第13話「紫陽花祭りについて」
6月ーー。
今朝の天気予報で今日から梅雨入りしたことを知った。
外に出て見ると、この間までの春らしい爽やかな朝の香りは一切せず、代わりにジメジメとした雨の香りが俺の体を包み込んだ。
俺は雨は嫌いだ。しかし、雨の匂いはそこまで嫌いではない。
どちらかというと好きな方だ。
あの独特とした雨の匂いには正式に名前があって、「ペトリコール」というらしい。
この言葉はギリシャ語で「石のエッセンス」を意味する。
ただ「雨の匂い」と言ってしまうと、なんだがネガティブなイメージしか湧かないが、「ペトリコール」と呼ぶとなんだかとても幻想的で美しいもののように感じられる。
俺は右手に持った大きめの傘を開くと、そのペトリコールに包まれながら学校へと向かった。
榊原がクラスに転入してきてから、もう2週間が経つ。
榊原もようやくクラスに慣れ始めたようで、最近では自分から周りにコミュニケーションを取りに行っている。
転校してきたばかりで、いろいろと不安に思うところもあっただろう。
それでも榊原は自ら積極的に周りとコミュニケーションを取るよう心がけ、俺からはもうすっかりクラスに溶け込めているように見えた。
榊原に同性の友人ができて、俺は自分のことのように嬉しく思った。
そんなことを考えていると、目の前に鮮やかな赤色の傘をさして歩いている榊原の姿が見えた。
俺は少し足を速めて、榊原に声をかけた。
「おはよう、榊原」
「あら、おはよう。羽島君。今日から梅雨入りだそうね」
榊原は俺に気がつくと、赤色の傘からチラリと顔を覗かせて言った。
「そうみたいだな。榊原は雨って好きか?」
俺は榊原に、なんとなくそんなことを聞いてみた。
すると、榊原は少し考え込んでから答えた。
「そうね……、あまり好きではないかもしれないわね。雨が嫌いというよりも、「雨が降ったことで起こること」が嫌いと言った方が正しいかしらね。例えば、服が濡れるとか、湿気で髪が上手くまとまらないとか……」
「俺も榊原と同じだな。雨が降ってるってだけで、なんだか気分が下がる気がする。でも、雨の匂いは結構好きだな。そう言えば、雨の匂いには『ペトリコール』っていうちゃんとした名前があるらしい」
「ペトリコール……とても綺麗な響きね」
榊原は梅雨の陰鬱とした空気を忘れさせるような笑顔でそう言った。
そんなことを話しているうちに俺たちは学校へと到着した。
校門前にはどんよりとした空とは対照的に、色とりどりの傘がまるで華のように開かれている。
俺たちは昇降口に入ると、傘を閉じ、傘についた雨粒を振り払う。
傘を昇降口の傘立てに入れると、俺たちは靴を履き替え教室へ向かった。
湿度が高いせいか、廊下は湿っていて少し滑りやすくなっていた。
俺たちが教室後ろのドアを開けて中に入ると、先に教室に来ていた秀一が声をかけてきた。
「おう!悠……って、榊原さんも一緒ってどういうことだよ!まさか、本当はお前たち……」
秀一は俺たちに疑惑の目を向けて言った。
「違うって……。榊原とは学校に来る途中でたまたま一緒になっただけだ。お前が考えているようなことは何もない」
実際にやましいことは何もないため俺は胸を張ってそう断言した。
榊原と一緒に教室に入ってきたことで、またもや誤解を生んでしまうところだった。
「そうだったのか。あっ!榊原さんおはよー!!」
秀一は先ほどまでの表情から一変、隣にいる榊原に対して満面の笑みを浮かべて元気よく挨拶をした。
「おはよう、榎本君」
それに対して榊原も、秀一に負けず劣らずの笑顔を向けて挨拶を返した。
秀一との挨拶を交わした俺たちはそれぞれの席に着いた。
榊原は自分の席に着くなり、周りにいた女子に自分から挨拶を交わしに行った。
俺はそんな榊原を横目で見ながら席に着くと、カバンを机の横にあるフックに掛けた。
「あっ、そう言えば……。なぁ、悠、今年の『紫陽花祭り』はどうする?」
秀一がふと思い出したように尋ねてきた。
「あぁ、そう言えばもうそんな時期か……」
「暇なら、今年も一緒に行こうぜ!ちょうど、来週の土日は部活も休みだしな。」
ほたる市には、花に関する祭りが幾つかある。
春の桜祭り、ツツジ祭り。秋の金木犀祭り。冬の篝火花祭り……
その中の一つが、夏の「紫陽花祭り」である。
「紫陽花祭り」は毎年梅雨のこの時期に行われ、雨で沈んだ市民の心を癒そうという目的で行われたのが発祥だと言われている。
「紫陽花祭り」は、来週の土曜日と日曜日の2日間行われ、ほたる駅から繋がる道路を2日間だけ通行止めにし、そこを会場として開かれる。
もともとは紫陽花を見て楽しむだけが目的だったが、時代の変化もあり、最近では出店も多く出店していて子供から大人まで楽しめる祭りとなっている。
「あぁ、いいよ。俺も特に予定があるわけじゃないしな」
秀一の誘いを承諾してから、俺はあることを思いついた。
「なぁ、秀一。紫陽花祭りに、榊原も誘っていいか?」
「さ、榊原さんを!?」
俺の提案に秀一は、虚を衝かれたように慌てた。
「この前、榊原に街を案内したって言ったろ?その時はただ街を見て回るだけだったから、今回はしっかりほたる市の祭りを楽しんでもらいたいんだ。……ダメか?」
俺は秀一に理由を説明した。
秀一は、目の前に餌を出された犬のようにキラキラとした表情をすると、
「いいじゃん!それ!是非誘おう!!」
と、前のめりになって賛同した。
「じゃ、じゃあ、後で榊原を誘ってみるよ。 」
「頼んだぜ!悠!」
こうして、俺たちは「紫陽花祭り」に榊原を誘うことに決めたのであるーー。
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