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白の無才  作者: kuroro
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第73話「夏休みについて(39)」

秀一がコンビニで購入した手持ち花火最初の1本目が終わると、秀一はすかさず2本目を取り出し、再び先端に火を付けた。



「みんなも!ほらほら!」



秀一に急かされ、俺たちも同じように花火を手に取り、火を付ける。


すると、たちまち鮮やかな色の火花を勢いよく吹き出し、辺りには白い煙と鼻をつくような独特な刺激臭が漂い始めた。



この手持ち花火独特の匂いも久し振りに嗅ぐような気がする。


決していい匂いとは言えないけれど、この匂いを嗅ぐたびに、今が夏なのだと思い知らされ、とても愛おしくなる。


幼かった頃、家族や友人とこうやって花火をした思い出が鮮明に蘇って来るようだ。




俺がそんなことを思っているうちに、秀一は両手に1本ずつススキ花火を持ち、カラフルな火花を吹き出すそれらを円を描くかのようにぐるぐると回し始めた。


それを見た朝霧は、まるで母親のように秀一に注意するが、完全に童心に返ってしまっている秀一は水辺近くを聞く耳を持たずにはしゃぎ回っている。



俺と榊原はそんな2人の賑やかな声に耳を傾けながら、スパーク花火に火を付け、パチパチと音を立てて雪の結晶のように弾ける火花をジッと見つめる。



「……そういえば」


「どうしたの?羽島君」


「小説の方はどうなんだ?あれから応募してみたりしたのか?」



暗闇の中にパチパチと弾ける眩い火花を見つめながら、俺は紫陽花祭りの夜のことをふと思い出した。



ほたる駅の休憩所で、榊原は『才能』を見つける手段として、『自分が子供の頃に好きだったもの、興味を惹かれたものを思い返す』という方法をとった。


榊原にとって、それが読書だった。



榊原は自分がそうだったように、『誰かの心を強く揺り動かす物語』を書いてみたいと、俺に教えてくれた。




「自分に物語を書く才能があるかは分からない。けれど、一度挑戦してみたい。」




榊原は強い決意を秘めた瞳でそう宣言した。



あれから約2ヶ月。


執筆の方は進んでいるのだろうか。


俺はそのことが気になり、榊原に尋ねてみた。



「実はあれから、色々と話を考えて実際に書いてみたの。プロットも何も用意していない、試し書きのようなものだけれどね」


「実行してるってだけで充分すごい事だと思うぞ。俺は小説を書いたことがないからよく分からないんだが、応募してみたりはしないのか?」


「いつかはしようと思ってるわ。でも、今はもう少し『文字を書く』ということに体を慣らしたいの。最近は毎日、1文字でも1行でもいいから必ず書くようにしているわ。……1日でも書くことから離れてしまえば、感覚を取り戻すのに3日かかるとも言われているそうだから」


「そうなのか。……物語を作るって大変なことなんだな」



話し終えると同時に、手に持ったスパーク花火は火薬を使い切り、再び俺たちは暗闇に包まれた。


少し離れたところでは、相変わらず秀一が色とりどりの火花を吹き出す花火をぐるぐると振り回し、朝霧がそれを呆れた表情で見つめている。



あいにく、袋の中にはまだたくさんの手持ち花火が残っている。


俺と榊原は、周りの目を気にせず、思いっきりこの限られた時間を楽しむ秀一を見て、徐ろに残った手持ち花火を手に取った。


そして、それらに火を付けると、秀一たちのいる方へ向かって歩いた。



「羽島!?麗ちゃん!?」


両手に3本ずつ花火を持ち、赤、青、白の火花を散らしながら歩く俺たちを見て、朝霧は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてみせた。



高校生ともなれば、やっていいことと悪いことの分別は当たり前のようにつく。


だから、この行為が『やって悪いこと』『危険なこと』だというのはもちろん理解している。



けれど、今日くらいはこれくらいしても構わないだろう。



これも、思い出づくりの一環ということで。








気がつけば、あんなにあった花火も残り僅かとなっていた。


まぁ、あれだけ一度に使えば無くなるのも当然なのだが。



「もっと買っておけばよかったなー」


「時間も時間だし、ちょうどよかったんじゃないか?」


俺は信玄袋から取り出したスマホを見ながら口を開く。



スマホのディスプレイには21:40とデジタルで表示されている。


辺りを見回すと、打ち上げ花火の筒はすでに片付けが終わり、夜煌川には俺たち4人だけが残っていた。



青少年保護育成条例で18歳未満は23時以降に外出してはいけないと定められているため、そろそろ俺たちも家に帰らなくてはならない。



今日は花火大会ということで、見回りも強化されていることだろう。


せっかくの思い出作りの日に補導なんてされてしまえば、全てが台無しになってしまう。


なるべく早めに帰るのが、賢い判断と言えるだろう。



そんなことを考えていると、秀一の隣で朝霧が口を開いた。



「じゃあ、残った花火、みんなでやろうよ!」


「そうね。……ところで、あとはどんな種類の花火が残ってるの?」



榊原に尋ねられ、秀一はビニール袋の中にある残りの手持ち花火を覗き見る。



「えーっと、残りはこれだけかな」


そう言って秀一が袋から取り出したのは、4本の線香花火だった。



「線香花火かー!ラストに相応しい花火だね!」


「私、空に打ち上がる大きな花火も好きだけれど、しっとりとした雰囲気の線香花火も好きだわ」


秀一は、そんな話をする朝霧と榊原に1本ずつ線香花火を手渡し、俺にも同じように線香花火を手渡した。



「みんな持った?……それじゃあ、最後の花火、火付けていくぞー」


秀一は手に持った柄の長いライターでそれぞれの線香花火に火をつけていく。



すると、火のついた部分が赤く燃え出し、先端に小さな火球が出来た。


「シュッ パチッ」と言う音を響かせながら、火球の周りで火花が散り始める。




「……綺麗ね」



そう呟く榊原は、線香花火の淡い橙の灯りに体を包まれているように見えた。



とても弱い灯り。


弱々しくて、儚い、今にも消えてしまいそうな灯りなのに何故か、榊原の表情がはっきりと見えた。



黒く大きな瞳に映る線香花火。


頬にかかる柔らかくて、艶やかな黒髪。


袖口から伸びる、白くて細い手首。



息を呑むほど美しく、それでいて、少し寂しげな雰囲気を醸し出す榊原をみて、俺は少し後悔した。



やはり、あの時もう一度この気持ちを榊原に伝えるべきだったな、と。




「あーあ、落ちちゃったー」


「私も〜。羽島と麗ちゃんすごーい!結構保ってるじゃん!」



秀一と朝霧の声でハッと我に帰り、俺は自分の持つ線香花火に視線を向ける。


しかし、手に持つ線香花火はすでに消えかけで、今にも地面に落ちそうになっていた。


激しく散っていた火花は治り、最後に残った小さな火球は雫が滴るかのようにポトリと地面に落ち、そして消えた。



結局、最後まで落とさずに残ったのは榊原だった。



そんな榊原の線香花火もしばらくして、小さな火の雫が静かに地面に落ち、消えていった。



「消えちゃったわ……でも、すごく綺麗だった」


「そうだな。これが締めでよかった」


そう言うと、朝霧と秀一も賛同するような頷く。



「いやー、それにしてもあっという間だったなぁ。……また来年も、みんなで来れたらいいな」


「来れるよー!高校3年間毎年来よう!ねっ!」


秀一の呟きに朝霧が答える。


朝霧が言うように、来年も再来年も、きっとまたこのメンバーで花火大会に来ることが出来る。



花火大会だけじゃない。


プールも、キャンプも、紫陽花祭りも、陸上大会も、きっとまたいい思い出を作ることが出来る。



夏の終わりが近づいていることは、やはり寂しいけれど、2学期には文化祭や体育祭もある。


これからだって、まだまだたくさんの思い出を作っていける。


その過程の中で、才能探しもしていけばいい。



「そうだな。また来年みんなで来よう。なっ、榊原」


「えっ……あ、そうね……」


「……どうした?もしかして、疲れが出たか?」


「いえ……大丈夫。何でもないわ」


「そうか。ならいいんだが……」



暗闇の中でぼんやりと見える榊原の表情が、少し曇ってるように見えた。


今日は俺も少し歩き疲れたような気がするし、榊原もそれなりに疲労が溜まっているのだろう。


なるべく早く帰って寝た方がいい。


残り少ない夏休みを寝込んで過ごすなんてことになったら、目も当てられない。


俺は秀一たちに向かって口を開く。



「それじゃあ、そろそろ帰るか」


「そだなー。荷物とゴミ持って、帰りにコンビニのゴミ箱に捨てていこうぜ」



そう言って秀一は使い終わった花火を拾い集め、ビニール袋にしまった。


俺たちも同じようにゴミや荷物を回収し、秀一の後に続いて静寂に満ちた夜の夜煌川を後にした。




夜煌川を後にした俺の脳裏には、弱々しく、とても儚い火の花が、強くはっきりと、確かな熱を持って焼きついていた。



来年の夏までにこの温かな記憶を忘れないよう、胸の引き出しにそっと閉まっておこうと、揺らめく水面に白い月を映す夜煌川を見て、そう誓ったのだった——










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