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白の無才  作者: kuroro
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第43話「夏休みについて(9)」

部屋に充満する息苦しいほどの蒸し暑さと、窓の外から聴こえるけたたましい蝉の鳴き声で、俺は深い眠りから目を覚ました。


腹部に乗っている掛け布団を取り払い、寝返りを打ちながら鉛のように重い瞼を開き、枕元にある冷房機のリモコンに手を伸ばす。


寝起きで少し痺れているような感覚がある腕でリモコンを探し当て手に取ると、真上に設置されている冷房機に向けて運転ボタンを押した。


ピッという電子音と共に冷房機の起動音が鳴り始め、部屋の中には徐々に冷風が送り込まれていく。


俺は冷房機のリモコンを枕元に戻すと、再び瞼を閉じ、まどろみの中へと逃避した。



しかし数分もしないうちに、耳をつんざくような蝉の大合唱で現実へと引き戻された。


俺は獣のような唸り声を上げながら、もぞもぞと体を動かす。


部屋が幾分か涼しく感じるようになったところで、ようやくベッドから起き上がった。



ぼんやりともやのかかった頭でスマホを起動し、ディスプレイに表示された時刻を確認すると既に12時を回っていた。


俺は寝起きのかすんだ目でディスプレイに表示された時刻を眺め、始業式の日に教壇で佐倉先生が口にした言葉を思い出す。



『夏休み中も規則正しい生活を心掛けるように!』



その言葉がまるで責め立てるかのように脳内でリフレインする。


俺はバツの悪そうな表情を浮かべながら電源ボタンを押してディスプレイを閉じると、隙間から光が漏れ出すカーテンに手を伸ばし、勢いよく開いた。



窓の外には昨日の大雨が嘘のように、雲ひとつない青空が広がっていて、直視すれば眼が焼かれてしまいそうなほどの陽光が街全体に降り注いでいる。


カーテンを開けたことで、鳴り響く蝉の鳴き声はより一層勢いを増したように感じられ、俺は思わず顔をしかめた。





榊原達と市民プールへ出掛けてから早いことで3日が経過した。


あんなにも長く感じた1日が、だらだらと過ごしているだけでこんなにも早く感じるのは何故なのだろう。




俺はそんなことを考えつつ、その鳴き声から逃げるように部屋を出る。


しかし階段を降り、リビングに来たところでその鳴き声が勢いを弱めることはなかった。



リビングには一切の生活音がなく、聴こえるのは蝉の鳴き声と外を走る車のエンジン音だけ。



大人の世界に夏休みは存在しないため、両親はいつも通り仕事に出かけている。

妹の由紀はおそらく部活に行っているのだろう。



俺は1人、リビングのソファーに腰を下ろすと、手元にあったリモコンで目の前のテレビの電源を点けた。


しばらくしてテレビ画面には、平日の昼に放送している情報バラエティ番組が写りだし、スピーカーからは賑やかな笑い声が聞こえてきた。


俺はリモコンでテレビの音量を上げ、外から聞こえる蝉の鳴き声を掻き消す。



ちょうど、首都圏で今流行りのグルメ紹介に入ったところで、腹の虫が控えめに鳴いた。


俺はソファーから重たい腰を上げ、何か昼食になる物は無いかとキッチンの方へ向かう。



冷蔵庫の扉を開け中を覗くと、母親が作り置きしてくれたであろうおにぎりを発見した。


白い円形の皿に丁寧に並べられ、ぴっちりとラップを貼られたそれを取り出すと、俺はラップを取り外して電子レンジの中へ皿ごとおにぎりを放り込んだ。


そして1分ほど加熱した後、電子レンジから熱せられた皿を取り出し、それを持ってダイニングテーブルへと移動する。


ダイニングテーブルの上におにぎりの乗った皿を静かに置き、キッチンに飲み物とコップを取りに行こうとした時、テーブルの隅に置いてある1枚の広告用紙に目が留まった。



「……なんだこれ」



俺はそれを手に取り、内容をさっと眺める。



「『真柳誠まやなぎ まこと氏 講演会』……?」



そこには30代前半……いや、20代後半に見える若々しい顔に細いメタルフレームのメガネをかけた柔和な表情の男性の写真と共に、明朝体の文字で強調するかのようにでかでかとそう書いてあった。


写真の下には、『真柳誠氏』の経歴が記載されている。


俺はその経歴を目でなぞるように読み進めた。




凪波なぎなみ大学心理学部卒業後、凪波大学大学院へ進む。


その後、27歳という若さで母校である凪波大学の教授として活躍。


いくつもの書籍を出版し、代表作には『天才と凡人の差』などが挙げられる。





経歴に目を通し、俺は「ほぉ……」と感心のため息をこぼす。


凪波大学と言えば、名門中の名門。

大学の卒業生には世界的に活躍する企業家や政治家、アーティストが多く存在する。


その大学に27歳という若さで教授として就職する彼は、紛れもない『天才』であることが目に見えて分かった。



そんな有名大学の教授が、一体この田舎町に何の講演会を開きに来たのか。


俺はふと気になって広告の裏側に書いてある講演内容に目を通した。


するとそこには、頭の中にかかっている靄を一瞬にして薙ぎ払うような、気になる一文があった。




「……『才能に悩む若者へ』」




無意識にその言葉を読み上げる。



そして俺は再び広告を表にし、講演会の開催日時と時間、開催場所を確認する。


講演会が行われるのは2日後の土曜日。


ほたる市の市民ホールで16時から18時の2時間行われるらしい。



俺はポケットからスマホを取り出してカレンダーアプリを開くと、2日後の土曜日に『講演会』というタイトルと共に印をつけた。





このたった1枚の広告用紙が、その後の俺の人生に大きく関わってくることになるとは、その時の俺には知る由もなかったーー















いつも読んでいただきありがとうございます。


さて、いよいよ物語が動き出そうとしています。

物語の中で夏休みが終わる頃には、一体どんな結果が待っているのでしょう。


そんなことを想像しながら、今後も読み進めていってもらえると嬉しく思います。


毎度のことで申し訳ありませんが、Twitter等での宣伝にご協力ください。

感想等もお待ちしております。


それでは。

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