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白の無才  作者: kuroro
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第46話「夏休みについて(12)」

市民ホールのエントランスを出ると、空は茜色に染まり、まとわり付くような暑さはなく、涼しい夕風が吹いていた。


昼間はあんなにも騒がしかったアブラゼミの鳴き声は、この時間帯になると風情を感じさせるヒグラシの鳴き声に変わっている。


カナカナという耳心地のいい鳴き声を聴きながら、俺は市民体育館前のバス停に向かった。



現在の時刻は18時半。


田舎町の最終バスは早い。


次に来るバスが本日最後のバスになる。



バス停にはプール帰りらしき女子学生グループと、俺と同じく講演会に参加していたらしい中年男性が数名並んでいるのが見える。


俺はバス停に着くと列の最後尾に並び、彼らと一緒に最終バスが来るのを待った。



雨風にさらされ、ボロボロになったベンチや時刻表が茜色の光を浴びて輝いている姿は、ノスタルジックな雰囲気を醸し出している。



しばらくすると、エンジン音と共に最終バスがやってきた。


速度を落とし、バス停の前でしっかり停車すると空気が勢いよく抜けるような音と共にドアが開いた。


列が車内に吸い込まれるように進んでいき、最後尾にいた俺が車内に乗り込むと、再び音を上げながらドアが閉まる。


運転手は俺がドア付近の1人席に腰を下ろしたのを確認すると、ゆっくりタイヤを動かし、次のバス停に向かって走り出した。



窓の外から車内に差し込む西日が顔に当たり、耳や頬がじんわりと温かくなる。


そうしてすれ違っていく見慣れた街並みを眺めながら、俺は真柳教授との一件を思い返す。



貴重な話を聞かせてもらったこと。


励ましの言葉をかけてもらったこと。


希望を与えてもらったこと。



そして、俺の話を真剣に聞いてもらえたことが、何より嬉しく思えた。



俺が『才能』についての悩みを打ち明けることができたのも、真柳教授がどんなことでも優しく受け止めてくれるような、そんな大きな存在に感じたからだろう。



そんなことを考えているうちにバスは俺が下車するバス停の前まで来て停車した。



鞄を持って席から立ち、車内から外に出ると先ほどよりも少しだけ辺りが暗くなっている。


茜色に染まっていた空の半分ほどは藍色に変わり、街の街灯にはポツポツと明かりが点き始めた。



俺を降ろしたバスはドアを閉めると、次のバス停へ向かって走っていった。


遠ざかっていくテールランプを見つめながら俺は1人、家路を歩く。



家に続く閑静な住宅街のアスファルトに目を落とすと、落陽の光で影が浮かび上がっているのが見えた。


輪郭がはっきりしない、ぼんやりとした影だ。



俺はその影をじっと見つめながら歩く。


影の中には得体の知れない『何か』が潜んでいるような気がしてならなかった。


それが『良いもの』なのか『悪いもの』なのかは分からないが、今の俺にはなんだか『良いもの』が潜んでいるように思えた。



いつもは寂しく感じる家路も、不気味に見える影も、真柳教授と話し、心が軽くなったことで全てが『良いもの』に見える。



そうして、俺は弾むような気分で家路を急いだ。






家に着くと、妹の由紀が玄関で出迎えてくれた。


両親は2人とも休日だというのに仕事があり、少し帰りが遅くなるため、由紀が今晩の夕食を作って待っていてくれたらしい。



俺は自室に鞄を置くと、由紀の待つダイニングルームへ向かった。


食卓には由紀の作ったオムライスが並べてある。


俺はキッチンで手を洗って席に着くと、両手を合わせてから目の前にあるオムライスを一目散に食べ始めた。



ケチャップライスを覆うように乗せられた卵は、いわゆる『ふわとろ』状態になっていて、オムライスを口へ運ぶスプーンがなかなか止まってくれない。


ほんのり塩気と酸味を感じるケチャップライスと濃厚な卵の甘さが絶妙なバランスを作り出していて、気がつくと皿の3分の2ほど食べ進めてしまっていた。


まるで吸引力の強い掃除機のようにオムライスを食べ進める俺を見て、正面に座っている由紀が顔にニヤニヤとした笑みを浮かべて口を開く。



「お兄ちゃん、何か良いことでもあった?」


「……何でそう思うんだ?」



俺はオムライスを口に運ぶ手を一度止めて聞き返す。


すると由紀は、何でもお見通しといった風に机に肘をつき、両手で顔を支えながら「だってさー」と話し出した。



「お兄ちゃん、表情が柔らかくなった感じするもん。今だってすごい嬉しそうな顔してるし!」


そう言われた俺は、はにかみながらはぐらかす。



「それは由紀の作ったオムライスが美味いからだよ」


由紀は「え〜、そ〜ぉ?」と照れ笑いを浮かべながら、自分のオムライスを口に運び、舌鼓を打った。



つくづく俺は、感情を隠すことに長けていないと思い知らされる。


無意識に感情が顔に出るのをなんとかしないといけないと、そう思った。





夕食を食べた後、俺は風呂で今日の疲れをしっかり解し、部屋に戻ると倒れるかのようにベッドに深く体を沈み込ませた。



時刻は20時を回っていた。



俺は両腕に力を入れ、沼のようなベッドから起き上がる。


そして、閉め切られたカーテンを開いて窓のクレセント鍵を外すと、カラカラと音を立てながらゆっくり窓をスライドさせた。



外はすっかり日が落ち、空には太陽の代わりに白く輝く月が上り、遠くからはカエルの鳴き声や名前の知らないたくさんの虫の鳴き声が聴こえる。



俺はそれらの音に耳を澄ませ、風呂上がりの火照った体で涼やかな夜の風を静かに感じ取った。



そうして窓枠に肘をつき、目を閉じる。




『キミはきっと己を賭けられる「何か」を見つけることができるよ』




頭の中で、真柳教授に言われたその言葉を何度も何度も繰り返す。




俺は少し焦りすぎていた。


いつになったら『才能』を、『好きなこと』を、己を賭けられる『何か』を見つけることが出来るのか。


楽しむことを忘れ、躍起になって闇雲に物事に手を伸ばしていた。



しかし今日、それでは見つかるものも見つからないということがわかった。


俺も日々の生活の中から、何か夢中になれるものを探し、それに没頭する必要がある。



秀一と朝霧が真剣に陸上と向き合うように。


榊原が自分で物語を、小説を書こうとするように——



俺には幸い、持て余すほどの時間がある。


その時間の中で俺が求めるもの、心から『好きだ』と思えるものを探していこう。




俺は机の上に置かれた鞄から真柳教授の名刺を取り出すと、スマホを開いて連絡先に真柳教授の名刺に記載されている電話番号とメールアドレスを追加した。


真柳教授が担当する授業に見学に来ないかと誘われた件も、どうするか考えて置かなければいけない。




俺は藍色に覆われた中で、無数の星々がポツポツと輝く夏の夜空を見上げる。


遠くで聴こえるカエルたちの鳴き声が今年の夏は例年よりも忙しくなりそうだと、俺に教えてくれているような、そんな気がした——
















読んでいただきありがとうございます。


評価・感想・ブクマ・レビュー等お待ちしています。


読了ツイートの方もよろしく願いします。

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