第57話「夏休みについて(23)」
夢を見た。
俺が……いや、俺たち4人が満点の星空の下に立ち、夜空に輝く星の海を眺めているという夢だった。
ホームページで見たものと同じ星空が俺たちの真上に広がっていて、その光景を俺はとても綺麗だと思った。
けれど、その星空は所詮夢の中のもの。俺が作り出した空想の産物。
だから、少しぼんやりとしていて、現実味を帯びてはいなかった。
あぁ……これが夢ではなく、現実だったら良かったのに……
夢の中でそんなことを思っていると、遠くで誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。
「……う………ゆう……っきろ……!」
声が聞こえると同時に、体が激しく揺さぶられる。
「……おい、悠!……起きろって!」
その声の主が秀一だと気づき、俺は寝起きの頭を回転させて口を開く。
「……っん……秀一?もう、交代の時間か……?」
寝ている間は時間の感覚がまるで無いため、自分がどれほど眠っていたのか分からない。
俺は腕を使って上半身だけを起こし、寝起きで霞む目を擦りながら秀一に尋ねる。
「違う違う!とにかく、外出てみろよ!早く!!」
急かすように誘われ、俺はもぞもぞとテント入り口に這い寄る。
「……何だよ……一体」
寝起きの体と頭に、今の秀一のテンションは少し厳しい。
俺は少し気怠げに、面倒そうに靴を履き、言われた通りテントの外に出た。
「ほらほら!悠!!見てみろよ!!」
「見るって何を——」
そう言いかけた俺は目の前に広がる光景に言葉を失った。
「な?凄いだろ!?」
「 ……あぁ……これは凄い……」
まるで自分の宝物を自慢するかのように、自信と喜びに満ち溢れた顔をする秀一。
俺は秀一にその『宝物』を見せられて、自分の中で時が止まったかのように感じた。
それもそのはず。
—— そこには、星空が広がっていた。
濃藍の中に白く輝く無数の星々が砂のように散りばめられ、無数とは言ってもそれぞれ輝きの強さは異なっていて、1つとして同じ物はない。
言うなればそれは、自然が創り出した芸術品。
何億年という時の中で形成され、遥か昔から多くの人々の心を癒してきた、自然の持つ『美』。
決して人の手では創ることの出来ないその景色は、あまりの迫力で距離感が測れない。
知識として、星との距離がどれほど離れているのかは知っている。
だが、そう言った知識を無視するほど、広大で圧倒的な迫力を持つその星空は、手を伸ばせば掴めるほど近くに見えた。
「俺、莉緒と榊原さんも起こしてくる!」
そう言って秀一は、2人が眠るテントに駆け寄り、俺と同じように声をかけた。
しばらくして、テントのファスナーが開き、眠たそうに目を擦る朝霧が出てきた。
「……なぁ〜に……も〜…………って、えっ!?嘘!?ちょっとちょっと!麗ちゃんも見てみなよ!!」
眠たそうに半分ほど閉じていた目を、カッと大きく開き、朝霧はテントの中にいる榊原に声をかける。
朝霧の眠気はどこか遠くの方へ飛んで行ってしまったようだった。
すると、朝霧の呼びかけで眠そうな顔をする榊原がテントから出てきた。
「—— っ!!」
その光景を目の当たりにした榊原は、その黒く大きな瞳に散りばめられた星々の輝きを美しく映し出し、静かに息を呑んだ。
「……すごい……綺麗……とっても綺麗だわ……」
しっとりと濡れたような優しい声でそう呟く榊原は、まるで夜そのものだった。
深い黒さの中に美しさと優しさを兼ね備えた長い髪。
夜空を駆ける流星が、尾を引くかのように伸びる睫毛。
辺りを明るく照らす月のような、幻想的で神秘的な白さを持つ肌。
夜空を覆い尽くす無数の星々が、榊原の持つ魅力を最大限に引き出しているように思えた。
「ねぇ!あれって夏の大三角形ってやつじゃない?」
そう言って朝霧が指差す先には、濃藍の中に確かな存在感を持って一際明るく輝く3つの星が見える。
こと座のベガ。
白鳥座のデネブ。
わし座のアルタイル。
1番見頃とされる時間から少し時間が経っていたこともあり、少し傾いてはいたが、あれは確かに理科の教科書などでよく目にする夏の大三角だった。
「俺は星座とかに詳しくなくて、よく分かんないんだけどさ……それでも、こうやって空を見上げて感動できるって、なんかすっげぇよなぁ……」
秀一は瞬きすることすら忘れて、じっとその星空を眺める。
「中学の時に見たっていう星空と、何か違いはあるか?」
俺がそう尋ねると、秀一はあどけない少年のような笑顔をして言った。
「あの時はさ、1人でこの星空を見ていたから、まるでその星空を独り占めしたような、そんな優越感に浸ってたんだよね。……でも、今回こうしてみんなでこの星空を見ることが出来て、誰かと一緒に同じ景色を見ることの楽しさを知ることが出来た。……誰かと気持ちを共有するって、こんなにも嬉しい事なんだな!」
1人で見る星空と誰かと一緒に見る星空。
その景色に変わりはなくとも、心には変化が起こる。
どちらが良くてどちらが悪いということはなく、どちらにも他にはない良さがある。
俺は、その2つをどちらとも経験したことのある秀一を少し羨ましいと思った。
そうして俺たちはしばらくの間、鈴の音のように鳴り響く虫の声と優しく肌を撫でるような夜風にさらされながら、芝生の上に立ち、満天の星空をじっと眺めていた。
するとその時、無数の星々が輝く夜空を一筋の光がスッと駆け抜けた。
「あっ、流れ星!」
榊原が、ふと口を開いた。
「うわぁ〜〜!すっご〜い!!……あっ!願い事しなくちゃ!まだ間に合うかな?」
「大丈夫大丈夫!みんな願い事決めたか!?んじゃ、静かに目を閉じて心の中で願い事を唱えよう」
俺たちは秀一の言葉で一斉に目を閉じる。
そして俺は、真上に広がる幻想的で壮大な星空に向けて、胸にあるいくつもの引き出しの中から願い事を1つを取り出し、心の中でそれ唱えた。
どうか、この愛おしい時間が、これから先ずっと続いていきますように……と——
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