第50話「夏休みについて(16)」
第50話目です。
管理棟を出て、左側に少し歩くと大勢の利用客で賑わう調理場が視界に入ってきた。
赤い三角屋根の下に年季の入ったキッチンシンクやテーブル・ベンチがいくつも並び、利用客はテーブルを囲んで談笑しながら昼食を食べ進めている。
調理場にさらに近づくと、カレーのスパシーな香りが漂って来た。
「いい匂いするねー!なんかまたお腹すいて来ちゃったよ〜」
カレーの香りに鼻腔をくすぐられた朝霧が腹部に手を当てる。
「やっぱり、自分たちで作って野外で食う飯は、普段の何倍も美味く感じるよな〜」
秀一もそう言って、物欲しそうに調理場の方を眺める。
「キャンプ飯の定番と言えば『カレー』ってのは、やはりどこの地域でも同じらしいな」
そう言う俺も、先程食べた昼食が胃の中で急速に消化され、再び空腹状態に近づいているのを感じている。
「あっ、あそこにいるグループはバーベキューをしてるわね。こうして見ているとやっぱりお腹空いて来ちゃうわよね」
榊原はバーベキューをしている若者のグループを指差すと、顔をこちらに向けて少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「確かにそうだな。……それじゃあ、調理場の場所と設備も確認できたし、次行くか」
「そだな!行こうぜー!」
そう言って秀一は、食欲をそそるカレーの香りが漂う調理場の横を通って再び歩き始めた。
「それで、次はどこ行くの?」
「えーっと……そうだな、ここから近いのは…………シャワールームだな!」
朝霧の問いかけに対して、秀一はポケットからスマホを取り出し、先程撮っておいたらしいキャンプ場のマップを確認しながら答える。
「シャワールームかぁ……ねぇ!麗ちゃん。夜になったら一緒に入ろうよ!」
「えぇ。是非、そうしましょう」
朝霧の提案に、榊原は微笑みながら言葉を返す。
女子同士のこう言う会話は場が和んでいい。
もし、俺が秀一に朝霧が榊原に言ったのと同じような事を言われれば、寒気が止まらなくなっているところだっただろう。
まぁ……結局は一緒に入ることになるんだろうけれど。
そんな事を考えていると、それらしい建物が目の前に現れた。
『シャワールーム』と書かれた看板が設置されたその建物は、ログハウス風の作りになっていて、外観は見た感じ新しいように思える。
「なんか、『The・キャンプ場』って感じのする作りだね!」
ログハウス風のシャワールームを見た朝霧は、目をキラキラと輝かせながら声を弾ませた。
「中はどうなっているのかしら?」
「ちょっと中、覗いてみようぜ」
榊原の疑問に答えるように口を開いた秀一は、『男性用シャワールーム』と書かれた方の入り口へ入って行く。
「それじゃあ、私たちは女性用の方見てみるね。麗ちゃん行こ!」
そう言って朝霧と榊原は男性用の右隣にある女性用に入っていった。
「悠!早く来いよ!」
「おう」
秀一に急かされるようにして俺も男性用シャワールームの中へ入った。
シャワールームの中には扉のついた個室が計10室あり、外観同様、中も掃除が隅々まで行き届いていて清潔感があり、真新しく見える。
この時間帯でシャワールームを利用する者は流石にいないらしく、個室の扉は全て開いていた。
「榎本ー。羽島ー。確認し終わった〜?」
男性用シャワールームを見回していると、女性用の方を確認し終えたのか、入り口から俺たちを呼ぶ朝霧の声が聞こえた。
「あぁ。今戻る」
外で待つ朝霧たちにそう言って、俺と秀一は男性用シャワールームを出ることにした。
「あっ!きたきた!男性用の方、どうだった?」
俺たちが男性用シャワールームから出てくるなり、朝霧が尋ねてきた。
「かなり綺麗だったよ!それで、女性用の方は?」
「うん。こっちもかなり綺麗だったよ。キャンプ場のシャワールームって、なんか汚れてて虫とかも多いイメージだったけど全然!汚れ1つ無くてびっくりだったよ!」
朝霧は嬉々とした表情で感想述べた。
細かいところも決して手を抜かずに清掃されているところから、利用客に対する真摯な姿勢が窺える。
『より多くの客が気持ちよく利用できるように』という思いやりの精神が、そのまま現れているように感じた。
キャンプ場にいる利用客全員が、満足そうに笑顔を浮かべている理由がよく分かった気がする。
シャワールームを確認した俺たちは、一度管理棟に戻ることにした。
理由は、この先にあるキャンプサイトに向かう前に俺たちが今夜寝床とするテントを管理棟に借りに行くためだ。
そういうわけでシャワールームから管理棟に戻ってきた俺たちは、簡易テントとシュラフ、ランタン、その他必要になりそうなものを受付にいる秀一の叔父さんから借り、キャンプサイトへと向かった。
テントを借りる時に叔父さんから「2人でテントを使う時は2人用より一回り大きい3人用のテントを使うといい」というアドバイスを受け、俺は朝霧たちの分も合わせて計2つのテントを担ぎながらキャンプサイトまで歩くことになった。
こういった荷物運び等の力仕事は俺と秀一の役割だ。
部活で鍛えている朝霧はともかく、榊原にまで荷物を持たせるのは忍びない。
そんなことを考えながら、俺と秀一は互いに子供1人分ほどの重さがある荷物をキャンプサイトまでなんとか運び終えた。
柔らかい芝生の上に担いでいた荷物を置き、ぐるっと辺りを見回すと、広大な芝生キャンプサイトにいくつものテントが張られているのが見える。
「こんなにたくさんの人が来てるのかぁ……」
秀一が感心するように呟く。
「あそこにあるテントなんて、本格的にアウトドアする人向けのものでしょう?なんだか凄いわね」
榊原がそう言って視線を向ける先には、他のテントとは明らかに大きさの違うロッジドーム型のテントが見える。
あれはこのキャンプ場で貸し出されているタイプのテントではないため、おそらくベテランキャンパーのものだろう。
「ねぇねぇ!私たちも早くテント建てようよ!」
「そうだな。早くテント建てて、まだ見てないところ見て周りたいしな」
俺は朝霧の提案に賛同すると袋からテントを取り出し、早速テントを組み立てる。
「組み立てる」とは言ったが、最近のアウトドア業界の進歩は凄まじく、なんと貸し出されたテントは自立式のワンタッチテントと言って、まるで傘を開くように簡単に建てることが出来た。
今まではテントの間にポールを通したり、ペグを打ったりと工程が多く、1つ建てるだけでも大変そうだと思っていたが、どうやら俺が知らない間にテントはここまで進化していたらしい。
これなら女性でも簡単にテントを建てることが出来る。
最近、アウトドアを趣味にする人が多くなって来ているのも、こう言ったアウトドア用品の目まぐるしい発展が要因の一つになっているのだろう。
案の定、朝霧と榊原もまるで新しいおもちゃに触れるかのように、はしゃぎながらテントを建てていた。
そうしてお互いにテントを建て終えると、風で飛ばされないようその中に荷物を入れ、俺たちは再び、緑生い茂る木々に囲まれた、土と太陽の香りが満ちるキャンプ場の散策へと移った——
読んでいただきありがとうございます。
記念すべき第50話目です。
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