第71話「夏休みについて(37)」
「——好きだ」
普段とは異なるシチュエーション、榊原の姿、そして今まで見た中でもっとも激しく心揺さぶられた榊原の表情。
そんな榊原の整った顔が夜空に咲く色鮮やかな大輪の花々に照らされ、淡く色付く様子を見た俺は、この気持ちを今ここで榊原に伝えなくてはならないという使命感のようなものを感じた。
高鳴る心臓の鼓動を抑え、乾く口をゆっくりと開き、震える声で言葉を伝えた。
しかし、俺の口から発せられたその言葉が榊原に届くことはなかった。
「……ごめんなさい羽島君。花火の音と重なってしまってよく聞き取れなかったわ。もう一度お願い出来るかしら……?」
人生で初めての告白は、花火が弾ける轟音に遮られ見事不発に終わった。
けれど、これで良かったのかもしれない。
もし、榊原の返答が俺の求めるものと異なっていた場合、今の関係性は崩れ去り、もう二度と同じ関係を築くことはできなくなっていただろう。
でも、もし。
仮に、万が一、俺の求める答えが返ってきていた場合…………俺はどうしていたのだろう。
俺はどんな表情をして、どんな言葉を榊原にかけるつもりだったのだろう。
自分のことだというのに、そこのところを全く考えていなかった。
とにかく気持ちを伝えることだけを考えていたため、そこまで考えるリソースを割いていなかった。
けれどこれは『もしも』の話。
『if』の話だ。
シュレディンガーの猫のように、蓋を開けてみるまでは結果は分からない。
結局のところ、蓋を開ける前となんら変わりのない結果になったわけで、考えるだけ無駄だったということだ。
「あっ……いや、何でもない」
俺は誤魔化すように慌ててそう言うと、わざとらしく濃藍の空を見上げ、打ち上がる花火に視線を送った。
相変わらず周りからは花火が打ち上がる度に歓声が上がる。
色とりどり、形や大きさが様々で一瞬にして夜空に儚く散ってしまう花々をジッと見つめ、網膜にその輝きと熱を焼き付けていると、感嘆の声を上げながら隣に座る榊原がふと思い出したように呟いた。
「そういえば、榎本君と莉緒さんはどこにいるのかしら?屋台の方に行ってから随分と時間が経つけれど……」
「確かに……」
そう言って俺は秀一に連絡を入れようと、信玄袋からスマホを取り出しホームボタンを押す。
すると、表示されたディスプレイに朝霧からのメッセージが残っているのに気がついた。
送信されたのは5分前。
内容は、「秀一と合流出来たため、このまま一緒に花火を見てからそちらに戻る」というものだった。
しっかりと確認したわけでは無いが、あの2人はおそらくお互いのことを異性として意識している。
特に朝霧は、夏休みに入ってからというもの、秀一のことを一途に想っているというのが手に取るように分かるようになった。
朝霧が秀一を好いているというのは、俺も榊原もすでに気づいている。
そんな朝霧の気持ちに気付いていないのは、秀一だけだ。
しかし秀一の方も朝霧に対してだけ、他の女子とは全く違う接し方をしているあたり、朝霧が秀一に向けるのと同じ想いを持っているように思える。
お互いがお互いの気持ちに気付いていないというのは、見ていてもどかしいものだ。
この200発の打ち上げ花火が全て打ち終わる頃までに、もしかすると2人は俺が榊原にしたように、自分の想いを言葉にして相手に伝えることだろう。
そんなことを思いながら、俺はスマホのディスプレイを榊原に見せた。
「朝霧たち、どうやらちゃんと一緒にいるそうだ」
「あら、それは良かった。……2人とも、どんな想いでこの花火を見ているのかしらね」
「さぁな。……2人とも、上手くいってるといいな」
「そうね……」
そんな会話をしている間にも絶え間なしに花火は打ち上がり続け、遂に花火はラストスパートを迎えた。
打ち上がる花火の間隔が短くなり、いくつもの花火が重なって弾けるようになった。
夜空に花開く炸裂音も数が増えることで激しさを増し、赤や緑、様々な光の色が混ざり合うことでほたる通りをより華やかに色付けた。
会場のボルテージはどんどんと上昇していき、それに応えるように打ち上げ花火の勢いも増していく。
「凄いわ凄いわ!こんなにも沢山の花火がまるでこちらに迫ってくるかのように感じるわ!」
「手を伸ばせば届きそうな距離にあるように錯覚してしまうな」
そう言うと榊原は、徐ろに左腕を空に向かってゆっくりと伸ばし、繊細なガラス細工のような白い手をパッと開く。
浴衣の袖から伸びる白い腕。
スッと伸びる長い指。
綺麗に整った爪。
それらが夜空に咲く色とりどり花々に向けられる様は、心臓が一瞬動きを止めてしまうほどに美しかった。
榊原は次々と打ち上がる花火に開いた掌を重ね、フッと花火の光だけを掌の中に包み込む。
「すぐ目の前に見えるのに、決して掴めない。……もし、花火がしっかりとした形を持っていて、私たちの手で触れられるものだったのなら、きっと、ここまで綺麗だと思うことはなかったでしょうね」
「すぐに消えてしまうからこそ、俺たちは花火を綺麗だと思える。……儚く散ってしまうものを美しいと感じるのは、多分人間の本能なんだろうな」
そうして俺たちは縁石に腰掛けながら、最後の1発が夏の夜空にドンと打ち上がり、パラパラと火の粉が静かに舞い落ちる様子をしっかりとこの瞳に焼き付けたのだった——
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