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白の無才  作者: kuroro
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第20話「テスト勉強と蛍について(2)」

俺はトーストをかじりながら、そばにあったリモコンでテレビを点けた。


リモコンでチャンネルを切り替え、朝の情報番組のところに合わせる。


テレビの右上には7時25分とデジタル時計で表示されている。


情報番組ではちょうど、美人なお天気お姉さんが今日の天気予報を紹介するところだった。


『本日は朝から夜にかけて強い雨となるでしょう。お出かけの際は傘をお忘れなきよう、十分注意してください』


可愛らしい笑顔で言うと、映像はスタジオに戻り、天気予報から国際情勢の話題に切り替わった。


「今日も雨か……」


俺は憂鬱な表情で、口にトーストを詰め込むと、冷めてぬるくなったブラックコーヒーを胃に流し込んだ。


朝食を食べ終えた俺は、傘立てから傘を取り出すとキッチンで食器を洗っている母さんに「いってきます」と一言声をかけ、家を出た。


玄関の扉を開けると、お天気お姉さんが先ほど言っていたように外ではとても強い雨が降っていた。


俺は苦虫を噛み潰したような表情で傘を開くと、思い切って雨の中へ飛び込んだ。






学校へ着いた頃には、制服のズボンが雨で濡れてしまっていた。


雨は正面から吹く風と相まって、傘という名の防御壁をいとも容易く突破してきた。


濡れたズボンが太ももにびっしりと張り付いて、とても気持ちが悪い。


生暖かい雨が太ももから全身に染み込んでくるようだ。


俺はロボットダンスのようなぎこちない動きで靴を履き替えた。


不快感に耐えながらなんとか靴を履き替えると、正門から昇降口に向かって見覚えのある赤色の傘を差した生徒が走ってくるのが見えた。


その生徒は若干息を上げながら昇降口に着くと、傘を閉じ、傘についた雨粒を振り払ってから傘立てにしまった。


「よう、榊原。今日もすごい雨だな」


俺はその生徒ーー、榊原麗に声をかけた。


榊原は俺に気がつくと、「あら、羽島君。おはよう。ほんと、すごい雨ね」と、いつもの明るい笑顔で近寄ってきた。


俺はふと榊原のスカートに目をやると、やはり俺と同じように雨で濡れていた。


榊原も濡れたスカートが太ももに張り付くのが不快らしく、両手でスカートの端を持つとパタパタと扇いで乾かし始めた。


激しくはためくスカートから、チラチラと榊原の艶かしい太ももが見える。


ほんの数秒、その白くてハリのある柔らかそうな太ももに目が釘付けにされたが、俺はハッと我に帰り目を逸らした。


どうやら榊原には気付かれていないらしい。


俺は安堵のため息を漏らすと榊原に声をかけ、一緒に教室へと向かった。





教室に着いてからはいつもと変わらぬ日常だった。


午前中の授業を受け、秀一と一緒に昼食を食べ、睡魔と闘いながら午後の授業を受け、気がつけばもう放課後だ。


俺は昨夜思い出したことを榊原に伝えようと、教室内を見回し榊原の姿を探した。


しかし、榊原の姿はどこにも見当たらない。


ひょっとしてと思い、俺は秀一に先に帰ることを伝えると鞄を持ち、職員室へ向かった。


「あ、やっぱり」


予想通り、ノートを持った榊原が教師陣に何やら質問を繰り出していた。


俺は榊原が質問し終わって、職員室から出てくるのを待った。


「ありがとうございました。それでは失礼します」


しばらくすると、職員室のドアから榊原が出てきた。


「よう、榊原」


「あら、羽島君。羽島君も先生に質問?」


俺に呼ばれて反応した榊原は、そう言ってこちらに向かってきた。


「いや、そういうわけじゃないんだ。ちょっと榊原に話したいことがあって……」


すると、榊原はきょとんとした顔で「話したいこと?」と尋ねるように呟いた。


「榊原、今週の日曜って暇か?」


「えっ?……えぇ、テスト勉強をしようと思ってただけで特に予定はないけれど……」


「そうか。それで……あの……、もしよかったら、一緒に……蛍を見に行かないか?」


紫陽花祭りに榊原を誘った時は普通に言葉が出てきたのに、今回はなんだか恥ずかしい事をしているような気がして、言葉がうまく出てこなかった。


手汗が酷い。


ズボンで手のひらをぬぐうが止まる気配がない。


心臓も激しく脈を打っている。


ただ、榊原に蛍を見せたくて誘っているだけなのに……。



すると、榊原の口がゆっくり開いた。


「蛍……、いいわね。私も見てみたいわ!」


俺は安堵のため息を漏らす。

断られたらどうしようかと思った。


「それなら今週の日曜の夜、蛍を見に行こう。詳しいことは後で連絡するよ」


「わかったわ」


榊原は口元にうっすらと笑みを浮かべて言った。



伝えることを伝え終わった俺は昇降口へ向かおうとした。


「榊原はまだ帰らないのか?」


昇降口へ向かう足を止め、榊原に尋ねた。


「ええ、今日は図書室で少し勉強していこうと思って」


「そうか。やっぱり偉いな、榊原は。頑張れよ」


「ありがとう。外はまだ雨だから、羽島君も気をつけて帰ってね」


俺は「おう」と言うと、榊原に別れの挨拶を済まし、昇降口へ向かう足を動かした。



靴を履き替え、傘立てから傘を取り出すと、昇降口の外へ出た。


どんよりとした灰色の空からは、シャワーのように雨が降り頻っている。


俺は傘を開くと、雨の中を歩き出した。


今朝に比べて風はほとんどなく、真上から降ってくる雨だけが激しかった。


歩道には所々水溜りができていて、それらを避るように歩く。


ふと、道路を挟んで反対側の歩道を見てみると、こんな大雨だというのに犬をリードに繋いで散歩をしている女の子がいた。


黄色のレインコートを身に纏い、鮮やかなブルーの長靴を履いて水溜りの上をパシャパシャと飛び跳ねている。


楽しそうな女の子とは対称に、リードに繋がれた犬は本来柔らかく触り心地の良さそうな毛が雨で濡れ、寒さで震えているように見えた。


お気の毒に……


そんなことを思って見ていると、女の子の母親らしき女性が傘を差して走ってきた。


女の子は母親らしき女性に手を引かれ、来た道を戻っていく。


その時、リードに繋がれた犬と一瞬目が合った。


何かを訴えるような、そんな目をしていた。


女の子が角を曲がって姿が見えなくなると、俺は再び雨の中を歩き出した。


止めどなく傘に当たり続ける雨の音が少し強くなった。



「……やっぱり、雨は嫌だよな」



あの犬の目を思い出しながら、俺は灰色の染まった空を見上げてそう呟いたーー。



読んでいただいてありがとうございます。

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