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白の無才  作者: kuroro
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第16話「紫陽花祭りについて(4)」

俺たちは駅から少し歩いて紫陽花祭りの会場となる、ほたる通りに到着した。


ほたる通りには多くの出店が並んでおり、紫陽花祭りに参加する大勢の人々で溢れかえっていて、会場のいたるところには見る者の心を癒す紫陽花がいくつも飾ってある。


「わぁ……!人がたくさん。それに、飾ってある紫陽花もとっても綺麗!」


会場に着くなり、榊原は辺りを見回し感嘆の声を上げた。


俺は去年も秀一と一緒に紫陽花祭りに参加したが、これほどの人数はいなかったと記憶している。

どうやら今年は例年以上に盛り上がっているようだ。


「なぁなぁ!早く出店に並ぼうぜ!焼きそば売り切れちまうよ」


秀一は紫陽花には目もくれず、近くにある焼きそば屋の屋台を指差して言った。

『花より団子』とは、まさにこのことだな……


秀一は俺たちの返答も聞かずに急ぎ足で屋台へと向かって行った。


はぐれると悪いし、俺たちも行くか」


俺は呆れた顔をして榊原と朝霧に向かって言うと、2人はコクリと頷いた。


焼きそば屋の屋台は長蛇の列で、列の最後尾がどこなのか一瞬分からず俺は戸惑ってしまった。


一足先に列に並んだ秀一が「おーい!」とこちらに向かって手を振っているのに気付き、なんとか俺たちも列に並ぶことができた。


「それにしてもすごい人の数だな……」


「今年はいつもの紫陽花祭りと違って晴れてるからじゃない?」


顔を歪めた俺の呟きに朝霧が答えた。


そういえば、毎年紫陽花祭りに日は雨が降っていた。

梅雨のイベントということもあり、むしろ雨が降っていることが普通だったのだが、今年は珍しく快晴でそれによって参加者も増えているらしい。




そうこうしているうちに列は進み、ようやく俺たちの番が回ってきた。


「おじさん!ソース焼きそば1つください!」


「俺も同じものを1つ」


秀一は前の客がいなくなると、屋台の奥で頭にタオルを巻きながらひたすら焼きそばを炒めている中年の男性に声をかけた。


秀一の後に続いて、俺も同じものを注文する。


「あいよ!後ろのお嬢ちゃんたちはどうする?」


屋台のおじさんは、俺の後ろにいる榊原と朝霧をチラリと一目見るとそう言った。


「私も同じやつください!」


「では、私も同じものを」


朝霧と榊原の注文を聞き終えた屋台のおじさんは、白い歯をニカッと見せると熱せられた鉄板で4人分の焼きそばを炒め始めた。


俺たちは注文した焼きそばができるまで、屋台の端にずれて待つことにした。


待っている間ふと後ろを振り返ってみると、焼きそば屋の屋台に並ぶ列は先ほどよりも長くなっていて、混雑を極めていた。


列の長さに呆気に取られていると、「お待たせしましたー」と屋台の奥からアルバイトらしい若い男性が俺たちの焼きそばを持ってやってきた。


「ソース焼きそば4人前で1000円になりまーす」


俺たちは1人250円ずつ財布から小銭を出して、焼きそばを受け取った。


焼きそばを無事購入した俺たちはその後、たこ焼きや飲み物を買うため、さらに列に並んだ。




あらゆる出店に並び、買い物を済ませた俺たちは、比較的人が少ない会場の奥へ行くと道路脇の縁石に腰を下ろした。


俺と秀一はともかく、縁石に座ることで朝霧と榊原の服が汚れるのが少し申し訳なかったが、あいにくベンチやテラス席は空いていなかったため仕方がない。


縁石に座ると、秀一は出店で買った焼きそばや飲み物を俺たちに配った。


買った時は出来たてで温かかった焼きそばは、その後いくつもの出店に並んだことですっかり冷めきっていた。


「それじゃあ、食べようぜ!」


秀一はそういうと、手を合わせてから豪快に焼きそばを食べ始めた。


秀一が食べ始めたのを見て、俺たちも手を合わせる。


俺はパックの蓋を留めている輪ゴムを外し、割り箸を割ると青海苔や紅ショウガの乗った焼きそばを頬張った。


「おお!うまいな」


冷めきっていても味に変化は無いらしく、焼きそばにかかっているソースのどこか懐かしい匂いが食欲をかきたてる。


隣を見ると、3人とも満足げな表情をして焼きそばを頬張っていた。


俺たちはしばらくの間、目の前を通る大勢の人々を見ながら少し早めの夕食を食べた。







「よし。次行くか!」


出店で買った夕食を食べ終えた秀一が突然立ち上がった。


「行くってどこに?」


朝霧が首をかしげて聞いた。


「出店に決まってんだろ。まさか、焼きそば食って終わりだと思ったのか?祭りなんだぜ!?もっと楽しまないとダメだろ!」


秀一は拳を握りしめ、朝霧に対し熱く語り始めた。


「祭りというのはだな……」と、秀一による祭りの極意を長々と聞かされた俺たちは、渋々秀一の出店ハシゴに付き合うことにした。


確か、去年秀一と二人で紫陽花祭りに来た時もこんなことがあったな……


覚えていたらこいつの誘いには乗らなかったのに。


そんなことを考えながら、クレープの屋台に並んでいると聞き覚えのある声で呼ばれた。


「あれ?お兄ちゃん?」


「ん?あぁ、由紀。お前も来てたのか」


「うん。部活の帰りにみんなと寄っていこうってことになったんだー」


名前を呼ばれて振り向くと、そこには妹の由紀が学校の友人らしい複数の女子生徒と一緒に立っていた。


由紀が俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶと、由紀の友人のうち1人が俺の顔をじっと見つめて興味深そうに由紀に尋ねた。


「この人、由紀のお兄ちゃんなの?」


「そうだよー。蛍山高校の1年生」


「そうなんだー。なんかあんまり似てないね!」


由紀の友人が悪戯っぽく笑っていうと、周りにいた他の女子たちもつられて笑い出した。


由紀は「よく言われるんだよねー」とはにかみながら言うと、今度は俺に質問をしてきた。


「それはそうとお兄ちゃん。どっちがお兄ちゃんの彼女?」


由紀は俺と一緒に列に並んでいる朝霧と榊原を見て言った。


突然自分たちの話題を出された朝霧と榊原は、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「どっちも彼女じゃない」


俺は気まずい雰囲気になる前にキッパリと答えた。


「えー、つまんないのー」


由紀は眼を細めると、拗ねたような口ぶりで言った。


「そんなことはいいから早く行けよ。由紀たちもどこか行く予定だったんだろ?」


「あっ!そうそう。かき氷買いに行くんだった!それじゃあ、お兄ちゃん。私たち行くから。じゃあねー!」


由紀はそういうと、こちらに手を振りながら友人たちと一緒にかき氷屋の屋台の方へ向かっていった。


「はぁ……」


「あれが羽島君の妹さん?とても可愛らしいわね」


由紀がいなくなって安堵のため息をもらす俺を見て、榊原が口を開いた。


「あぁ。第一中の1年生で一応吹奏楽部に所属している。家にいると母親が2人いるのかと思うくらい世話焼きなんだよ」


「ふふっ、羽島君。妹さんと仲がいいのね」


榊原は、からかうような笑みを浮かべて言った。

すると今度は朝霧が、


「羽島って妹いたんだねー。羽島とは中学の頃から一緒だったけど、妹がいるのは知らなかった!」


と、意外そうな顔をして口を開いた。


俺はなんとなく恥ずかしいような気がして、「まぁな」と一言呟くと顔をそらした。


そんな話をしているうちに列は進み、俺たちの番が回ってきた。


「どれも美味そうだなぁー!!悠はどれにする?」


秀一は子供のように目を輝かせると、クレープのメニュー表を見せてきた。


俺は榊原と朝霧にもメニュー表が見えるように、2人の方にメニュー表をずらした。


「いっぱい種類があるねー!麗ちゃんはもう決めた?私はチョコバナナにしようかなー」


たかが出店のクレープと甘く見ていたら、予想以上に種類が豊富で驚いた。

俺は数ある種類の中から、無難なチョコレートソースにすることにした。


秀一と榊原は悩みに悩んだ末、秀一はキャラメルソースを。榊原はストロベリーソースを選んだ。


クレープが出来上がるのを待ちながら、ふと腕時計を確認すると、時計の針は19時にさしかかろうとしていた。


俺たちは店員に代金を払うと注文したクレープを受け取り、クレープを食べながら会場の一番奥へと進んだ。


「麗ちゃんのクレープも美味しそう!私のと少し交換しよー!」


朝霧と榊原はお互いのクレープを食べ比べ、舌つづみを打ちながら歩いている。

クレープなんてここ最近食べてなかったが、久しぶりに食べるとやっぱり美味い。


「なぁ、悠。俺たちも交換しないか?」


朝霧と榊原のやり取りを見ていた秀一が真剣な顔をして言ってきた。


「気持ち悪いからやめてくれ……」


俺は真剣な目でこちらを見る秀一と目が合い、全身に悪寒が走ったのを感じた。



そんなことをしているうちに俺たちは紫陽花祭りの会場である、ほたる通りの一番奥まで来た。


先ほど焼きそばなどを食べた場所よりさらに進んだところで、ここには紫陽花祭りのメインとも言える紫陽花の植木が売られている。


夕方の茜色と夜の藍色が混ざり合い、美しいグラデーションを醸し出している6月の空が、淡い青色の紫陽花をさらに美しく際立たせていて俺はその光景に心を揺さぶられた。


「綺麗ね……」


俺の隣では、榊原がうっとりとした表情でその紫陽花を見ている。

榊原も俺と同じ気持ちになったのだろう。


時刻は19時を回った。

日も落ちてきて暗くなりだしている。


「暗くなってきたし、そろそろ帰るか」


俺がそういうと、朝霧が「待って!」と声を発した。


「帰る前にみんなで記念撮影しようよ!」


「おぉ!いいな、それ!」


朝霧の提案に秀一が賛同する。


俺と榊原は顔を見合わせると互いに頷いた。


それを見た朝霧は近くで朝顔の植木を売っているおばさんにスマホを手渡し、撮影を頼んだ。



「それじゃあ、撮るよ」


おばさんがスマホを構え、俺たちに左手を上げて合図を送る。


俺たちは横に一列に並び、俺は一番右に立った。

隣には榊原、朝霧、秀一の順で立っている。


俺たちはそれぞれ思い思いのポーズをとり、シャッターが切られる瞬間を待つ。


「はい、チーズ」


おばさんがそう言った瞬間、シャッターのフラッシュが光った。


俺たちは撮影してくれたおばさんの礼を言うと、撮れた写真を早速確認する。


「おー!よく撮れてるじゃん!莉緒、後でグループチャットに貼っておいて!」


秀一がぱぁっと表情を明るくして言うと、朝霧は「任せて!」とグループチャットに写真を添付した。


俺はポケットからスマホを取り出してグループチャットを開き、送信されてきた写真を見る。



秀一と朝霧はまばゆいほどの笑顔でピースをしている。

榊原は口元に少し笑みを浮かべた表情をしていて、榊原の後ろに写っている紫陽花が、より一層榊原の美しさを強めているように思えた。


肝心な俺はというと、なんだか引きつったような笑顔をしていて、隣の榊原と比較するとまさに『雪と墨』という感じがした。



……でも、まぁ、こういうのもいいかもしれないな。



俺は3人に気づかれないように微笑んだ。




こうして俺たちは紫陽花祭りを思う存分堪能したのち、帰路へと着いた。


紫陽花祭りの会場を後にしようとした頃には、すでに日が落ちきっていて空は暗くなっていた。


女子だけで帰るのは危険だからと、朝霧は俺に榊原を家まで送るように命じ、朝霧はそのまま家が近い秀一と一緒に帰って行った。


残された俺と榊原は少し困惑しながらも、とりあえず家に向かって歩き出した。



「榊原、どうだった?紫陽花祭りは」


家に帰る途中で俺は榊原に今日の感想を聞いてみた。


「えぇ。とっても楽しかったわ」


「それは良かった」


榊原は満面の笑みを見せて言うと、夜空を見上げてこう続けた。


「紫陽花もとっても綺麗だった……。私ね、紫陽花みたいな人になりたいの」


「どういうことだ?」


俺は榊原に尋ねる。


「紫陽花って、雨の日でも綺麗な花を咲かせるでしょう?どんなに辛い環境でも精一杯美しく生きようとする……。私もそんな紫陽花みたいにもっと強く生きたい。才能がなくても強く生きていける人になりたい。……でも、今の私はとても弱い。才能がない人生に酷く絶望しているんだもの。……ねぇ、羽島君。私、どうしたら強くなれるのかしら……?」


榊原は俺の方を向くと、訴えるような目をしてそう言った。


「……俺にはわからない。俺も……弱い人間だからな」



そうだ。俺にもどうしたら強くなれるのかなんてわからない。

俺も榊原と同じように、『才能』のない人生に退屈し、絶望を感じている。


俺だって、なれることなら『才能』がなくても強く生きていけるようになりたいさ。


でも、それが無理だとわかったから、今こうして必死に『才能』を探しているんじゃないか。


俺にも何か必ず『才能』はあるはずなんだーー。



俺は心の中で強く訴えた。


すると、榊原はふと足を止めてこちらを向いた。


「ねぇ、羽島君」


「どうした……?」


榊原は少し間を空けてから、ゆっくりと口を開いた。





「ーー明日、もう一度2人で紫陽花祭りに行かない?」




読んでいただきありがとうございます。


今回も少し長くなってしまいました。


読んでいたでけると嬉しいです。


感想等もお待ちしています。

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