『反乱の予兆』
僕が部屋に戻るとミナモさんが椅子に座って本を読んでいた。現れること自体が珍しく、この前はテレビを見ていたなと思っていると、
「何か自分でつかめたことはあったか?」
ミナモさんの問いかけに対して、僕はどれのことだろうかと考えた。考えても仕方なかったので、
「何についてですか?」
「地井との戦いで思ったことでも、候補者として戦う可能性があるいとこと仲良く飯を食ってきたことでもなんでもだよ。
人間は問題に直面したとき、その解決のためにヒントを探す。
問題文の中から、自分の経験の中から、他者の話の中から、あるいはこのような書物の中から。
立つ場所が違えば、同じことを見ていても全く違うように見えることだってある。
お前みたいに色々なことにすぐ悩むやつは、もっと周りから学ぶべきだろうな。」
「じゃあミナモさんは教えてくれるんですか?」
僕はまっすぐにミナモさんを見て聞いた。ミナモさんはため息をひとつついて、
「先に生まれたからと言ってすべてを知ってる訳じゃない。
人を導くことに正解なんてない。俺やお前の親父がもっとしっかりと人の神を導けていたなら、きっとあんな反乱は起きなかった。
俺は、俺達は失敗者だ。導くことに失敗し、多くの犠牲を出した。
俺にはお前を導く資格はない。」
「先人の失敗から学ぶこともあるんじゃないですか?
反面教師ってやつですよ。」
ミナモさんは本に目を落として、
「人が歴史から、先人の失敗から学んだことなんて本当にあると思うか?民族対立、宗教対立、経済的な対立、こんなものはかなり昔からあるのになに一つ解決していない。
戦争がいけないことだと良いながら、紛争なんて言葉を使って戦い続けてる国がまだまだあるじゃないか。
核爆弾の脅威を知りながら、戦争抑止のためと持ち続けている国も、他国と対等になるために作ろうとしてる国さえある。
人は……………歴史から何も学べない。
同じ過ちを繰り返し、また悲惨な出来事が続いていく。
俺が教えたことがお前を過ちに導くだけかもしれない。」
「教わっていれば解ける問題はあります。
習ってもない問題を解けと言われても解けないのが当たり前じゃないですか?
ミナモさんや父さんがどうやって間違えたのかを知っていれば、僕も似たような状況の中で正解できなくても、ミナモさんや父さんと同じ間違いはしないと思います。」
ミナモさんは目を閉じて、
「第二次世界大戦中に始まった前回のゼウス決定戦は、力こそがすべてという感じで行われていた。
その意味で言うなら、天候の全てを自由自在に扱える天野に立ち向かえる者など皆無だった。
力がすべてなら、お前の親父が選ばれることに異論を挟む者はいなかったが、神の世界での暮らしが始まると俺達を待っていたのは奴隷のようにひたすら働かされるだけのものだった。
候補者の中には、神になれば働かずに悠々自適の生活をおくれると思っていた者もいた。
人間の時に良い暮らしをして、人を顎で使っているようなやつもいたから、ひたすら働かされるだけの生活に不満を感じる者は少なくなかった。
そして、最も最悪だったのが俺達の前からずっと働いている人の神達の立場が改善されていないと言う話が出回ったことだ。
奴隷が増えたからと言って、それまでの奴隷の仕事が楽になるとか平民に戻れるなんてことはない。
死ぬまで続く奴隷生活に耐えられないと感じる者が増え、そして、最も知ってはいけないことを知ったんだよ。」
「な、なんですか?」
「上層神達の暮らしが、働かずに悠々自適に暮らしているものだったことだ。
上層神って言うのは、要は大昔からずっと神であり続けた者達の子孫であり、人の神とは神界から追放された者達の子孫にあたる。
遥か昔に追放された先祖なんて知る者すらいない。
そんな先祖のせいで奴隷にされることに怒りを覚えた者達は、反抗を始めた。
よくよく考えれば、力がすべての中で選ばれたやつらの集まりだから、不満があれば力で対抗すれば良いと考えるやつがいてもおかしくはない。
そして条件的に最悪だったのが、俺達の予選が部隊を率いて戦闘をすると言うものだったことだ。
先に奴隷生活を送っていた人の神達を仲間にして巧みに戦闘を行った。
上層神達にもかなりの被害が出たところで、お前の親父が動いた。
元々、セイは静かに成り行きを見ていただけで戦闘に参加したりはしなかったし、話し合いでの解決を打診していた。
でも、両者に被害が出たことで、上層神に対してこれ以上被害がでないうちに労働条件の改善を申し入れた。
だが、プライドの塊みたいな上層神は歯向かった者の完全なる制圧を掲げて、戦いは激化した。
反乱の予兆は、俺達が人の神になったころからあって、誰かが漏らした不満があっという間に広がり、そして、反乱に導くような情報ばかりが伝えられていた。
今にして思えば、きっと誰かが反乱を起こすことを先導していたのかもしれない。
そして、今回のゼウス決定戦が仕組まれているものなら…………」
「反乱を先導したやつは生き残っていて、まだ諦めていない」
僕が可能性を口にするとミナモさんは立ち上がり、
「調べてみる。」
そう言って、消えてしまった。




