第75話「夏休みについて(41)」
8月下旬——
夢のように華やかで、非常に多くの見物客が殺到し、賑わいを見せた花火大会が終わり、2日が経過した。
夏休みも残すところあと5日。
暦上ではそろそろ夏も終わりだというのに、相変わらず蒸し暑い日が続いている。
昨日は台風が列島を通過したことにより、1日中大雨だった。
弱まることのない激しい雨粒が屋根や窓ガラスに頻りに当たっており、わざわざ外を見なくても状況を理解できる程だった。
窓にボツボツと雨粒が当たる音に耳を傾けながら、花火大会の日に台風が来なくて本当に良かったと、俺は部屋で1人、ホッと胸を撫で下ろしていた。
台風は思いのほか早く過ぎ去り、昨日の大雨がまるで嘘のように、今日の空は青く晴れ渡っている。
窓ガラスには、雨粒に変わって蝉の鳴き声が激しくぶつかっている。
もう暫くは、この鳴き声とも付き合っていかなければならないことだろう。
そんなことを考えながら、俺は机に広げられた課題テキストに書き込みを入れていく。
毎日少しずつ課題に取り組んでいたということもあり、なんとか今日明日で全ての課題が終了しそうだ。
ふと、時計を確認すると時刻は12時を回ったところだった。
とりあえず、今開いているページの問題を解き終えたら、一旦昼食にしよう。
そう考えた俺はシャープペンシルを握りしめ、目の前のテキストと向かい合った。
その時だった。
机の上に置いてあるスマホから着信音が鳴り出した。
突然の着信音に驚いた俺は、手に持っていたシャープペンシルをテキストの上に落とした。
そのまま空いた右手でスマホを手に取り、発信主を確認すると、ディスプレイには『榎本 秀一』と表示されている。
まぁ、こんな時間に連絡してくる人物など、秀一くらいしかいないだろうとは薄々感じていた。
さらに言えば、電話をかけて来た理由も大体は予想がつく。
「課題を手伝ってくれ」とか大方そんなところだろう。
俺は短く息を吐き、ディスプレイをタッチして電話に出る。
「はい。もしも——」
『ゆーーーーう!!!課題手伝ってくれぇぇぇぇ!!!!』
予想通りだった。
俺は秀一の地獄の底から訴えかけるような泣き叫ぶ声に若干引きながらも、なだめるように声をかける。
「あれほど、少しでも毎日課題は進めておけって言ったはずなんだが……」
『やろうやろうとは思ってたんだ……でも、気がつくといつも1日が終わっていて……それが続いた結果、夏休みも残り5日になっていた……』
「5日もあれば、死ぬ気でやればなんとかなるだろ」
『無理無理無理無理!課題の量おかしいだろ!なんでうちの学校はこんなに課題多いんだよ!!』
秀一の声からは、『諦め』や『絶望』といった負の感情がひしひしと伝わってくる。
ついこの間までは、まるで太陽が擬人化したかのように燦々と輝く笑顔を振りまきながら夏のイベントを楽しんでいたはずなのに、今ではその輝きが『課題』と言う名の荒れ狂う台風によって掻き消されてしまっている。
それにしても、人が希望から突如として絶望に転落する様は、何故こんなにも興味を引くものがあるのだろう。
『人の不幸は蜜の味』とも言うが、これは人間が誰しも必ず持っているものなのだろうか?
それとも、ただ単に俺の性格が捻くれているだけなのだろうか……
閑話休題
一応、俺たちが通う公立蛍山高校は進学校として知られている。
確かに進学校であることに間違いはないのだが、頭に『自称』が付くような、そんな進学校だ。
難関大学合格者を毎年何人も輩出しているような『真・進学校』とは違い、高校卒業後、即就職する生徒よりも、「とりあえず国公立大学やら私立大学やら専門学校に進む」といった生徒の割合が多いというのが、俺たちの通う蛍山高校である。
それなのに何故か、『真・進学校』よりも課題の量が多いのが『自称・進学校』の特徴である。
だから、秀一の気持ちも分からないでもない。
「死ぬ気でやればなんとかなる」とは言ったものの、実際のところ、現実的に考えて、1人であの量の課題を全てこなすのには無理がある。
俺はスピーカーの向こうから聞こえる秀一の呻き声に耳を傾けながら、壁に掛けられているカレンダーに目をやる。
残りの5日間、これと言った予定もない。
と言うか、夏休みが始まった時点で大体こうなるだろうとは予想していたため、夏休み終盤の方は予定を入れずに開けておいたのだ。
「はぁ…………」
『……悠?』
俺は秀一に聞こえるようにわざと重苦しい溜息をつく。
「明日、うちに来い。なるべく早くな」
『ゆうぅぅぅぅ!!!やっぱり持つべきものは友達だよなぁ!!』
「タダで手伝うと思ったら大間違いだからな。もちろん報酬はいただく」
『えぇ……金取るのかよ……』
何故そんなにもガッカリされなくてはならないのか。
それに誰も「金を寄越せ」とは言っていない。
「流石に金は取らん。そうだな……学校始まったら1週間昼飯奢るってのでどうだ?」
『それ間接的に金取ってるじゃん……でも、まぁ、それで課題が終わるなら安いもんだ!いいぜ!分かった!」
「それじゃあ、明日課題一式持ってうちに集合だ。ある程度進めるまで帰れないと思え」
『りょーかいりょーかい!頼りにしてるぜ!悠』
そうして秀一との通話を終えた俺は、朝霧と榊原にチャットを送ることにした。
『明日、うちで秀一と課題をやる予定なんだが、2人も良かったら来ないか?』
文面をしっかりと確認してから、送信ボタンを押す。
榊原はともかく、朝霧も恐らくは残りの課題に手こずっていることだろう。
どうせなら4人で進めた方が効率がいい。
朝霧も榊原も他に予定があるかもしれないだめ、来るかどうかは分からない。
けれど、もし4人で集まることになれば、これが正真正銘最後のイベントとなる。
夏休み最後のイベントが勉強会というのは、なんだかおかしな気もするが、こういうのも夏休みっぽさがあって、そんなに悪い気はしない。
そんなことを考えながら、俺は蝉の声が鳴り響く自室を後にしたのだった——
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