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カンオケに閉じ込められた話

作者: 橋本洋一

何か面白い話をしてくれって? そんな高すぎて逆にくぐれちまうハードルみてえな無茶振り初めてだぜ。


そりゃあまあないことはないけどよ。


抱腹絶倒とまではいかねえけど、それなりに面白くて、そこそこ退屈しのぎになりそうな話はあるが、なんていうか、気乗りしねえな。


これは俺の失敗談なわけだ。人の失敗ほど笑えるものはねえ。それも俺みてえな傲慢野郎の失敗は格別に面白いに決まっている。


失敗談ってことは自分の恥を晒すことになるんだ。だから話したくねえ。そもそも話す義理もなければ人情もねえ。


いや。いやいやいや。前フリとかそんなじゃねえから。前置きが長いとか言うな。


分かったよ。話せばいいんだろ。まったく、てめえの好奇心ははんぱねえな。


絶対に人に言うなよ。特にあいつには黙ってくれよ。


じゃあ、俺がカンオケに閉じ込められた話をしてやろう。


ああん? 死んでねえし、今だって生きてるじゃねえか。


まあ話は最後まで聞いてくれ。


これは俺が高校生のときの話だ。あるいは失敗だ。


俺の高校は文武両道をモットーにしてる進学校だ。ああん? 不良みてえな話し方してるくせにエリート気取り? 別に俺の勝手だろ?


進学校は勉強ばっかりしてるイメージがあるが、意外と体育祭とかのイベントはしっかりしてるんだ。もちろん、文化祭も例外じゃねえ。


文武両道の文だからな。うん? ああ、この場合は文化祭の文だな。


俺が三年生のときのことだった。俺のクラスは例によって例のごとく、文化祭らしく、オバケ屋敷をすることになった。


当時の俺は結構、気合入れてクラスの出し物に参加してた。信じられないと思うが、文化祭の実行委員だったんだ。


なんで実行委員になったのか? そりゃ、あんまり言いたくねえけど……


分かったよ。言うよ。そのとき好きだった女が実行委員だったんだ。


てめえ! 笑ってんじゃねえぞ!! 


まあ高校三年生の俺はなんていうか、不良というか……今も変わらないとか言うな。


相手の子は真面目っていうか、普通な子だったな。でもそういう女に惹かれちまうんだよ。家庭的な女の子に心奪われちまうのが、不良のサガなんだ。


ま、お前には分からないけどな。


話を戻すぜ。そんな俺は普段の授業態度と打って変わって真面目に仕事をしていた。


オバケ屋敷と言ってもお遊びなものじゃねえ。結構本格的だった。


その本格的な小道具の中にカンオケがあったわけだ。


俺のクラスには何故か工芸部が三人居たんだ。その手先の器用さで本格的なカンオケを作った。ドラキュラが入っているような西洋式のカンオケだ。


それは見事なもので、わざと汚した外装やそれでいて丁寧な作りだった。遊園地のオバケ屋敷の小道具さながらだったぜ。


あまりに見事すぎて他の装飾が陳腐に見えちまって、クラスの連中からブーイングが出たくらいだ。まあ賞賛の声も当然あったけどな。


そのカンオケは実際に人が入れる代物で、中に入って飛び出す、お約束な仕掛けなんだけどな。

でもよく考えてみろ。いきなり飛び出してくるってかなり怖いぜ? 分かっていても十分怖いと思うけどな。


ああ。お前の言うとおりだ。そのカンオケに俺は閉じ込められた。


ケーイ? ああ、経緯な。好奇心で中に入ったら閉じ込められた。以上。


……詳しく話せって? 自分の恥を話したがる人間なんているのか?


分かったよ。詳しく話してやるよ。


俺はカンオケが見事すぎて、中に入りたくなったんだ。今までの人生でカンオケに入ったことなんてないからな。


それでみんなには黙って中に入った。俺は一応実行委員だから遊んでいると白い目で見られるからこっそり入ったんだ。


カンオケはクラスごとに定められてた小道具置き場に置かれていた。クラスの連中は作業に没頭してたから、俺一人居なくなってもバレなかった。


それで中に入った。ぎいいって音が何とも好奇心をくすぐられた。


中に入ると、なんだかとても心地良かった。俺の高校は進学校だから五月に文化祭を行なう。まだ肌寒い時期でよ、カンオケの中はちょうどいい温度で眠気を誘ってきた。


しかも連日の出し物の準備で夜遅くまで残ったり、帰ってからも作業をしたりで、すげえ眠かった。


だから寝てしまった。カンオケの中で。


いや、お前はドラキュラかってつっこまれても……


気がついたら、真っ暗だった。暗闇に抱かれている感覚と評せばいいのか知らねえけど、そんな感じだった。


それでよ、寝起きだったから寝ぼけてたわけで、俺は起き上がろうとして、思いっきり頭をぶつけちまった。ガツンと音がするくらいの勢いでな。


腹筋を半ばくらいしたところで頭をぶつけたから、結構痛かった。その痛みで俺の意識は覚醒したんだけどな。


最初、何が起きたのか、自分の身に何が起こったのか理解できなかった。見えない壁に閉じ込められている気分だったぜ。四方八方を囲まれていたんだ。これはちょっとした恐怖だ。


だけど、人間直前にやっちまったことを意外と覚えているようだった。手探りで何らかの箱に閉じ込められていることは分かったから、すぐに記憶が甦った。


俺は、今、カンオケの中に居るってな。


そうか、それなら早く出よう。そう思った俺は両手でカンオケの上部、蓋の部分を押し上げた。


だがしかし、押してもびくともしやがらねえ。俺は腕力が特段優れているわけじゃねえが、非力ってわけでもねえ。当時は今と違って若いから、相当あったはずなんだ。


それがうんともすんとも言わない。そのときは理由は分からなかったが、後から聞くと上に荷物を置かれてしまったらしいんだ。


小道具置き場はスペースがクラスごとに決まっていたから、上に乗せるしかなかったのも原因の一つだと思う。


結論から言うと、とても一人じゃ出ることができなかったわけだ。


それに気づいた俺はパニックになっちまって、大声で喚いたり、カンオケの蓋をガンガン叩いたりした。


普通ならその物音、騒音で誰か気づくはずだったが、誰一人来やしねえ。多分だが、起きたときは深夜になっていたからだ。


いくら文化祭の準備があるからって言っても、夜遅くまで居残ることを許可されたわけじゃねえからな。


そんなわけで俺は深夜の学校の中、たった一人きりでカンオケに閉じ込められたんだ。


俺はしばらく騒いでいたが、結局無駄だと気づいて、騒ぐのをやめた。


はあはあと自分の荒い息遣いだけが、その場に聞こえていた。


俺はそこではたと気づいた。ケータイで助けを呼べばいいじゃねえかってな。


俺はいつもポケットにケータイをぶち込んでいたから、すぐさまポケットを探った。


だけど、なかった。


なんでだ!? どうしてケータイがないんだ!?


記憶を辿ると準備の作業で邪魔になるから、カバンの中に仕舞ったことを思い出した。


ちくしょう! なんてこった! これじゃあ助けも呼べないし、このまま耐えるしかないじゃねえか。


事態のヤバさに気づいた俺はどうしようもできなくて、仕方なくおとなしくすることにした。人間、こういうときは冷静にならないといけないって、中学の委員長が言ってたからな。あの委員長は口うるさかったが、今思うと案外良いこと言ってたな。


話が逸れちまったな。とにかく俺はその場でじっとしていた。


だけど、次第に我慢できなくなってきたんだ。


あん? 尿意じゃねえよ。便意でもねえ。


寝返りができないってことだ。


たいしたことないと思うかも知れねえけど、寝返りが打てないってことは相当キツいぜ。何もせずに一時間立ちっぱなしがキツいように、動かないでいるってことはかなり身体に負担と負荷をかけていることに違いないんだ。


そんなわけで俺は痛みと疲労と戦い続けることになった。


もちろん、誰かが来る朝まで、ひたすら待ち続けた。


唸り声を上げて、死にそうになる痛みに耐えつつ。


結局痛みで気絶してしまった。やっぱりカンオケには死体とかドラキュラとか動かなくても構わない奴らのための寝具だと文字通り痛感したぜ。


発見されたのは、朝七時くらいだ。


再び痛みで起きた俺は唸り声を無意識に上げていたらしい。その声で別のクラスの人間がカンオケから音がするものだから、恐る恐る開けてみたらしい。


そんで、俺が居たからびっくりしちまったようだ。図らずも文化祭が始まる前にビビらせてしまったようだ。


話は以上だ。


あん? 話のオチ? そんなもんねえよ。


まあ後日談というか、その後の話をしよう。


俺はその後、病院に行って、検査を受けた。まあ一日入院してしまった。不覚なことにな。不幸中の幸いというか、オバケ屋敷は中止にならなかった。俺は実行委員を降りることになってしまったがな。


俺が居なくなったことでみんな大騒ぎしていたらしい。俺の親が警察や学校に届けてしまったからな。


まあ俺の自業自得だし、文句はねえけど、むしろそのくらいで済んで良かったぜ。


しばらくの間、あだ名がドラキュラだったのは不本意だったが。


話はこれでおしまいだ。


ああん? 実行委員の女の子とどうなったって?


そんなもん決まってるだろ。ていうか知ってるだろう?


言わせんな恥ずかしい。


まあ俺から言えることはちょっとした好奇心でも何かやるときは一度立ち止まって考えるべきだな。


俺が言えた義理じゃねえけどな。


まったく、カンオケは死んでから入るに限るぜ。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  まるで新作落語を聞いている様な、軽やかなテンポとリズム。  途中で話の腰を折る合いの手が入るのも実に面白く、読み手を飽きさせない見事な手法だと思いました。 [一言]  私は閉所恐怖症では…
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