第72話「夏休みについて(38)」
花火が全て打ち上がり、ほたる通りは再び見物客の喧騒で溢れかえった。
皆それぞれ花火の感想を言い合ったり、名残惜しんだりしながらカランコロンと音を立てて通りを歩く。
屋台に吊るされた裸電球の灯りが、人々を優しく照らし出し、顔に浮かんだ笑顔がよく見える。
そんな屋台が立ち並ぶほたる通りを眺めていると、奥から両手に沢山の袋を抱えてこちらに向かってくる秀一と朝霧の姿が見えた。
逆光で2人の顔はよく見えないが、なんとなくいつもより2人の距離が物理的に近くなっているように感じた。
「ごめんねー!羽島、麗ちゃん。結局一緒に花火見れなくて……」
「いやー、悪い悪い!途中いなくなってごめんなー!ところで、悠も榊原さんも花火見た?すごかったよなぁ……」
2人はそう言って縁石に腰掛ける俺と榊原に向かって、謝罪の言葉を口にする。
「ふふっ、謝らなくても大丈夫よ。ね?羽島君」
「あぁ。2人とも逸れて迷子になってなかったってだけで充分だ」
「私たちはここでずっと花火を見ていたけれど、榎本君達はどこで見ていたの?」
榊原が尋ねると、秀一は少し照れるように頬を赤く染め、口を開いた。
「えっ、あぁ……俺たちはあそこの公園のベンチに座りながら花火見てたんだよ。流石にほたる通りは人が多くてゆっくり見ることができなかったからさ」
そう言って秀一はほたる通りを挟んですぐ向かいにある小さな公園を指差した。
ブランコと砂場が1つずつあり、休憩用のベンチがぽつんと置いてあるだけの本当に小さな公園。
ここのところ、どんどん大きな公園や新しい遊具が増えているため、あの公園で遊ぶ子供達を見ることも少なくなった。
結構目立つところにあるにもかかわらず、人気が少ないあの公園は、静かに花火を見るには最高のスポットと言えるだろう。
「お互い、花火を満喫できて良かったな」
特に深い意味は無かったのだが、それを聞いた秀一と朝霧は思い出したようにポッと顔を赤く染め、お互いに目を明後日の方向に向けた。
その反応を見た俺と榊原は、2人の関係が『友人』から『恋人』に変わったことを確信し、顔を見合わせて微笑んだ。
メインイベントである打ち上げ花火が終わったことにより、夏祭りの閉幕が近づいていた。
見物客の数は知らぬ間に減っており、あれほど賑わいを見せていた通りは随分と大人しくなっている。
そろそろ俺たちもお開きの時間だろう。
そう思い、俺は3人に向かって口を開いた。
「それじゃあ、俺たちもそろそろ——」
「待て待て待て」
俺の言葉に被せるように秀一が声を出した。
「秀一、どうした?」
「お開きには……少し早いんじゃないか?」
「……これから何かする予定なのか?」
不敵な笑みを浮かべ、何かを企む秀一に尋ねる。
「まぁな。……ってなわけで!とりあえずコンビニに行こう!」
秀一の突然の提案に俺たちは顔を見合わせ、首を傾げた。
通りから少し歩いたところにあるコンビニに到着するなり、秀一は俺たち3人を外に待たせ、店内へと入っていった。
しばらくして店内から出てきた秀一の手には、手持ち花火の入った大きめのビニール袋がぶら下げてあった。
「おまたせー!まぁ、見て分かるように、これからみんなで花火をしたいと思います!!」
「なるほど……それを買うために『コンビニに行こう』って言い出したわけね。……うん、いいね!やろうよ!みんなで花火!」
ビニール袋に入ったいくつもの手持ち花火を見て、朝霧が真っ先に賛同した。
「見る花火もいいけれど、自分たちで楽しむ花火もいいわね」
「そうだな。秀一にしてはいいアイディアだ。……ところで、どこでやるつもりなんだ?」
そう尋ねると、秀一は口元に笑みを浮かべながら「最適の場所があるじゃん!」と、その場所に向かって足を進めた。
「はい。到着ー!」
俺たちは先頭を歩く秀一の後ろについて歩き、目的の場所に到着した。
そこでは、先ほどまで夜空に大輪の花を咲かせ人々の視線を集めていた、花火の打ち上げ筒を片付ける人々の姿があった。
「よくよく考えてみれば、ここら辺で花火ができるところって言ったらここくらいしかないよな」
俺の呟きに対し、朝霧と榊原が首肯する。
俺たち4人が花火をするために訪れたのは、先ほどまで色とりどりの花火が打ち上げられていた夜煌川だった。
確かにここなら水辺ということもあり、火事の心配は無い。
俺たちは早速堤防を下り、川の近くまで歩いた。
水辺に近づくと、白く輝く月の明かりで、夜煌川の水面が揺らめいているのが見える。
水面に映る月が夢のように歪み、輪郭がはっきりとしない様子は、とても幻想的に見えた。
「そんじゃあ、早速花火やろうぜ!たくさん買ってきたからさ!」
そう言って秀一は袋から手持ち花火を取り出し、地面に並べる。
そして、そのうちの1つを手に取ると糊付けされたフィルムを剥がし、中からススキ花火を数本取り出した。
それらを俺たちに1本ずつ手渡し、秀一は一緒に買った柄の長いライターで自分のススキ花火の先に火をつけた。
するとたちまち、シューっと言う音と共に青い火花が勢いよく吹き出し、辺りには目が沁みるような煙が立ち込めた。
「おぉー!ついたついた!!」
俺たちは秀一の持つ花火の先端に、自分の持つ花火の先端を近づけ、同じように点火させる。
そうして連鎖するように青や黄、赤色の火花が勢いよく吹き出し、眩いほどの閃光を放つ花火で、暗闇の中に花火を楽しむ俺たちの姿だけがぼんやりと浮かび上がる。
しかし、ほんの30秒ほどで火薬を全て使い切り、勢いよく噴射していた花火はフッと静かに消えてしまった。
その様子はまるで、起きたまま見る夢のようだと、俺はそう思ったのだった——
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