第74話「夏休みについて(40)」
夜の夜煌川からほたる駅へ戻ってきた俺たちは、すでに22時を回っていたということもあり、その場で解散することにした。
駅前のほたる通りでは、先ほどまで大いに盛り上がっていた祭りの後片付けが行われていて、花火大会の余韻を少しばかり残しながらも、せっせと動き回る人々の姿が窺えた。
明日になれば、いつものほたる通りに戻っていることだろう。
そんなことを思いながら通りの方を見ていると、秀一が口を開いた。
「そんじゃ、俺と莉緒はこっちから帰るから。悠と榊原さんも気をつけて帰ってね」
「おう。2人も気を付けて帰れよ」
秀一と俺の家は反対方向にあるため、秀一は家の近い朝霧を、俺は榊原を家まで送り届けることになった。
「麗ちゃん、羽島。またねー!夏休み中、もう1回会えたら会いたいね!」
「えぇ、そうね。それと、今日は本当に楽しかったわ。莉緒さんも榎本君もありがとう。それじゃあ、また」
そうして俺たちは、街灯が照らす夜道を互いに反対方向に向かって歩き出した。
田舎町の夜道は人だけではなく車の通りも驚くほどに少ない。
目に見える灯りは、街灯と古びた自動販売機、それと夜空に輝く白い月くらいしかなく、聴こえるのは鈴虫の鳴き声とアスファルトを踏む下駄の音だけ。
日が完全に落ちきった夜でも、漂う大気が夏の暑さをしっかりと記憶しているかのように気温が高い。
昼ほどとはいかないものの、肌に絡みつくような粘性のある大気から暑さを感じる。
耳心地のいい鈴虫の鳴き声のお陰で、その暑さも少しばかり軽減されているような気がするが、それでもまだ涼しいとは言い難い。
そんな夜の空気を肌で感じ取りながら、ポツポツと街灯の灯りが照らす夜道を歩いていると、隣の榊原が口を開いた。
「今日は本当に楽しかったわ。祭りの喧騒も、通りを行き交うたくさんの人も、夜空に打ち上がるいくつもの花火も、みんなでやった手持ち花火も……全てが楽しいものに見えて、今日、みんなと一緒に過ごせて本当に良かったと思うわ」
榊原は街灯に照らされ、アスファルトに映る自分の影を見つめながら、弾むような声で今日1日の出来事を振り返る。
「俺もまた、こうして4人で新しい思い出が作れたことを嬉しく思うよ。それに……誰かと一緒に見る花火も、する花火も、1人より何倍も綺麗に見えるってことがわかって良かった」
俺も同じようにアスファルトに映る自分の影に目を落としながら口を開く。
「……また、みんなで花火大会に行きたいわね」
「行けるさ。来年も、再来年も」
名残惜しむように言う榊原の声には、夏の終わりを感じさせるような、そんな寂しさが混ざっていた。
それからしばらく沈黙が続き、俺はふと思い出したように榊原に向かって口を開いた。
「そういえば……」
「……どうしたの?」
「俺にも、夢が出来た」
すると榊原は驚いたように、顔をこちらに向け、大きな瞳をさらに大きく開いて見せた。
「羽島君にも、やりたいことが見つかったのね!……ところで、羽島君の夢って一体何なのかしら?すごく気になるわね」
榊原は予想通りの反応を示し、夜道に存在する僅かばかりの光で、榊原の大きな瞳が輝いているのが見える。
愛らしく、そして存在感のある瞳でジッと見つめられると、思わず何でもかんでも話してしまいそうになる。
俺はそんな気持ちを落ち着かせ、改めて口を開いた。
「悪い……まだ、それは言えないんだ」
「そう……」
「すまん。榊原は教えてくれたのにな……」
「いいえ。羽島君が何か挑戦してみたいことを見つけたと言うだけで、私はとても嬉しい気持ちになったわ。まるで、自分のことのようにね」
そう言う榊原は、俺の顔を下から覗き込むようにして優しく微笑んでみせた。
その拍子に後頭部でまとめた長い髪の間から榊原のうなじが見え、その瞬間、鼓動が少し早くなった。
俺はそんな榊原の目を見て、言葉を伝える。
「今はまだ言えない。けれど、時が来たら必ず教えるから……だから、それまで待っててくれないか?」
「……えぇ、分かったわ。その時が来たら、真っ先に私に教えてちょうだいね?」
「あぁ」
目を細めて笑みを作る榊原の声には、温かく、優しい熱がこもっていた。
榊原にまだ伝えることができない、俺が見つけた夢。
それは、教師になること。
ほたる市の市民ホールで行われた講演会に参加した時、名門 凪波大学で大学教授を務める真柳誠教授と出逢った。
教授と言葉を交わしていく中で俺は、「彼のように、これから自分たちが進んでいく人生に迷った子供たちを、支えるような仕事をしたい」と思うようになった。
人は誰でも、一度は自分の才能に悩むことがあるだろう。
特に学生時代は、勉強だったり、部活動だったり、人間関係だったりと悩みの種が尽きることはない。
そんな中で、時には「自分には才能がない」と深く悩み、落ち込み、絶望する者もいるだろう。
俺もその中の1人だ。
誇れるものが何もなく、常に自分と周りを比べては、無能な自分に嫌気がさし、他人を妬み、羨み、嫉妬する。
そうするうちに、自分自身を『無価値なもの』と認識するようになり、自分で自分を愛せなくなる。
俺は『才能』が無いからこそ、そういった人たちの気持ちがよく分かる。
だから俺は、真柳教授が俺にしてくれたように、悩みを抱える学生たちに進むべき道を与えられる教師を目指そうと思った。
けれど、自分の才能を未だに見つけ出せていない俺では、同じ悩みを持つ相手に言葉をかける資格は無い。
今の俺に出来るのは、あくまで悩みを『理解』することだけ。
それをどう『解決』するかと言うことを、今の俺には教えることができない。
だから、俺が自分の持つ才能を見つけ出せた時に、この夢を榊原に伝えようと思う。
『才能』は1人では見つけ出すことができない。
なぜならそれは、自分が当たり前に持っているものだから。
誰かに指摘され、掘り出して貰わなければ、自覚することは出来ないもの。
それが『才能』なのだ。
『才能』に悩む少女、榊原麗と出逢ってもうすぐ4ヶ月。
5月に榊原と出逢ってからというもの、一緒に様々な景色を目にし、同じ時間を共有し、たくさんの言葉を交わし合ってきた。
その中で、榊原の持つ優しさや温かさ、好きなものや考えていることが分かるようになってきた。
何が好きで、どんな時に笑い、何に喜び、何に悲しむのか。
少しずつ時を重ねるごとに、榊原という少女のことをより深く理解できることに、俺は喜びを感じている。
これからもっとたくさんの時間を共に過ごし、互いの才能を見つけ出していきたい。
俺は月明かりに照らされ、アスファルトに浮かび上がる2つの黒い影を見つめながら、心の中で強く、そう思ったのだった——
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