『家族』
僕はボンヤリとした頭で、夢で見た光景を思い出す。
お父さんの仕事に興味を持った子供の親子の他愛のない会話。僕の知らない二人の会話は僕が悩んでいることそのままだった。
天罰とは何か、何のために下すのか、夢の中のお父さんは『人間の未来のため』と言っていたが、子供は今を生きる人間に『未来のため』に天罰を下すのは神達の『身勝手』だと言った。
未来がいつのことを指すのかは定かではないが、いつかを生きる人のために今を生きる人が天罰を受けるのは僕も納得できなかった。
そんなことを思いながら立ち上がると急にお腹が鳴った。
そう言えば、昨日から何も食べていないと思い、部屋の中を見回したが特に食べる物もなかったので買いに行こうとドアを開けるとそこに人が立っていた。
見たこともない女の子は、僕を見て気まずそうにしているので僕が
「あの、どちら様ですか?」
女の子は少しがっかりした感じで、小さな声で
「あの………ユウキ………………です。」
「えっ?すみません、聞こえなかったのでもう一度お願いします。」
「だ……だから、優輝です。星河優輝です。」
「え?優輝ちゃん?
えっ、なんで僕の部屋の前に?」
僕は驚いて聞いてしまったが、取り乱してしまったことがとても恥ずかしくなった。どうにか失敗を取りかえそうと色々と考えていたところで、僕のお腹は今日一番と言っても二回目なのだが、とても大きな音で鳴った。すかさずお腹を押さえて音をごまかそうとしたが無駄だったようだ。
「星君、お腹すいてるんですか?」
「あ、うん、昨日から何も食べてなくてさ。」
独り暮らしで食事もしっかりしていないだらしない男だと思われたかと優輝ちゃんを見ると、優輝ちゃんは笑いながら
「じゃあ、話はご飯を食べながらにしましょうか。」
そういって歩き出した。僕は急いで追い付いて
「いや、いつもはちゃんとご飯も食べてるし、部屋とかもきれいにしてるからね。今日はそのー、ちょっと忙しかったからで…………」
僕はなんとか言い訳をしようとすると、優輝ちゃんが
「知ってますよ、昨日が二回戦だったんですよね?
もしかしたら部屋に行ってもいないんじゃないかと思ってたんです。
昨日、負けてたら向こうの世界に行ってしまってたんですから。」
「そうか、そうだね……………………。
僕に話ってなんだったの?」
ゼウス決定戦にお互いが出ていて、ベスト4まで残っていたのだと思い出して、そんな優輝ちゃんが会いに来た理由が気になって聞いた。
「星君はゼウスになりたいのかなって思って。
おじいちゃんが死ぬ前に私に教えてくれたことがあったの。
神様のこととか、うちの家系の話とか、星君のお父さんの話とか。
本当は星君にも話したいけど、嫌われてるから聞いてくれないだろうなって話も聞いたよ。」
優輝ちゃんはとても寂しそうに言った。
「でも、なんで優輝ちゃんだけに教えてくれたの?
おじさんも可能性としてはあったんだよね?」
「お父さんは聞く気がなかったんだよ、だって夢みたいな話だし、子供の頃にも聞いたことがあった話らしいし。
おじいちゃんは言ってたよ、神様は信じられることによって力を持つことができるんだって。
おじいちゃんの話を信じなかったお父さんは、きっと自分の神様の力も信じなかったんだよ。
私はそんな力があったら良いなって思ってたから候補者になれたのかもしれないね。」
「僕は自分のことを何も知らなかったのになっちゃったけどね。」
僕が複雑な思いで言うと優輝ちゃんが
「家の力が違ったからだよ。星君のお父さんが凄すぎたんだよ。」
僕は返す言葉が見つからず、話の始めにもどって
「僕がゼウスになりたいのかはなんで気になったの?」
「勝ち続けるのはゼウスになりたいからなのかなと思って。」
「じゃあ、優輝ちゃんもそうなの?」
「私は…………………何のために戦っているのかわからないから。
自分の思うままに下した天罰がよく評価されてここまで来れただけで、ゼウスになりたいとか、なったらあれをしようとかそんなことは何も考えてなくて………………。
このまま家族と一緒にいつまでもいられたらなって思うことはあるかな。」
「僕は…………人類全滅を防ぐためかな。
志士上君は辛い人生を生きてきて、人の優しさとか愛情だとか説明しろって言われても難しいような、人の良い部分に接することがなかったみたいなんだ。
それが原因で彼は人類は必要ないって思ってて、でもそれだとお母さんやバイトの仲間や大切な人達がいなくなっちゃうのかと思うと悲しくなるし、それは防がないとって思ったんだよ。」
「誰かの目的の邪魔がしたいから勝ってるの?」
優輝ちゃんの問いは僕の胸に突き刺さった。
確かにそうだ。志士上君はきっと色々と悩んで、もがいて、そして今の結論に至ったのだろう。
それなのに何も知らない僕が、何も悩まずに志士上君の目的を邪魔して良いのかと思ってしまう。僕が黙り込んだのを見て優輝ちゃんが
「なんで今悩んでるの?
星君は大切な人達を守るために戦ってるんだよ。
家族を守る、友達を守る、そのために頑張っているって理由じゃダメなのかな?
星河の力はね、人の願いを叶える力なの。
流れ星に三回願い事をすれば叶うって言うけど、そういう力なんだよ。私はいつも自分の家族を守りたいって願ってるよ。
家族との時間を大切にしたいって思ってるよ。
次の対戦で負けたら大好きな家族とお別れなんだと思うと悲しくなるよ。」
優輝ちゃんはそう言って下を向いてしまった。この娘にとって家族は大事なものだったのだろう。そう考えた僕の脳裏に辛く、悲しそうな顔で『あのくそみたいな家からいなくなるため』と言った地井さんを思い出した。
家族の形は様々でずっと一緒いたいと思う優輝ちゃんや、いなくなりたいと思っていた地井さん、そして近くにありながら自分から遠ざけてしまった僕。
家族のせいで争いが起こることもあれば、家族のもとに帰ることで解決する問題もある。
家族とはなんだろう?
一人で生きていけない弱い人間という生物が作り出した集団でしかないのだろうか、それとも心の安らぎを与える居場所なのだろうか?
僕には答えが出せないことばかりだと思ったところで本日三回目の音が鳴った。優輝ちゃんは笑い
「とりあえずご飯を食べましょう。」
僕は黙って頷いた。




