第74.5「後日譚(3)」
今回は第70話での秀一と莉緒の話です。
神視点となっています。
夜のほたる通りに立ち並ぶ屋台に向かって走る少年の背中を、1人の少女が追いかける。
「ちょっと!榎本!待ってよー!!」
浴衣から程よく日焼けした健康的な手足を出して叫ぶ少女の声は、賑やかな喧騒に遮られ、少年には届かない。
「もー!!」
少女は人混みに消えていく少年の背中を必死に追いかける。
人と人の間を小柄な体を上手く使い通っていくと、チョコバナナの屋台の列に並ぶ少年の姿を発見した。
少女は列に並ぶ少年の元に駆け寄り、声をかける。
「あんまり早く行かないでよー!はぐれちゃうじゃん!」
「ごめんごめん。莉緒もチョコバナナ食べる?」
少年は謝罪の言葉を述べるが、その表情には笑みが浮かんでいるため、あまり悪びれているようには見えない。
少女——、朝霧莉緒はそんな少年——、榎本秀一に呆れながらも彼の問いかけに小さく頷く。
列に並び、無事チョコバナナを購入し終えた2人は、通りを歩きながら甘く濃厚なチョコレートでコーティングされたバナナを頬張った。
秀一の隣を歩きながらチョコバナナを口にする莉緒は、横目でチラリと秀一の方を見る。
いつもとは違う男性用の浴衣に身を包んだ秀一は、なんだかとても大人びて見えて、自分の体温が急に高くなるのを感じ取った。
右手に持ったチョコバナナのチョコレートが溶けてしまいそうな勢いだった。
秀一に「似合っている」と言われたこの浴衣に、チョコレートを付けて汚してしまわないように気をつけながら、莉緒はチョコバナナを食べ進める。
そして、ちょうどチョコバナナを食べ終えたところで、大きな炸裂音と共に夜空に大輪の華が咲いた。
通りを歩く見物客の視線は一斉に夜空に向けられ、それに合わせるように次々と夏の夜空を色とりどりの華が咲き誇る。
「うぉ〜!すっごいなぁ〜……」
「ここから見るとすっごい迫力あるねー。それにすっごく綺麗……」
秀一と莉緒も足を止めて夜空を見上げる。
浴衣姿の2人を濃藍の夜空に咲くいくつもの花火が、淡い光で照らし出す。
辺りからは感嘆の声が溢れ出し、時折拍手が沸き起こる。
莉緒は歓声に紛れて夜空を彩る花火から、隣に立つ秀一の顔にゆっくりと視線を移動させる。
莉緒より頭1つ分ほど背の高い秀一は顔を上に向け、ジッと空に咲く花火を見つめているため、男性らしさを醸し出す喉仏が出っ張っているのがよく見える。
莉緒がそんな秀一の横顔を恍惚とした表情で眺めていると、それに気づいた秀一が莉緒の方を向いた。
「ん?どうかした?」
「な、何でもないっ……!」
そう言って慌てて目を逸らすと同時に、周りから聞こえる歓声が大きくなった。
ふと空を見上げると、夜空に咲いた大輪の花火がしだれ柳のように黄金色の火花を散らす光景が目に入った。
黄金色の火花が尾を引きながらゆっくりと地上に向かって落ちる様子は、とても幻想的で見るものの心を奪っていく。
莉緒はその花火を眺めながら、中学時代から隠し続けてきたこの気持ちを、今日この場で秀一に伝えることを決意した。
『2人で花火を見た男女は結ばれる』
普段は占いやおまじないなどは信じないタチの莉緒だが、今回ばかりはその噂を信じることにした。
どうかこの噂が本物でありますように、と祈るような気持ちで、莉緒は秀一に向かって口を開いた。
「あ、あのさ!秀一……」
「ん〜?何?どうした?ってか見てみろよ!今の花火凄かったぜ!」
浴衣の袖を力強くギュッと握りしめ、燃え上がりそうなほどに火照った体を、顔を、瞳を、空を指差しながら微笑む秀一に向けて、長い間隠し続けてきたその気持ちを初めて口に出した。
「——すき……なんだけど……」
その瞬間、2人の時間が止まった。
周りの賑やかな喧騒も、花火の炸裂音も、遠くに聞こえる。
目に映るのは、屋台に吊るされた裸電球の灯りと花火の淡い光、そして隣に佇む互いの浴衣姿だけ。
「……えっ?今、なんて言ったの?好き……って言ったの?誰が?誰を?」
秀一は錆びたブリキの人形のように首だけをゆっくりと動かし、顔を真っ赤に染めて隣に立つ莉緒に向かって尋ねる。
「だから!私が!榎本のことを!すきなの!!ずっと前から!!!」
再び、叫ぶように莉緒が想いを告げる。
それを聞いた秀一は数秒遅れて、莉緒と同じように顔を真っ赤に染め上げた。
口は何か言葉を発そうと、水槽を泳ぐ金魚のようにパクパクと動いているが肝心な声が出ていない。
額や掌からは汗が滲み、手はあたふたと宙を彷徨っている。
数秒経ってからようやく声が出るようになり、秀一は再度確認するように尋ねる。
「えっ、あっ、えっと……本当に?マジ?」
「マジ!」
秀一の問いかけに答えた莉緒は、両手で宙を彷徨う秀一の手を強く握りしめる。
手を握られた秀一は、莉緒の両手から莉緒の体温をしっかりと感じ取った。
熱いくらいに感じる掌からは、莉緒の強い想いが肌を通してしっかりと伝わってきた。
同じように秀一の手からも、秀一の体温が莉緒へと伝わる。
そうして互いの熱を確かめ合った2人は、色鮮やかな花火が映り込む瞳で見つめ合った。
想いを告げた莉緒の瞳は潤み、唇はキュッと固く閉められ、今にも泣き出しそうな顔をしている。
想いを告げるのには相当な覚悟が必要だったことだろう。
きっと、今にもこの場から逃げ出してしまいたいに違いない。
それでも、秀一からの返事を聞くために恐怖と不安と羞恥に耐え、こうしてこの場に立っている。
それからどのくらい時間が経っただろう。
1秒にも数分にも感じられるような、その時間の中で、秀一は意を決して莉緒の想いに言葉を持って答えた。
「…………俺も、好きだよ。莉緒のこと」
その言葉を聞いた莉緒は喜ぶでも悲しむでもなく、ただ呆然とその場に佇んでいた。
一世一代の告白が成功したことに、実感を持てていなかったのだ。
けれど、顔を赤く染め、真剣な表情で莉緒を見つめる秀一を見て、ゆっくりとその実感が伴い始め、嬉しさや喜びが一気に胸のうちから溢れ出してきた。
「……マジ?」
「マジ」
その言葉を聞いた莉緒の顔からは、一切の不安や恐怖が消え失せ、代わりにたくさんの涙と笑みが零れ落ちた。
ドンと夜空に打ち上がった花火は、今日一番の大きさで会場を沸かせ、淡い光がぼんやりと莉緒の顔を照らし出した。
鮮やかに色めく莉緒の笑顔は、どんな花火よりも綺麗で、華やかで、そして可愛らしかった。
こうして今日、1組の男女がめでたく『友人』から『恋人』に関係を進展させた。
人生に一度の高校1年生の夏休み。
この出来事が、彼らにとってこの夏1番の思い出となるだろう。
そして、今日という日が忘れることのできない特別な1日になることを祈っている。
『青春』とは、甘く、苦く、酸いものである。
『青春』とは、人生という名の平原に一瞬だけ吹く春風のようなものである。
そして『青春』とは、『友情』と『苦悩』と『恋』をブレンドして出来るものである——
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