第47話「夏休みについて(13)」
真柳教授の講演会から3日後。
アブラゼミのけたたましい大合唱が響く中、冷房の効いた快適な部屋で机に向かい夏休みの課題を進めていると、机に置いてあるスマホに着信が入った。
唐突な着信音に驚いた俺は手に持ったシャープペンシルを机に置き、スマホのディスプレイに表示されている発信主の名前を確認する。
そこには、プール以来連絡を取っていなかった『榎本秀一』の名前が表示されていた。
俺はディスプレイをタッチして、スマホを耳元に当てる。
「もしも—–—」
「キャンプ行こうぜ!!!」
電話に出るなり、秀一の馬鹿でかい声がスピーカーを通して俺の鼓膜を振動させた。
スマホから耳を離し、改めて口を開く。
「声がでかい……」
しかし秀一は声のボリュームを下げる事なく、話を続ける。
「なぁ、悠!キャンプ行こうぜ!!!」
「それはさっきも聞いた。……で?突然どうした」
秀一の突然な提案に対し、冷静に言葉を返す。
すると秀一は「実はさ……」と事の経緯を話し始めた。
秀一の話を要約するとこうだ。
夏休みと言う事で、親戚が経営するキャンプ場に秀一が招待された。
その時に、学校の友人でも誘ってくるといいと言われ、真っ先に俺に電話をかけてきた。
利用料は特別に無料で、テントや調理器具の貸し出しもしているため、荷物はそんなに必要ないらしい。
秀一の話を一通り聞いた後、俺はいくつか気になっていることを尋ねてみた。
「なるほど……大体話の内容は理解した。それで、キャンプはどこで、いつやる予定なんだ?あと、秀一は部活大丈夫なのか?」
「キャンプ場は時雨町にあって、やるのは今週の土日。部活の方は休みだから大丈夫!ちなみに、あとで莉緒と榊原さんも誘う予定」
秀一は相変わらず楽しそうに弾んだ声で話す。
「時雨町か……遠いな。キャンプ場までは、どうやっていくんだ?電車か?それともバスか?」
「えっと、もしキャンプに行く場合はキャンプ場を経営してる親戚が車で迎えにきてくれることになってる。だから、交通費の心配もしなくていいと言うわけだ!」
秀一は誇らしげに話す。
「そういうわけだから、行こうぜ!キャンプ!利用料・交通費はなんとタダ!テントや調理器具の心配もいりません!さらにさらに!そのキャンプ場から見る星空はそれはもう綺麗で綺麗で評判なんですよ〜!こんな機会滅多にありませんよ奥さん!!」
まくし立てるように話す秀一は、どこぞの通販番組の司会者をイメージさせた。
俺は秀一の話を聞きながら、部屋のカレンダーに目を向ける。
まぁ、当然といえば当然だが、カレンダーは文字通り真っ白で、これといった予定は書き込まれていない。
せっかくの夏休み。
遠出するのも有りだろう。
俺はスピーカーの向こうで延々とプレゼンを続ける秀一の言葉を遮って答える。
「……わかった。行くよ、キャンプ」
「それでもうキャンプ場は自然がいっぱいで……って、マジか!行ってくれるのか!いや〜、さすが悠!!ノリいいねぇ!!それじゃあ、早速莉緒と榊原さんも誘ってみるよ。結果わかったら改めて連絡するから。んじゃ!」
「あっ……おい」
秀一はそれだけを伝えると、早々に電話を切ってしまった。
かけてくるのも突然、切るのも突然。
夏の夕立みたいなやつだな、本当に……
俺は大人しくなったスマホを机の上に戻すと、代わりにシャープペンシルを手に持ち、再び課題に取り組んだ——
そして、時は進み時刻は22時。
夕食を食べ、風呂に入り、部屋で課題やらネットサーフィンやらに耽っていると、本日2度目の着信音がスマホから鳴り響いた。
発信主は1度目と同様、榎本秀一だ。
俺はディスプレイをタッチして電話に出る。
「もしもし」
「あっ、悠?莉緒たちも誘ってみたよ」
「ほぅ……それで、どうだった?」
「2人ともオッケーだってさ!これでまた4人で遊びに行けるな!」
そう言う秀一は、スピーカー越しでも分かるほど次のイベントを楽しみにしているようだった。
俺も秀一と朝霧と榊原の4人で、また思い出を作れることに喜びを感じていた。
「バーベキューも天体観測もできて、一石二鳥だな!親戚の方には明日にでも俺から連絡しておくからさ」
「あぁ、よろしく頼む。それで……俺は小学生の時に、学年行事で一度キャンプをしたくらいしか経験がないんだが、キャンプ場で貸し出されるもの以外で何か必要なものはあるのか?」
キャンプが行われるのは今週の土曜日。
何か揃えておかなければならないものがあるなら、早めに準備しておきたい。
そう思って、俺は秀一に尋ねた。
「あー、そうだなぁ……強いて言うなら、虫除けスプレーと市販の薬、あとはタオル、飲み物、着替え……こんな感じかな?まぁ、大体のものは向こうに揃ってると思うし、近くにコンビニもあったはずだからなんとかなると思うぜ」
「なるほど……わかった。それじゃあ、また何かあったら連絡くれ」
「了解了解!一応グループチャットの方でも持ち物について書いておくよ。……楽しいキャンプになるといいな。んじゃ!」
「盛り上げ役は秀一に任せたぞ。それじゃあ」
そうして秀一との通話が終了した後、俺は秀一に言われたものをすぐさまメモした。
タオルや衣類は家にあるものを持って行くとして、虫除けスプレーと薬だけ新しく購入する必要がありそうだ。
メモ終えた後、俺はふと秀一の親戚が経営していると言うキャンプ場がどんなところなのか気になり、ネットで検索をかけてみた。
「時雨町 キャンプ場」で検索をかけると、キャンプ場が1つヒットした。
ホームページを見てみると、施設案内のすぐ隣に『オススメスポット』という項目がある。
試しにクリックしてみると、秀一の言っていたキャンプ場から見えるという星空の画像が何枚か出てきた。
そのうちの一つを拡大して見ると、そこにはほたる市からでは見ることのできないであろう満点の星空が写っていた。
夏の夜空に散りばめられた星々は、まるで砂金のように光り輝き、星の川を作り上げている。
画像でこの美しさならば、実物は一体どれほどの輝きと迫力を持っているのだろう……
その日の夜、俺は週末のキャンプに胸を躍らせ、夏の夜空に輝く星々の姿を想像しながら、静かに深い眠りへと落ちていった——
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