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白の無才  作者: kuroro
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第51話「夏休みについて(17)」

テントを張り終えた俺たちは、再びキャンプ場の散策へと移った。


キャンプ場内の気温は正午を過ぎて、ピークを迎えようとしている。


頭上を照らす陽の光に髪がジリジリと焼かれるのを感じながら、俺たちはキャンプサイトから少し離れた渓流釣り場へと向かって歩いていた。



息を吸えば、肺に熱い空気が溜まっていく。


まるで体の内側から蒸されているようだ。


周りが緑で囲まれていると言っても、流石にこの暑さは誤魔化しきれない。



俺は汗でぴっしりと体に張り付くTシャツをパタパタと扇ぎながら、軽快な足取りで先頭を進む秀一の後を追って歩く。



「あつい……」



別に、誰かに向けて言ったというわけではなく、ただ単に胸のあたりをモヤモヤと漂っていたその言葉を外に吐き出したいがために、俺は自分が今感じている感覚をそのまま口に出した。


360度全方向から聴こえる耳を突くような蝉の鳴き声についても「うるさい」と声に出して言いたいところだったが、それを口にするだけの気力が今の俺には無い。



俺は俯いていた顔を上げ、ふと目の前を歩く榊原に目をやると、榊原の白く細い首筋を一筋の汗がツーっと伝っていくのが見えた。



『汗を流す』という行為だけで、こんなにも蠱惑こわく的に見えるのは、榊原麗という少女がそういう星の下に生まれたからと考えるのが1番自然だろう。


榊原は何をしても絵になる。


絵を描く才能や写真を撮る才能が皆無に等しいこの俺でも、榊原をモデルにするだけでそこそこの賞を獲得できてしまうのではないかと思うほどに、彼女は美しかった。



そんなことを考えて歩いていると突然、涼風が吹いたかのように体の汗がスッと引いた。


焦がす勢いでジリジリと髪を焼いていた太陽の光も急に大人しくなり、辺りが大きな影に包まれる。


どうやら、鬱蒼うっそうと生い茂る木々で形成されている自然のトンネルの中に入ったらしい。



「なんか冷んやりするね〜」


朝霧が辺りを見回しながら口を開く。



「日陰に入るだけでこんなにも変わるもんなんだなぁ」


朝霧の言葉に反応するかのように、秀一が感心の声を出した。



俺は2人の言葉に耳を傾けながら、空を見上げる。


力強い木々から網を張るように伸びるいくつもの枝や葉の隙間を、器用に通って地面に注ぐ木漏れ日が眩しい。


差し込む陽光で目をくらませると、俺は光が差す空から、地面に描かれる不規則な光と影の方へと目を落とした。



すると、前を歩いている榊原が俺の方に目を向けてポツリと呟く。



「ねぇ、羽島君。こうやって風に揺れる葉や枝、地面に写る影なんかを見ていると、まるで1本1本の木が意思を持っているように見えない? 」


「まぁ……そう言われてみると、確かにそんな感じがしなくもないな。実際に意思を持って生きているのなら、ここはファンタジーの世界って事になるけどな」


「ふふっ、そうね。…………植物は動きもしないし、話もしない。けれど、私たちが知らないだけで、彼らには目や耳があって、私たちのことをじっと観察しているかもしれないわよ? 」


「面白いことを考えるんだな、榊原は。……でも、まぁ、人にじっくり観察されるよりは、木や花に観察されていた方が多少は落ち着くかもしれないな」




榊原の口から、まさかそんな直喩が飛び出すとは思っていなかったため少し反応に戸惑った。


しかし、よく考えてみると榊原の言っていることは、それほど荒唐無稽なことでもないように思えた。



榊原は俺に『どんなものにでも確かに命はある』ということを伝えたかったのではないだろうか。


木や土や光にも命や意思はあって、俺たち同様に何かを思い、感じ、考えながら存在しているのではないかと。



だから、安らぎを与えてくれる木や花だけでなく、煩わしい太陽の光にもそれなりの感謝を持って接することが大切なのだと、榊原はそう言いたかったのではないだろうか。



悪意を持って輝いてるとしか思えなかった太陽も、そうして見てみると無邪気にはしゃぐ元気な子供のように思えて、ほんの少しだけ好感が持てるようになった。




そんなことを考えながら歩いているうちに、自然のトンネルも出口が見え始め、終わりが近づいてきた。



「お? おぉ!? 」


先頭を歩く秀一は正面に見える景色を見て大袈裟に声を上げると、そのままトンネルを走り抜け、目の前に広がる景色に駆け寄る。




そして——




「おぉーー!すげぇーーー!! なぁなぁ! みんなも来てみろよ! 」



その景色を目にした秀一は、興奮した様子でこちらに手招きをしながら感嘆の声を上げた。


俺たち3人は秀一に急かされるように木の枝や葉で形成された自然のトンネルを抜ける。



すると再び直射日光が俺たちを襲い、その一瞬、視界が真っ白に染まり景色が眩い光に覆われた。



そして少しずつ目が光に慣れていくと、徐々にその景色が姿を現し始める。


景色だけではなく、それまで蝉の鳴き声に掻き消されて聞こえなかった音も、はっきりと聞こえてきた。



耳を澄ませるだけで涼やかに感じる瀬音。


翡翠色の美しい両翼を持つ、カワセミの甲高い鳴き声。


釣りを楽しむ利用客の楽しげな笑い声。




—— そこには、降り注ぐ陽光に照らされて蒼く煌く、穏やかで雄大な渓流の姿があった。




「うわぁ〜! なにこれ!? すっごく綺麗! 」


朝霧は目の前の光景に相当感動したようで、スマホで何枚も写真を撮っている。



「とても悠然としていて、見ているだけで癒されるわね……」


それに対し榊原は、五感をフルに使ってその光景を感じ取っているようだ。



俺も目の前に広がるその光景に圧倒されながら周囲を見渡す。



生命力に満ち溢れた緑の木々と穏やかに流れる渓流。


川の水は反射した夏空の青色と土の錆色で彩られ、美しいコントラストを醸し出している。



渓流の中に静かに佇む石の上には、小さな宝石にも例えられるカワセミが1羽留まっていて、特徴的な甲高い鳴き声を奏でている。



水辺に近いということもあり、体感的に気温がグッと下がったような気がした。



浅瀬の方で水中に足を潜らせ、飛んだり跳ねたりする子どもは、暑さなどすっかり忘れてしまったかのように水遊びに熱中している。



そんな様子を見てるだけで、自分の心が癒されていくのを感じる。



すると、そんな子どもたちに混ざって1人、明らかに他の子供たちと背丈の違う子どもの姿があることに気がついた。




「ヒャッホーウ!! 気持ちいいーー!!! 悠たちも来いよー!めちゃくちゃ冷たくて気持ちいいぞ!! 」




その浅黒く日に焼けた背丈の高い子供が、大声で俺の名を呼ぶ。


俺は朝霧・榊原と顔を見合わせ、呆れたように肩を落とす。



別に川に入るのは構わないが、そこら辺の子供たちに混ざるのはやめていただきたかった。


今もまさに子供たちの保護者らしき人たちが、奇妙なものを見るような目で秀一のことを見ている。



「うちの子がご迷惑をおかけしてすみません」とでも言いに行かなければならないのだろうか……



「榎本……暑さで判断力が鈍ってるんじゃないかな……」


朝霧が哀れみの表情を浮かべてそう呟くと、榊原は肩を震わせてクスクスと笑いだした。



「でも、ほら見て。榎本君、子供たちに気に入られているみたいよ?」


榊原の見ている方向に視線を向けると、確かに秀一を中心に子供たちが集まっている。



「まぁ……確かにな。ここは、子供たちに迷惑をかけていないだけ褒めるべきか」


「そだね。……は〜ぁ。仕方ないなぁ〜、もぉ〜。……羽島、麗ちゃん!私たちも行こっか! 」



朝霧は呆れ半分感心半分といった表情をして言うと、榊原の手を引いて煌く渓流の方へと駆けて行った。




2人が秀一の元へ駆けて行き、俺も後を追って歩き出そうとした、その瞬間 ——



渓流釣り場に一陣の風が吹いた。



草木の匂いや川の匂いを乗せた夏の風に木々の枝や葉が揺さぶられ、カサカサと音が響く。



それはまるで、木々が言葉を発しているようにも聞こえた。




「……あぁ、そうだな」




俺は誰に対してでもなくそう呟くと、美しく煌く渓流の方へと足を踏み出した ——












































読んでいただきありがとうございます。


感想をいただけて、モチベがガン上がりしております。


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