、決して折れることなく強く咲き誇る紫陽花に私は心を奪われた。
私も紫陽花のように強く生きたい。
そう思い、私は羽島君に自分の夢と目標を伝えた。
彼は、そんな私の夢を「応援する」と言ってくれた。
その言葉が、どれだけ当時の私の支えになっていたか、彼は知る由もないだろう。
6月中旬。
羽島君に「蛍を見に行こう」と誘われた。
蛍が飛び交うスポットとして有名だという夜煌川には多くの見物客が押し寄せていた。
私はそこで生まれて初めて、生きた蛍の群れを間近に見ることができた。
夜の暗闇の中を、蒼く輝く無数の光が妖しげに揺れ動く様はとても幻想的だった。
蛍たちが放つ生命の光に、私は魅了された。
7月には莉緒さんと榎本君の部活の応援に駆けつけた。
今まで『誰かを応援する』という行為をしたことがなく、少し緊張したけれど、2人は私の応援を快く受け取ってくれた。
会場内の熱気は凄まじく、あちこちから大きな声援が選手たちに送られる様子は、圧巻の一言に尽きた。
私も競技場に立つ2人に向けて、不慣れながらに大きな声を出して応援した。
部活動をしてこなかった私には、勝負に勝った喜びや負けた悲しみ、悔しさが上手く理解できないだろうと思っていた。
けれど2人の走りを見て、私の中にも勝負に勝つ喜びや負ける悔しさが痛いほどに伝わってきた。
隣で声を上げる羽島君も、私と同じ気持ちになっていたのだろうか……
8月になり、蛍山高校に転校してきて初めての夏休みがやってきた。
この夏は、私の人生の中で最も充実した夏となった。
みんなで市民プールへ行ったり、キャンプをしたり、花火大会に参加したり……
どれも私には勿体無いくらいに素敵な時間で、ずっとこの時間が続けばいいと、そう思うようになっていた。
花火大会の後、夜煌川で手持ち花火を楽しんだ。
「また、来年みんなで来よう」
羽島君のその言葉で、私の胸は強く締め付けられた。
「私ね、夏休みが終わったら、この街を出て行くの」
その言葉を、彼らに伝えるべきか幾度となく悩んだ。
悩んで、悩んで、悩み抜いた末に、私は結局その言葉を伝えなかった。
いや、『伝えなかった』のではない。
『伝えられなかった』のだ。
彼らに「さよなら」を言うことが辛くて、苦しくて、悲しくて……私には作り笑いを浮かべることしか出来なかった。
そうして私はこの街を旅立つその日まで、彼らに何一つ告げることはなかった。
けれど、ほたる市を発つ直前まで、私には一つだけ彼に伝えたいと思っていたことがあった。
花火大会の夜。
色とりどりに輝く花火の淡い光に照らされる中、彼が私に言ってくれたあの言葉、あの想いにしっかりと応えなければ——と。
花火の弾ける轟音に紛れて、彼の口から溢れたあの一言。
その時は驚きのあまり、つい聴こえないフリをしてしまったけれど、その言葉は頬が緩み、思わずにやけてしまいそうになるほど嬉しかった。
だってまさか、私が彼に抱いているのと同じ感情を、彼も抱いているなんて思いもしなかったから——
いつの頃からか私は、私にたくさんの『初めて』を教えてくれる彼に、友達以上の感情を抱くようになっていた。
今すぐにでも、彼にこの気持ちを伝えたい。
けれど、彼に、彼らに何も告げずこの街を去ろうとした私に、そんなことを口にする権利があるはずもない。
自分だけがいい気持ちになろうだなんて、卑怯にも程がある。
だから、この気持ちは深い心の奥底にそっとしまって置くことにした。
これからは互いに別の人生を歩んで行くことになる。
今後、共に『才能』を見つけ出せるような人に出逢うこともないだろう。
羽島君には、本当に悪いことをしてしまった。
「一緒に才能を見つけ出そう」という約束だってしたのに。
彼はきっと、そんな身勝手な私のことなんか嫌いになってしまうでしょうね。
それでも私は、知らない景色、見たこともない景色をたくさん教えてくれた彼に何か恩を返したいと思った。
これから街を去る私に出来ること。
それは、『才能』なんかに頼らなくても自分の夢を実現することができたと、彼に伝えること。
羽島君は「自分が本当に欲していたものは『才能』ではなく、『才能のない自分を認めてくれる誰か』だ」と言っていた。
よく考えてみれば、私も本当はそうだったのかもしれない。
オンリーワンな才能。
私しか持っていない才能。
そんなものが無くても、今の私を認めてくれる誰かが、本当は欲しかったのかもしれない。
だから私はこれから、自分の夢に向かってひたすら足掻いてみようと思う。
いつか、同じ空の向こうにいる彼に認めてもらえるように——
そういえば、羽島君の見つけた夢って一体何だったのだろう。
彼は「時が来たら真っ先に教える」と言ってくれたけれど、黙っていなくなる私なんかには、きっと教えてくれることもないでしょうね。
この4ヶ月は本当に幸せだった。
もっとみんなと一緒に過ごしていたかった。
思い出をたくさん作りたかった。
一緒に笑い合って、時には涙して、もっともっと、いろんなことを経験していきたかった。
そんな数えきれないほどの想いを胸にしまい込みながら、私は夏が終わるのと同時に、たくさんの思い出をくれたほたる市に別れを告げたのだった——
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