第9.5話「後日譚」
第9話の後日譚です。
日曜日——。
俺は自然と眠りから目覚めた。
誰にも邪魔されずにぐっすり眠れたおかげで、寝起きはとても気分が良かった。
ベッドから身体を起こすと、枕元に置いてあるスマホで現在の時刻を確認する。
時刻はとっくに12時を回っていた。
俺は思いきり伸びをすると、ベッドから腰を浮かせた。
部屋のカーテンを開けると、5月の燦々《さんさん》とした太陽の光が寝起きの身体にじわじわと染み込んできた。
「今日も天気いいな……」
部屋の窓からは緑の葉をつけた桜の木が見える。
煩わしいほどの太陽に照らされ、葉はうっすらと透けて葉脈まではっきりと見えた。
俺は自室を出て、1階のリビングに移動するとキッチン上の戸棚を開け食料を探す。
どうやら両親も妹もどこかへ出かけているようだ。
ガサゴソと戸棚を漁っていると、インスタントラーメンを1つ発見した。
俺は年季の入ったポッドでお湯を沸かすと、カップにお湯を注ぎタイマーを3分セットした。
昨日は珍しく充実した1日だった。
榊原に街の案内を頼まれ、様々なところを回り、榊原のいろんな表情を見ることができた。
大人びた容姿をしているが、好奇心旺盛で感性が豊か。甘いものに目がなく、礼儀正しい。
榊原の様々な一面を見ることができて、かなり得をしたな……などと思っているとタイマーが鳴った。
蓋を開けると白い湯気が立ち上る。
俺はダイニングテーブルの上にあるリモコンを手に取り、テレビをつけると、昼の情報番組を見ながら醤油テイストのインスタントラーメンを食べた。
昼食を食べ終えた後は自室に戻り、夕方までネットサーフィンや読書をして過ごすことにした。
1人の時間というのはやはり大切だと思う。
誰にも干渉されずに、自分の世界に籠ることも時には必要だ。
常に人と一緒にいるというのは、どんなにコミュニケーション能力が高い人間でも疲れてしまう。
だから、適度にこうして一人きりの時間を過ごすことも生活していく上では必要なことなのだ。
ネットサーフィンや読書で目が疲れた俺は少し仮眠しようと思い、ベッドへ移動した。
スマホのアラームを19時に鳴るようにセットして、俺は本日2度目の眠りについた。
眠りについた俺は夢を見た。
これは、昨日榊原と見たほたるヶ丘からの景色だ。
夕日に染まるほたる市を一望しながら、感嘆の声を上げる榊原——。
そして、そんな榊原の夕日に照らされた横顔を見つめる俺——。
榊原の陶器のように白い肌が夕日でほんのりと赤く染まっている。
大きな瞳と長い睫毛に光が反射し、それらはまるで宝石のように煌めいていた。
ひょっとすると俺は街を見ている時間よりも、榊原の横顔を見ている時間の方が長かったかもしれない。
榊原は俺がじっと見つめてるのに気がつくと、こちらを振り向いた。
暖かな、優しいそよ風で榊原の長い黒髪が靡く。
……あぁ、……綺麗だ……
その榊原はまるで、映画のワンシーンから抜け出してきたかのようだった——。
すると、突然耳元でけたたましいアラーム音が鳴り、俺はそのアラーム音によって、夢の世界から強制的に引き戻された。
俺はアラームを解除し、眠気の残った頭で考える。
「何か夢を見ていたような……」
寝ている間に何かの夢を見たのは覚えている。
しかし、それがどんな夢だったのかいまいちよく思い出せない。
「まぁ……いいか」
俺は自室を出て、リビングへと向かう。
階段を降りていると、リビングの明かりがついているのが見えた。
リビングからはテレビや食器の音が聞こえてくる。
どうやらみんな帰ってきたようだ。
リビングに入ると、妹の由紀が夕食の手伝いをしていた。
「あっ、お兄ちゃん起きた。まさか、今までずっと寝てたの?」
由紀が呆れたような顔をして聞いてきた。
「いや、昼過ぎにはちゃんと起きたよ。昼食食べて部屋で休んでたら、眠くなってきて仮眠してたんだ」
由紀は、夜眠れなくなるよー!と言って食卓に料理を並べ始めた。
夕食の準備が整い、俺は席に着く。
今日のメニューはハンバーグだ。
箸で半分に割ると、キラキラとした肉汁が次々と溢れ出てくる。
俺は、寝起きでまだ正常に機能していない胃に夕食を詰め込んだ。
夕食を食べた後、俺はすぐに入浴を済ませると、エアコンの効いた部屋で明日の授業の準備をした。
俺はとりあえず数学と英語の予習を授業中に指名されても答えられる範囲まで進めた。
やることを終えた俺は、ベッドに横になり目を閉じる。
昨日はあんなにも1日が長く感じたのに、今日は気付いたらもう夜だ。
それもそのはず。
1日の約半分を睡眠にあてていたのだから。
時刻はまだ22時。
いつもならまだ起きている時間だが、昨日久しぶりに街を歩き回って疲れが抜け切っていないのか、なんだかとても眠い。
先ほど由紀に忠告されたが、杞憂だったようだ。
俺は7:15にアラームをセットすると、部屋の明かりを消し、ベッドに入った。
明日から榊原が正式にウチのクラスに転入してくる。
榊原を見た他の奴らは、一体どんな反応をするだろう……
俺はそんなことを考えながらゆっくりと瞼を閉じた——。
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