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白の無才  作者: kuroro
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第12話「学校生活について(3)」

6限終了の鐘の音と共に、クラス委員が号令をかけた。


本日最後の授業が終わったことで、クラスからはそれまでの緊張感が消え、まるで昼寝から起きた猫のように教室内の空気がほぐれた。



時は遡り5限が終わったすぐ後、男子一同が俺の周りを取り囲むように集まった。


「で?一応言い訳はさせてやる」


クラス男子の中でも特に体格のいい山本が腕を組み、俺の正面に仁王立ちをする。


俺は山本を含めた男子に、事の経緯を説明した。




「ほぅ……。榊原さんがお前に声をかけた理由はわかった。それで?土曜にほたる市を案内したとは言ったが、それは所謂デートというやつなのでは?」


山本が「デート」という言葉を発した瞬間、またもや周りを囲む男子たちから殺気が漂い始めた。


「い、いや!違う。デートじゃない!本当にただ街を案内しただけなんだ!ふるさと公園でツツジを観賞したり、バッティングセンターで軽く運動したり、喫茶店でスイーツとコーヒーを堪能したり、ほたるヶ丘から夕日に染まったほたる市の景色を見たり……」



俺は土曜日にあったことを事細かに説明した。


これだけ誠意を持って正直に話せばこいつらもわかってくれるだろう……



俺の話を聞き終えた男子一同は、下を向くと拳をぎゅっと握りしめ、小刻みに震え始めた。


「……な、なぁ?どうしたんだよ」



男子達の様子がおかしい。


かなり細かく具体的に説明したつもりなんだが……


イメージしにくかったのだろうか。


俺がそう考えていると、山本が口を開いた。



「……それを、デートっていうんだろうがァ!!!」


山本は怒りと悲しみ、そして羨望の入り混じった声で叫んだ。


山本が叫ぶと同時に周りの男子も声を上げ出した。中には涙を流している奴もいた。


その後、俺は男子1人1人から罵声をかけられ、1発ずつ殴られた。


「……うっ……秀一、お前はわかってくれるよな?」


中学からの付き合いである秀一なら、きっとわかってくれる。


俺はすがるような気持ちで秀一に助けを求めた。


「すまん……」


秀一はそういうと、俺の頬めがけて拳を飛ばしてきた。


俺は殴られた頬を手でさすりながら、「あぁ、友情とはなんて儚いものなのだろうか……」と物思いにふけていた。


全員が1発ずつ殴り終えたところで、山本は床に仰向けにのびている俺に手を差し伸べてきた。


「羽島……これでおあいこだ」


山本は先ほどまでの怒りが嘘のように、綺麗な白い歯をニッと見せて笑う。


俺がただ一方的に殴られていただけのようにも思えたが、とりあえず誤解が解けたようで良かった。


こうして、俺はなんとか男子達との関係を取り戻すことに成功したのだった。




そして時は戻り、現在。


授業が終わったことで教室内は、部活の準備をする者、そそくさと家に帰る者、教室内でダラダラと放課後を満喫する者に分かれていた。


俺は部活にも所属していないし、教室に残ってしたいことがあるわけでもないため、さっさと家に帰ることに決めた。


前の席では秀一が部活に行く準備をしている。


「あれ?悠、帰るのか?」


「あぁ。特に残ってすることもないしな。それに、今日はなんだか疲れた」


「だろうな!それじゃあ、俺は部活行ってくるわ。悠、また明日な!」


「また明日。秀一も部活頑張れよ」


俺は秀一と挨拶を交わすとそのまま教室を出て、昇降口へ向かった。


廊下には学校指定のジャージやユニフォームを着た生徒と、俺と同じ颯爽と家に帰る生徒で溢れていた。


昇降口に着くと、靴を履き替え校舎を出る。


グラウンドでは既に練習を始めている部活もあった。


俺はグラウンドで部活に励む生徒を横目で見ながら、校門を出た。



時刻は16時。


真っ直ぐ家に帰るには少し早い気がしたため、俺は書店に立ち寄ることに決めた。



それにしても、今日は大変な1日だった。


榊原がクラスに転校してきて、俺の予想通りクラスからの人気は凄まじいものだった。


榊原に呼び出されただけで、男子一同から殺意の目を向けられるとは流石に思っていなかった。


でもまぁ、誤解が解けたようで安心した。



そして、俺が榊原のことをよく知っているつもりで、実は何も知らなかったということにも気付かされた。


自分の傲慢さ、浅はかさが嫌という程よくわかった。



それともう一つ。



榊原の涙で濡れた瞳を見たときに感じた、あの気持ちは何だったのか。


胸が熱く、締め付けられるようなあの感覚。


今までに経験したことのない感覚だった。


俺はそんなことを考えながら、胸に手を当てる。



ひょっとしたら、俺はその感情の名を本当は知っているのかもしれない。


けれど、それを口に出して確認することがなんだかはばかられて、俺はその気持ちを言葉と一緒に飲み込んだ。



「なんだろうな……全く」


「どうかしたの?羽島君」


ボソッと独り言を呟く俺の名前を誰かが呼んだ。


その声がした方を振り向くと、そこにはつい先ほどまで俺の頭の中に登場していた人物が立っていた。


「榊原!急に声をかけられたから驚いたよ」


「あら、ごめんなさい。ちょうど私が校舎を出た時、羽島君が校門のところにいるのが見えたから急いで来たのよ」


その人物、榊原麗はそういうと少し照れたように笑った。


「それにしても、羽島君。クラスの男の子たちと何か喧嘩しているように見えたけれど、大丈夫だった?事情はよくわからないけれど、困ったことがあれば私を頼ってね」



榊原は天使のような微笑みをして、そう言った。


どうやら本当に事情をよくわかっていないらしい。


俺は念のために榊原に忠告しておくことにした。


「あぁ、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だ。それと、榊原。明日から人目につくところでの会話は控えよう」


「え?何か人前では話せない理由でもあるの?」


榊原はきょとんとした顔をして言った。


「いや、そういうわけじゃないんだが、俺と榊原が二人で話していると変な勘違いをしてくる奴らがいるんだよ。そういうわけだから、その……」


俺は所々言葉を濁して説明する。


説明している途中、何だか無性に恥ずかしくなって俺はもごもごと口を動かした。


ふと榊原の方に目をやると、榊原も俺が何を言おうとしているのか理解したらしく、「あっ……」と声を発すると、たちまち顔が赤くなった。


俺たちはお互い、何だか気まず雰囲気になった気がして顔を見ることができなくなった。


しばらくすると、榊原は何かを伝えようと小さく口を開いた。


「……わ、わかったわ。明日から気をつけます……」


今にも消え入りそうな声でそういうと、榊原は再び顔を伏せた。


そんな気まずい雰囲気が続く中、俺たちは書店の近くまで来た。

榊原は深く深呼吸をすると、一歩俺の前に出る。


「羽島君、私はここで。今日は色々とありがとう。みっともないところを見せてしまったけれど、羽島君の言葉で元気が出たわ。それじゃあ、また明日。学校で」


「あ、あぁ。また明日」


榊原はそう言って、横断歩道の信号が青になったのを確認すると小走りで帰って行った。


俺は榊原の長い黒髪が左右にリズミカルに揺れる後ろ姿を見て、少し心が和らいだ。


「また明日……か」


俺はそう呟くと、書店に立ち寄る予定だった足を反対方向に向け、家に向かって歩き出した。



もうすぐ5月も終わりだ。


俺は5月から6月に移り変わるような、暖かさと爽やかさが入り混じった風を肌で感じながら帰路に着いた——。



いつも読んでいただきありがとうございます。


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