第54話「夏休みについて(20)」
展望台からキャンプサイトへと戻ってきた俺たちは、テント内に置いておいたクーラーボックスを手に調理場へ向かうと、早速バーベキューの準備に移った。
調理場では俺たちの他にも3〜4グループが夕食の準備を始めていて、あちらこちらから賑やかな話し声が聞こえてくる。
「よぉぉし!そんじゃあ、早速バーベキューの準備するか!」
テーブルの上に食材の入ったクーラーボックスを置いた秀一が、両手を腰に当てて言う。
「それじゃあ、私は管理棟でトングと着火ライター借りて来るわね」
「あっ、待って麗ちゃん!私も一緒に行くよ」
そう言って管理棟へ行こうとする榊原を朝霧が呼び止めた。
「2人共よろしく頼む。こっちは食材の準備をしておくよ」
榊原と朝霧にそう言うと、2人は俺たちに「よろしくね」と告げて、管理棟へと向かっていった。
「さて、んじゃこっちはこっちで準備進めるか!」
「そうだな」
榊原と朝霧が管理棟へ向かっていった後、俺たちはクーラーボックスからスーパーで購入した食材を取り出し、紙皿や割り箸、紙コップをテーブルの上に並べた。
調理場には、俺たちの他にもバーベキューを楽しんでいるグループがいるらしく、鉄板で肉が焼ける音や香ばしい匂いがこちらまで漂って来る。
俺たちはその音と匂いに包まれながら、榊原と朝霧が戻って来るのを待った。
それから5分ほどして管理棟から榊原と朝霧が戻ってきた。
「お待たせ〜!トングと着火ライター持ってきたよー」
そう言って朝霧は手に持ったトングと着火ライターをテーブルの上に置いた。
「2人ともサンキュー!……んじゃ、全員揃ったことだし、バーベキュー開始しますか!!」
盛り上げ上手な秀一の一声で、待ちに待ったバーベキューが始まった。
俺は早速コンロに備長炭を入れると、榊原と朝霧が持って来た着火ライターを手に取り、炭に火をつける。
しばらく火で炭を炙っていると、黒かった炭が熱せられて徐々に赤くなり、白い灰がボロボロと崩れ始めた。
コンロの上に敷いた鉄板も徐々に温められていき、顔を近づけると立ち上る熱で肌が焼けそうになる。
「そろそろかな。……それじゃあ、焼いていくぞぉぉぉ!!!」
秀一が雄叫びを上げながら、熱せられた鉄板にスーパーで購入した肉をどんどんと乗せていく。
1枚、また1枚と鉄板に肉を乗せていくたびに食欲をそそる音が調理場内に響き、肉の焼ける香ばしい匂いで唾液腺が刺激され、思わず生唾を飲み込む。
「ふあぁぁぁ〜! おいしそー!!ねぇ、まだ!? まだ焼けないの!? 」
朝霧は右手で割り箸を握りしめ、食い入るように鉄板の上の肉を見つめる。
「はっはっは!待て待て。もう少しだから」
それに対して秀一は焼肉奉行の落ち着きと余裕を見せて答える。
高校生4人がジッと鉄板の上の肉を見つめるという光景は、端から見ればかなりシュールに写るのではないだろうか。
しかし、今は周りの目などどうでもいい。
目の前に肉のことだけを考えろ。
俺は自分にそう言い聞かせて、朝霧同様、目の前の肉が焼けるのをじっと見つめる。
すると、肉の色が鮮やかな赤から焼き目のついた薄い茶色へと変化し始めた。
秀一はすかさず肉を裏返し、もう片面をじっくりと焼く。
そして、両面に焼き色がついた頃、秀一が口を開いた。
「よしっ! 焼けたぜ! みんな取れ取れー!!」
その合図と同時に俺たちは鉄板の上で焼かれる肉に箸を伸ばした。
その様子はまるで敵船に乗り込む海賊のようで、それを指揮する秀一はさながら船長といったところだろうか。
鉄板に敷かれていた肉は一瞬で姿を消し、残ったのは食べやすい大きさにカットされた野菜のみとなった。
俺は箸で掴んだカルビを紙皿に入ったタレにつける。
サッとタレに潜らせたカルビは高級肉に負けず劣らずの輝きを放っていて、俺は食欲を抑えきれずにそれを口の中へと放り込んだ。
すると口に入れた瞬間、肉の脂と甘辛いタレが舌の上で混ざり合い、旨味が口の中を満たした。
食レポ風に言うならば、『肉の旨味が口の中でハーモニーを奏でた』といった感じだろうか。
4〜5回咀嚼した後、旨味の塊をゴクリと飲み込み、胃へと運んだ。
「……美味い!」
空になった口から無意識に感想が溢れた。
ふと隣を見てみると、小さな口でゆっくりと肉を咀嚼する榊原が口元に手を当てながら目を輝かせている。
「「ん〜〜〜!!!」」
そんな榊原に対して、朝霧と秀一は声にならないような声を上げ、喜びを全身で表現している。
これがスーパーで580円(税別)で売られていたとは到底信じがたい。
俺たちからしてみればA5ランク相当の肉を食べているのと同じようなものだ。
それだけ、この肉には旨味が凝縮されている。
……まぁ、俺はA5ランクの肉を食べたことがないんだが。
何故、スーパーで格安で売られている肉がこれほど美味く感じるのか。
『空腹は最高のスパイス』とは言うが、その他にも何か要因があるはず。
そんなことを考えながら、俺はひたすら肉を食う。
秀一が次から次へと鉄板に肉を乗せ、それを俺たちは椀子そばの要領で食べ進めていく。
カルビ、タン、カルビ、豚トロ、カルビ、タン、カルビ、豚トロ……
こってりとしたタレものと、サッパリとした塩ものを交互に食べ、間にキャベツやピーマン、玉ねぎなどの野菜を挟む。
口を潤わせる目的も兼ねて、クーラーボックスでキンキンに冷やされたコーラを紙コップに注ぎ、一気に煽る。
口の中の油が冷えたコーラで綺麗に洗い流され、喉で炭酸が弾ける。
「……っ!はぁぁ!!」
紙コップに注いだコーラを一度に飲み干した俺はコップから口を離し、息を吐く。
テーブルの向かい側では、秀一と朝霧が肉の取り合いをし、俺の隣では榊原がにこやかな笑顔を浮かべながら、その様子を窺っている。
俺たちの声が、調理場の賑やかさを助長している事に気がつき、俺は「そうか」と1人納得した。
何故、安い肉がこれほど美味く感じるのか——
それはおそらく、こうして友人と共に同じテーブルを囲み、共に同じ景色を見て、共に笑い合いながら食事をしているからだ。
空腹に加えて、『場の雰囲気』というマジックパウダーがこの肉をこれほど美味く感じさせているのだろう。
茜色の夕日に照らされながら、こうしてくだらない事で笑い合い、今日1日の思い出を振り返る。
自然が豊かで驚いたこと。
秀一の叔父さんが顔に似合わず、結構優しかったこと。
川の水が冷たくて心地よかったこと。
展望台から見える景色がとても綺麗だったこと。
4人でそんな話をしながら、俺は今日、ここに来れて良かったと、心からそう思った。
気がつけば肉は残りわずか。
「それじゃあ、最後の肉、焼いていくぞー!」
そう言って秀一はトングで残りの肉を掴み、鉄板の上に乗せる。
「結構買ったつもりだったけど、あっという間だったねー」
最後の肉が色を変え、焼き目をつけていくのを見ながら、朝霧が少し寂しそうに口を開く。
「そうね。でも、本当に美味しかったわ。また今度、みんなでバーベキューしましょうね」
「そうだな」
微笑む榊原に対し、俺は言葉を返す。
この夏休み中にもう一度バーベキューが出来るかは分からないが、いつか必ず、またこの4人で安い肉を買って、こうして笑いながらバーベキューをしたいと、俺は思った。
そして、最後の肉が焼きあがり、俺たちは1人1つずつ箸で肉を取ると、それを口に運び、旨味をしっかりと感じ取りながら咀嚼し、飲み込んだ。
俺たちは最後の最後まで衰えることなく、肉を焼き、そしてその全てをしっかりと平らげてみせた——
最新話投稿しました。
作者は現在夏バテ気味です。
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