第6話「ほたる市について(3)」
昼食を食べ終えた俺たちは、フードコートを出て次の目的地へ移動していた。
「満開のツツジも綺麗だったし、お昼ご飯もおいしかったわ!それにソフトクリームも。……それで羽島君、次はどこを案内してくれるのかしら?」
俺の隣を歩く榊原が聞いてきた。
次に榊原を案内するところは既に決めてある。
俺は榊原の方を向いて言った。
「なぁ、榊原。昼食も食べたことだし、少し運動したくないか?」
「運動?」
榊原は不思議そうに首を傾げてみせる。
ほたるふるさと公園から南へ約1キロ。
市街地の方へ歩いていくと妹の由紀が通う、ほたる市立第一中学校が見えてくる。
そこからさらに進んだところが次の目的地だ。
中学校のグラウンドではサッカー部や野球部、陸上部が活動していた。
フェンスの外側を歩きながらその様子を見ていると、
「羽島君は中学時代、何の部活に所属していたの?」
と、榊原が興味深々な表情をして聞いてきた。
「ん?……あぁ、中学の時は一応軟式テニス部に入ってた。レギュラーにはなれなかったけどな」
俺は由紀と同じ第一中出身だ。
中学の時は必ず何かしらの部活に入部しなくてはならなかった。
もともと運動は得意な方ではなかったが、仮入部で参加した軟式テニス部で当時の先輩に「お前は才能がある!」などと唆され、そのまま入部する形になった。
確かに入部当初は、他の誰よりも上手い自信があった。
しかし日が進むごとに他の奴らはどんどん上達していき、気がつくと俺は部の中で1番下にいた。
俺はそんな暗い中学時代を思い出し、榊原に聞いた。
「榊原は何部に所属してたんだ?」
「私?……私は部活動に所属してなかったのよ」
「そうだったのか」
俺は少し驚いた。
てっきり何かの部に所属していたとばかり思っていた。
「私の中学校は部活動への参加が強制ではなかったの。確かに何かの部に所属するのも楽しいと思ったわ。でも、1つのことに専念するより、部活をする時間を使ってもっといろんなことに挑戦したかったの……。才能を見つけるには、それが一番だと思ったから」
そう言うと榊原は下を向いて呟いた。
「それでも……、才能と呼べるものは見つからなかったわ……」
俺は隣でうつむきながら話をする榊原を見て、やっぱり俺たちはどこか似ていると思った。
1つのことに専念しても『才能』を得られなかった者——。
いくつものことに挑戦してみても『才能』を得られなかった者——。
俺たちは常に『才能』に悩まされていた。
「榊原も俺と似たような中学時代を送っていたんだな。……でも、これからは違う。これからは2人だ。俺たちは互いに協力していくことができる。1人では見つけられない才能もある……そうだろ?」
俺は、昨日榊原が俺に言った言葉を返した。
榊原は顔を上げ、軽く微笑むと
「……そうね。羽島君の言う通りだわ」
俺の顔を見てそう言った。
そんな話をしながら歩いていると、ようやく次の目的地が見えてきた。
「ひょっとして、あそこが次の案内場所?」
「あぁ、そうだよ」
榊原は前方に見える大きな立方体の建物を指差した。
俺はその建物の前で立ち止まり、榊原の方を振り返り、尋ねる。
「榊原、バットを振った経験はあるか?」
俺の質問に対して、榊原は首を横に振る。
榊原は目の前の建物を見て少し考えた後、俺の質問からここが何の建物なのか察したようだ。
「羽島君。もしかしてここって、バッティングセンター……というところかしら?」
「その通り。榊原は今までこういうのに挑戦したことはなかったんだよな?……だったら、いい機会だ。もしかしたらバッティングの才能が開花するかもしれないしな」
俺はそう言うとバッティングセンターの入口を通り、受付で『30球打ちっぱなしコース』のカードを2人分購入した。
バッティングセンターに入るなり、榊原は物珍しそうに中をあちこち見回した。
俺は未経験者の榊原に手本を見せるため、ヘルメットとバットを手に取りバッターボックスに入った。
「榊原、まずは俺が手本を見せるからそこで見ていてくれ」
榊原は頷くと、バッターボックスの外にあるベンチに座った。
俺はバッターボックスの隣にある機械に購入したカードを差し込み、ボタンを押してバッティングを開始した。
手本を見せるとは言ったが、正直俺もそこまで上手いわけではないし、バッティングセンターに来るのも結構久しぶりだったため、とりあえず球速は1番遅い80キロに設定した。
ピッチャーマウンドにあるスクリーンに映し出された投手のフォームに合わせて球が発射された。
俺はバットをフルスイングした。
しかし俺の振ったバットは空を切り、発射された球はバッターボックスの後ろにあるネットに衝突し、足元に転がった。
俺は盛大に空振りをしてしまった。
手本を見せるなどと言っておきながらこの始末。
俺は恥ずかしさで後ろを振り返ることができなかった。
気を取り直して2球目。
今度はしっかりタイミングを合わせることに成功し、心地のいい金属音と共に球はピッチャーマウンドの真上を通過した。
バットに球が当たった衝撃で、バットを握っていた手が痺れる。
その後何度かヒットとファールを繰り返し、30球全てを打ち終えた俺はバッターボックスから出た。
「羽島君、すごいわ。あんなに打ち返すことができるなんて!」
榊原は目を輝かせて言った。
俺は榊原の目を見て、お世辞で言っているわけではないということがわかる。
「あ、ありがとう……。それじゃあ、次は榊原の番だ」
俺は少し照れながら、榊原にバットとヘルメットを渡した。
「できるかしら……」
バットとヘルメットを受け取った榊原は、少し不安そうな表情をして俯く。
「誰でも最初から出来るわけじゃない。もし初めからできれば、それは紛れもない才能と呼べるだろう。何事も挑戦あるのみだ」
榊原にそう声をかけると、榊原は「そうね」と呟き、バッターボックスへ入って行った。
カードを差し込み球速を設定すると、榊原はバットを構えた。
ピッチャーマウンドのスクリーンに映し出された投手がフォームを構え、投げる動きに合わせて球が発射された。
「えい!」
榊原は可愛らしい声を発し、バットを大きく振った。
しかし勢いよく振ったバットに球は当たらず、バットを振った遠心力で榊原は足をふらつかせた。
「難しいわね……」
榊原は体勢を立て直すと、2球目に備え再びバットを構える。
スクリーンに映った投手も再度、フォームを構えるーー。
投手が球を投げるモーションをするのに合わせて2球目が発射された。
「ん!!」
榊原は力んだような声を上げ、バットを振る。
すると、榊原の振ったバットは発射された球の下方を掠った。
「……もう少し……!!」
榊原はそういう呟き、球の発射口を睨みつける。
その後、何度かバットに掠りはするものの、なかなかバットの芯で球を捉えられずにいた。
そして、30球目——
「今度こそ……!」
榊原は息を上げた様子で小さく呟いた。
スクリーンに映る投手がフォームを構える。
何度も見たフォーム。何度も見たモーション。
榊原なら必ずこの球を打ち返すことが出来る。
俺は心の中でそう信じていた。
榊原は集中を研ぎ澄ませ、軽く息を吐く。
そしてバットを強く握り直すと発射口に視点を合わせた。
投手が球を投げ、発射口から最後の球が発射された。
榊原はバットを振り終えるまで、決してその球から目を離さなかった。
そして——
身体に響く心地よい金属音と共に、球はピッチャーマウンドの真上を、まるで弧を描くかのように跳んでいった。
「……やった…!!羽島君!見た?私ちゃんとバットに当てられたわ!」
榊原は俺の方を振り返って、達成感に満ちた表情を見せた。
「あぁ、見てたぞ。やったな!榊原」
俺たちは才能の事などすっかり忘れ、共に喜びあった。
たった1球。
しかし榊原が打ったその1球は、榊原が諦めずに挑戦し続けた末に得た、価値のある1球だった——。
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