表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の無才  作者: kuroro
7/87

第7話「ほたる市について(4)」

バッティングを堪能した俺たちは、受付前にあるベンチで休憩することにした。


俺は自動販売機でスポーツドリンクを2本購入し、1本を榊原に手渡す。


「ほらよ。……なぁ榊原、初めてのバッティングセンターはどうだった?」


「あら、ありがとう。……とっても楽しかったわ。才能があるとは言えなさそうだけれど、初めてバットにボールが当たった感触は忘れそうにないわ。まだ、手が少し痺れているもの……」


榊原はそう言って、自分の両手をじっと見つめる。


榊原が何かに挑戦し、初めて成果を得られた瞬間に立ち会えた事を、俺はまるで自分のことのように嬉しく思った。


「それは良かった。楽しんでもらえたみたいで安心したよ。また機会があったら打ちに来よう」


「えぇ、そうね。次はもっと打てるように頑張るわ」


榊原は決意じみた表情をしてそう言った。




それから俺たちは10分ほど休憩してバッティングセンターを出た。


時刻は15時。


次はどこを案内しようか考えていると、


「少し動いたら、またお腹が空いてきてしまったわ……」


隣にいた榊原が恥ずかしそうにうつむきながら呟いた。


「そうだな……。それじゃあ、どこかでお茶でもするか」


俺は榊原にそう提案すると、榊原は顔を上げ、瞳を輝かせた。


「えぇ!そうしましょう!」




俺たちはバッティングセンターから少し歩いたところにある喫茶店へと向かった。


次の目的地である喫茶店『シェリー』は、バッティングセンターからさらに南に歩いたところにある。


『シェリー』はフランス語で『いとしい人』という意味だそうだ。


喫茶店『シェリー』は俺が生まれるずっと前から続いている、ほたる市民の憩いの場だ。


俺は中学の頃から、暇を見つけてはこの喫茶店に足を運んでいる。





バッティングセンターを出て5分ほどでシェリーに到着した。


シェリーの外観は非常に落ち着いたレンガ造りになっていて、入り口には筆記体で書かれたシェリーの看板が立て掛けられてある。


店の外観を見た榊原は、


「わぁ!とってもオシャレな外観ね。店内はどうなっているのかしら?」


と、予想通りの反応を示した。



俺は店の扉を開けた。


扉を開けると、扉につけられたベルが美しい音色で俺たちを迎え入れてくれた。


店内ではクラシックのBGMが流れていて、ほのかに漂うコーヒーの香りが鼻腔びこうをくすぐった。


榊原は中に入るなり、店内を見渡し感嘆の声を上げた。


「店内も落ち着いていてとってもオシャレね。それにコーヒーのいい香りがするわ」


「ここはほたる市民の憩いの場として有名なんだ。俺も暇な時よく来る」


榊原と話していると、奥のカウンターからメガネをかけた初老の男性が出てきた。


「やぁ、悠君。いらっしゃい」


「マスター、こんにちは」


「おっと……そちらのお嬢さんは悠君の恋人かな?」


マスターは俺に気がつくと、悪戯っぽく笑いそう言った。


「い、いえ!彼女は来週うちのクラスに転入予定の生徒で、今ちょうどこの街を案内してるところなんです」


「ほぉ、そうだったのかい」


俺は動揺を隠しきれていない様子でマスターに説明した。



榊原は1歩前に出てマスターの方を向くと、


「初めまして。先週からほたる市に引っ越してきました、榊原麗と申します。羽島君からもあった通り、今この街をいろいろと案内して貰っているところなんです」


と、微笑みながら軽く自己紹介をした。



榊原の自己紹介を聞いたマスターは、うんうんと頷き、一言「ゆっくりしていきなさい」というと、俺たちを席へと案内してくれた。


「マスターさん、優しそうな人ね」


席に着くなり、榊原が俺に向かって言った。


「あぁ。中学の頃からここに通い続けてるが、マスターは本当にいい人だよ」


俺はそう言って店内を見回す。



店内には俺たち以外に4名の客がいた。


新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる中年の男性、向かい合いながら何やら楽しそうに話をしている老夫婦、コーヒーを飲みながらパソコンで何か作業をしている若い男性。


俺が店内の様子を伺っていると、榊原に声をかけられた。


「羽島君。私、どれを頼めばいいのかしら?全部おいしそうで迷ってしまうわ」


榊原はメニュー表を開き、いくつもあるスイーツを眺めだした。


「ここのメニューはどれもうまいぞ。もちろんコーヒーも」


榊原は悩みに悩んだ末、


「決めたわ。私はこれにするわ」


そう言ってホイップクリームが乗った厚みのあるパンケーキを指差した。


俺は手を上げマスターを呼ぶと注文を頼んだ。


「パンケーキとショートケーキ、それとコーヒ−2つ」


マスターは注文を書き込むと、「かしこまりました」と一言残してカウンターの奥へと戻っていった。



注文を終えた俺はメニュー表を閉じ、窓の外を眺める。


店の外では小学生グループが自転車にまたがり、楽しそうに談笑をしている。


店内ではクラシックのBGMに混じって、新聞紙をめくる音や老夫婦の笑い声、キーボードをカタカタと叩く音が聞こえてくる。


俺は目を閉じ、ソファーに深く腰をかける。


すると、榊原に呼びかけられた。


「ねぇ、羽島君」


「どうした?」


「改めて、今日は街の案内役を引き受けてくれてありがとう。羽島君のおかげで、この街のいいところをたくさん知ることができたわ。そして、新しいことにも挑戦することができた。心から感謝するわ」


榊原はそう言って微笑む。



「そんなに大したことじゃない。それに俺も榊原にこの街のことを知ってもらいたかったしな」


俺は視線を窓の外へと向ける。



榊原はそんな俺を見て軽く微笑み、


「羽島君、謙虚なのね」


と、からかうように呟くと、俺と同じように窓の外を眺め始めた。



緑の葉をつけた桜の木が5月のそよ風に吹かれ、気持ちよさそうにゆらゆらと揺れているのが見えた——。



いつも読んでくださってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ