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悪魔の悪戯  作者: KEITA
5/7

+(プラス)

※残酷な描写あり


 切れ切れの雲が満月を隠す夜中に、魔界の扉は開かれた。



「ぐッぎゃああああああ」


 耳障りな悲鳴が響く。リュシフルは手にしていたものを背後に投げ捨て、溜息をついた。

「うるさいですよ、『兄さん』。耳元で大声を出されると鼓膜に響くのです。過剰な音量は聴覚障害も引き起こす可能性があります。医師のあなたならおわかりでしょう、博士?」

「ぁああぃい、いだい、いたい、いたいぃいいいい」

「だからうるさいですって。痛いのはわかってますよ」

 ごと、と後ろに落ちたものを目掛け、何体かの魔族が近寄る。ただの手首だと知ると、またその何体かが離れた。残されたものは音を立てながらそれを貪り、嚥下する。

 ちなみにこの場にはもう一人人間が居たのだが、この人間以上にうるさかったので知り合いの魔族に頼んで少々地面に叩きつけたら・・・・・大人しくなった。今は永遠に沈黙したまま、人型でないその魔族に貪り食われている。身体が無駄に大きいので、少々時間がかかっているようだ。

「っ、な、なあリュシフル、すまなかった、ただの気の迷いだったんだ、わかるだろ、おまえを死なす気なんてなぐて、ゆっ、ゆるしでぐれ、ゆるじっ、」

 鼻から口から股間から、ありとあらゆる液体を垂れ流しながら手首を失った人間はこちらを見上げる。冷静沈着な美男と言われたその面影はとうに無かった。

「き、兄弟、だろうぅっ、だのむ、もうゆるして、ぐれっ」

「許すも許さないも、ぼくはもう決めているんです」

 リュシフルは笑顔を浮かべた。へらっとした、状況にそぐわない気の抜けた表情。小さい頃から馬鹿にされ、大きくなっても虚仮にされ、見えないところでも虐げられ、それでも崩さなかった「彼」のいつもの顔。

「ねえ兄さん。ぼくはね、兄さんと弟がぼくだけを虐めるならそれでいいかと思っていたんです。母さんは小さい頃亡くなったし、父さんは仕事人間で、親類は他にいないし、頼る人もいない。それに兄さん達はぼく以外の弱者には優しかったから。病んでいながら身内に当たることで精神の均衡を保ってるなら、ぼくはそれでいいかと思ってたんです。でも、」

 手を伸ばし、涙を垂れ流すその男の鼻をつまむ。そして、引き千切った。あがる絶叫。血しぶき。

「ジェシカにだけは手を出して欲しくなかった。ジェシカはぼくの聖域だから。絶対の人で、唯一の人で。誰より大事な、ぼくだけの女性なんです。だから、あなた方がジェシカに手を出しさえしなければ、ぼくは大人しくしていた」

 ぺぃっと引き千切った鼻をまた背後に放る。

「ぼくをあの戦地に追いやったのは兄さん達ですよね。兄さんが書類を偽造し、弟がぼくを酔わせ志願状にサインをさせて二人して周囲を黙らせた。そうしてぼくを合法的に抹消し、遺されたジェシカの心の隙間につけ込もうとした」

 冷静なはずだった声が、少し荒れた。リュシフルはそれに気づき、また苦笑する。荒れる自分を宥めるよう、目の前でみっともなく呻く人間の股間を踏みつけた。不快な何かが潰され、獣のような悲鳴がまた上がる。

「ああうるさいうるさい」

 ぐりぐりぐちゃぐちゃとそこを踏み躙り、その人間の片脚を持ち上げる。手首を返すだけで、簡単に外れて折れ曲がる脆い関節。獲物の叫び声はもう掠れていた。

「ぼくのジェシカにどうやって迫ったのか、知りませんけど。でも、確認した感じではジェシカはぼく以外に身体をゆるしてなかったので、無体はしなかったようですね。そこだけは評価してあげます。赦しはしませんけれど」

 股間を踏みつけたまま、足を引っ張った。伸びきった関節、しかし人間の腕力では千切れるに至らない。舌打ちをして、ぽいっとそれをまた放った。

 がひゅ、げひゅ、と切れた息をする喉を踏みつける。

「頭の悪い弟は勢い余って殺しちゃいましたけど、あなたはそう簡単に殺しません。ぼくを死地に追いやった張本人ですしね。精々、生きながら食われて苦しんでください」

 身を離し、背を向ける。それが合図とばかりに、魔界からび寄せたリュシフルの「知り合い」は獲物へと飛び掛かった。





「リュシー、久しぶり」


 生きながら食われる人間の断末魔を聴きつつ、切れ切れの月明かりを浴びてぼうっとしていたら、背後から声がかかった。見ると、確かにしばらくぶりに見る顔があった。月光下で映える白皙の、年端もいかない少年悪魔。

「キーリカ。お前は喚んではいない。どうしてここにいる」

「あれ、忘れたの? 僕は食事場所を人界ここ拠点にもしてるんだからね。人界ってのは戦争でもおきない限り秩序大事なの。僕はちゃんと擬態してるの。他の野蛮なのとは違うんだから」

「……ああそうか」

 忘れていた。というか、どうでも良かった。

「最近は停戦条約が結ばれたから人間界隈もおとなしくなったなと思ったら、久しぶりに大きな魔力の動きがあって、もしかして~って寄ってみたの。やっぱりリュシーだった」

「……」

「ねえ、リュシー」

 にやっと少年悪魔は笑う。

「少し見ないうちに変わったね。あの時その人間と勝手に『契約』したときは正直どうかなって思ったけど、今のきみは凄く面白いよ。すごく人間っぽい」

「戯言をいうな。私は悪魔だ」

「そりゃね。でも、気づいてた? さっきまでのきみ、完全にその人間と混ざってた」

「……私は私だ。ただあのゴミと接している時に、悪趣味な演出をしてみただけだ」

 咀嚼音と、徐々に小さくなっていく生命の気配。

「ふーん? 僕が思うに、きみはその人間の意識が潰えたと思ってるみたいだけど、その逆じゃないかな。その人間が、きみを乗っ取りつつあるんじゃない? あくまで深層下、だけど」

「趣味の悪いことを言うな。そんなことはない」

「そっかな? ……じゃあさ、リュシー、」

 赤い唇が、弧を描く。

「いっぺん、その人間の恋人だっていう女の子に僕を逢わせてよ。すっごくきれいな子なんでしょう? 只人みたいだけど、味見してみたいなあ。その子にも気持ちよい思いさせてあげられるし、それくらいは、」


 拳が、少年悪魔の立っていた地面にめり込んだ。


「――っと。はは、冗談だよリュシー」

 素早くその場を離れたキーリカは無邪気で悪趣味な笑みを投げかける。

「今のきみが感じているものが『誰の』感情なのか、指摘しないであげたげる。面白いから」

 せいぜい、人間のフリ楽しんでね、と。それだけ言って、かつての同郷者は音無く去っていった。見た目より物分かりの良い彼は、人界に居る限りもう二度と姿を見せることは無いだろう。



 いつの間にか完全に静まった夜半。綺麗にゴミ処理をしてくれた同族の身体を撫でてやってから、魔界への扉を開く。召喚に応じてくれた知り合いが去っていくのを見送り、空間の亀裂をまた塞ぎ直してからリュシフルは人界での自宅へと歩を進めた。返り血は極力浴びないようにことを為したが、それでも若干血の匂いは残っているだろうか。

「ジェシカは、気にしないかな」

 ぽつり、と呟いてまた笑みがこぼれた。



 折れた骨と擦り剥けた皮膚の傷は数分とまたず治る。素手で生き物の器官を引き千切る握力は人外的である。

 しかし、寝台で眠る女の頬を撫でる手は、見つめる瞳は、ごく普通の男のそれだった。どこにでもいる人間の表情であった。呟く声も。

「ジェシカ、これからはずっと一緒だよ。……さっきゴミを片付けてきた。もう誰にも邪魔されることなんて無い」

 この感情が誰のものかなど、意味無いことだ。あの少年悪魔は思わせぶりなことを言ったので遊びで応えてはみたが、乗っ取る乗っ取られるなど今更どうでもいい。


 大事なのは、この女が自分のものである、それ一つだ。


 それこそが乗っ取られてる証なんじゃない、とケラケラ笑う誰かの声が聴こえたが、無視をして暖かな寝台に潜り込んだ。最近はすっかり肉の戻った、柔らかな身体を抱きしめる。乗っ取られてるんじゃなく、同化と言ってほしい。


 今ではわかる。あの時この人間の頭の中を探った時から自分は美しい彼女に恋していて、この人間が自分との契約を拒んだのだって、その感情を感じ取ったせいなのだと。

 ゆえに、今の自分にとっては全部がどうでもいいのだ。大事なのは結果である。今の状態とこれからの未来が確約されているのなら、付随してくるものは付随してくるものでしかない。

 悪戯あそびは、悪戯あそびだ。ただ、本気の遊びであってもいい。

 自分は、ただの悪魔なので。



 愛するひとが傍に居るのなら、魂は人間にでも売ってやる。



ジェシカ・・・小さな町における町長の一人娘で、才色兼備だけど少し脆いところのある女性。婚約者リュシーの戦死通知から精神を病み、しかし復讐の機会を伺って自分がぶっ壊れる時期算段まで(無意識に)していたけど当の彼が生還したことで立ち直る。彼が色々変わってしまったことなど正直どうでもよい(ちょっと病み+依存気味)。その後はすっぱり実家を捨てて家出し、隣国で自立しそれなりに幸せに暮らしたようです


リュシフル・・・大体200歳くらいの魔族で、一般種の悪魔。実力者且つ理性的で、人型でない種と仲良く出来る特殊能力も持つ。人界に一度召喚されてから性質を買われ、その後の秩序維持のために人間側に頼まれて度々応えている。が、人界でのちまちました報酬(そこらに居た人間食っていいよっていうアバウトさ)と停滞にいい加減飽きてきたので、興味深い人間を発見しお遊びと逃避ですり替わってみた。つまり停戦条約の裏の立役者。本人も自覚している通りジェシカを凄く気に入っていて、その後は彼女を支えつつ擬態しつつ幸せに過ごす。人間のリュシーとは完全に同化。ジェシカが寿命を終えてから行方をくらますが、その後は誰も知らない…



拙作を読んでくださってありがとうございました!

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