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悪魔の悪戯  作者: KEITA
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 ジェシカは、昔から趣味が悪いと言われ続けてきた。あの次男坊、「真ん中のでがらし」と蔑まれていた男。そんな奴がジェシカは昔から大好きで、今もそうなのだ。

 容姿は十人が十人とも美形だとは思わない、ぱっとしない顔立ち。あえて言うならヘラヘラ笑っていることが愛想と数えられる程度、それも中身が伴わない愛想だ。学業は医者の真似事が出来さえもせず、いつも及第点すれすれ。走りや泳ぎは誰より遅く、小さい頃はいつも周りから馬鹿にされていた。静かに読書をしていたかと思ったら単なるうたた寝、剣を持たせても数分と待たず「参った」、家業を手伝ってもヘマばかり。簡単な作業を任せてもどこかぼけっとしているもんだから終わるのが遅い。はっきり言って、役立たず。

 彼の母親は小さい頃事故で亡くなり、父親は先だって従軍医師として駆り出された際に運悪く地元抗争に巻き込まれ亡くなり、町医者の三人の息子は三人とも親無しである。しかし、度重なる不幸をものともしないほど兄と弟は出来が良く、若いうちから自立していた。真ん中の彼もそれなりに生計を立て自立していたのだが、なまじ目立つ兄弟が周りにいたからこそ半端に比較され、町長の娘で町一番の器量よしであるジェシカが想いを寄せていたこともあって余計嫉妬と蔑みの対象ともなったのだ。ジェシカの両親も、「よりにもよって一番出来の悪いあの男を」と良い顔をしなかった。そして本人も、そんな評価を受け入れていた。

 どれだけひどいことを言われても自虐的にも攻撃的にもならず、その点だけは器が大きいと言ってよかったのかもしれない。けれど、だからといって人望があるわけでもなんでもない。他人に何を言われても受け流し、能天気にヘラヘラと笑っている、それだけの男。

 でも、ジェシカは好きだった。ずっとずっと、好きだったのだ。だから、小さな頃から何かと理由をつけて彼の家に入り浸り、彼の家族に気に入られようと画策した。診療所手伝いの真似事をし、義兄や義弟となる存在に手作りの料理を差し入れ、ぼけっとしている彼当人の尻を叩きつつ、ひたすら追い回していた。勿論、合間には自分磨きと名士の跡取りらしい外交手腕を研ぐことも忘れない。ジェシカは彼を得るための環境づくり、諸々の努力を惜しまなかった。彼と出逢ってから、それだけしか興味が無いといってよかった。

 恋敵は幸いにして出現しなかったし、平民同士なので立場によるしがらみも少ない。あるとしたらあちらは親無し、こちらが町長の一人娘だという点だが、それらも大した問題ではない。要は婿をとる側がしっかりしてさえいればいいのだ、と。思春期を終える頃には、そんなジェシカの猛攻に根負けする形で彼は交際を了承してくれた。そして、現在に至るまで大事に扱ってくれたのだ。

 どんな好条件をつけても他の男にはまったく興味を示さないジェシカに両親は呆れ、渋々ながら婚約を承諾した。親族や友人らも、頑として主張を曲げないジェシカに降参する形で祝福の言葉を贈ってくれた。


 趣味が悪くたってなんだっていい。ジェシカは、ジェシカを大事にしてくれる大好きな彼と共に居られて幸せだった。


 だから、そんな奴が「悪魔討伐騎士団に入ることになった」と言い出したときは冗談だと思った。銀箔の付いた召集令状を取り出されても、「凝った仕掛けね」としか言えなかった。いつもはアホ面でヘラヘラしているその顔が青ざめたようになっているのを、夢物語みたいに感じていた。


 だから――だから。

 彼の戦死通知が送られてきたときだって。

 ジェシカはぜんぶ、嘘だと思っていたのだ。


 何かの間違いではないのか、いえそうに決まってる、だって遺骨どころか遺髪すら無かったのだ。ジェシカの手元に届いたのは、義務的な紙と靴一足だけ。これだけのことで、彼の死を信じられるとでも。

 信じられなくて、信じることなど到底出来なくて、討伐騎士団を直轄する都にまで夜通し馬を走らせ担当役場の門を叩いた。都においてもそうはいない、目の覚めるようなジェシカの美貌と甘い言葉に役員は鼻の下を伸ばし、土産の酒の悪酔いもあってつい口を滑らせた。実に残酷な真実を。


―――悪魔討伐騎士団。平民の志願者から構成される、誇り高き義勇軍。その実は、人智で対抗出来ない殺戮兵器に対し、物理的な時間稼ぎをおこなうだけの捨て駒の軍。大抵は罪人か、身よりの無い孤児か、貧乏な集落から一種の口減らしとして送り込まれるのが普通。

 ゆえに、戦死したものは何も残らない。すべて悪魔に食われて・・・・しまうから。骨すらも。髪の毛一本すら。


 ジェシカは荒れた。狂乱めいて役員に掴みかかり取り押さえられ、駆け付けた両親の手の者に縛られるように戒められ、無理やり送還させられた。親元に帰っても気が触れたように家を飛び出そうとするジェシカに母親は泣き、父親は調査と訴訟の嘆願をするジェシカの頬を打って自室に閉じ込めた。屋敷には緘口が布かれ、ジェシカの愛馬は売られ、手引をしてくれそうな馴染みの者は遠ざけられた。後に残ったのは無力な小娘と世間体を気にする両親、業務以外に口を利かない使用人。友人らも町長である父親の圧力に屈し、誰一人、ジェシカに味方しようとする者はいなかった。

 行動を起こしたジェシカ自身の考えも甘かった。衝撃的な事実を知ったからといって、あの場で取り乱してはいけなかったのに。外交者としての理性を忘れ我を失ってしまったからこそ、今の状況は作られてしまったのだ。愚かな己を後悔せども、すべては遅い。

 後日、軟禁状態のジェシカの館に地方領主から使者がやってくる。悪魔討伐騎士団の真実を誰にも話さぬよう、地元名士への言い含めも込めた口止めであった。国税を軽くする交換条件も出され、ジェシカの父親は二つ返事で秘密を約束。すべては闇に葬り去られることとなった。

 もう、誰も何も信じられない。全てがまやかし、嘘の世界だ。荒れた部屋の中で独り、ジェシカは彼の靴を抱きしめる。

 その日から、ジェシカの中から感情という感情が消え失せた。大人しくなった娘に両親は安堵し、仮初の笑顔に簡単に騙されてくれた。所詮、家族といえどそれだけの関係だったのだと改めてジェシカは識る。親しいと思っていた友人らもそうだった。父も母も彼女らも、自分のこの外面しか見てくれてなかったのだ。


――小さい頃からジェシカの内面を理解し、ジェシカの欠点を含めたすべてを愛してくれた人は、やっぱり彼だけだった。


 気を遣ったような顔をした両親が新たな縁談を持ってきた時だって、男達が同情的な顔をしつつアプローチしてきたときだって。

 ジェシカの感情が新たに生まれることは、一切無かった。






「――ジェシカ。ちゃんと眠れているかい?」

 何人目かの求婚者が館より出て行った後、ジェシカにとって特別な訪問者がやってくる。町医者の長男、彼のお兄さんが逢いに来るのだ。医学博士の名誉ある称号を得た今でも、忙しい合間を縫ってジェシカのことを気にかけてくれる優しい人。出世頭として町人の尊敬を集めているので両親の信頼も厚く、今ではすっかりジェシカの主治医に順ずる立場だ。

「……大丈夫です」

「失礼ながら、大丈夫なようには見えないね」

「……大丈夫ですったら。ちゃんと眠れています。家の者に証言させましょうか」

「生憎と僕はこれでも小さなころからジェシカを知っているからね」

 聴診器を外し、ジェシカの義兄になるはずだった人は痛ましげに眉を寄せる。

「僕の知っているジェシカはそんな顔で笑う子ではなかったよ。……ジェシカ、」

 すい、と頬を持たれた。彼とは兄弟なのに全然似ていない、美男と言っていい涼しげな顔立ちが間近に迫る。声は柔らかくて、優しくて。眼差しは同様に優しく、そして熱っぽい。

「無理しないでいい。泣いていいんだよ、僕の前では」

「……」

 ジェシカは、笑顔で答えた。

「ごめんなさい、泣けません」



「――ジェシカさん。ちゃんと栄養あるもん食ってるか?」

 お義兄さんが去ったあと、ごくたまにではあるがまた特別な者が訪れる。筋骨隆々とした見事な体躯に立派な服装、先の戦での英雄的働きにより都においても名を上げた青年。町医者の三男、彼の弟だ。ジェシカの義弟になるはずだった人。

「……大丈夫よ」

「そんな顔色して、大丈夫もクソもあるか。都でいいもん買ってきてやったから、ちゃんと食えよ」

 野太く豊かな声でそう言って、どさっと座りついでに高級な土産を押し付けてくる。どれもこれも、ジェシカの好物。粗野ながら暖かな心遣い。

「……私のことなんで気にしないでいいのに」

「気にするって。なあ、忘れんなよ。俺らはジェシカさんが一番大事なんだ」

 位を得た英雄らしからぬ気安さで、今日も顔を覗き込んでくる逞しい男性。彼とは兄弟なのに全然似ていないその体格、男性らしい魅力に溢れた精悍な雰囲気の顔立ち。

「年下には頼れねえってんなら兄貴に頼ってくれよ。俺ら、ジェシカさんのためならいつだってなんでもするから」

「……ありがとう。でも、本当に、気を遣わなくていいのよ」

「無理すんなって」

 大きく暖かい手の平で、ぽんぽんとジェシカの頭を撫でるように叩いて。その手がするりと顔を滑ったと思ったら、鍛えられた腕がそっと、背中に回る。熱い吐息が頬をかすめた。

「なあ、好きに頼ってくれていいんだぜ。なんなら身代わりでもいい。俺は、」

「……」

 ジェシカは笑顔で、身を離す。

「ごめん、頼れない」



 どんなに優しい人であっても、優しい人だからこそ、あの人の代わりになんてならない。

――泣きたい場所も、頼りたい温度も、もう、このまやかしの世界には居なかった。




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