『お祖父さんの予感』
「そうなのね、もうすぐお別れなんだ。」
母は悲しそうな、寂しそうな顔で言った。
いついなくなるのかわからない、次の対戦で負ければそこで終わりになると思った時に別れを告げるべきなのは母だけだった。
他にもバイトでお世話になった人達に伝えるべきだろうが、上手く説明もできないし、おかしくなったと思われた状態で死んだことになるくらいなら、事故死の方がまだいい気がした。
その点で言うと母は、お父さんのことも僕のこともわかっているから大丈夫だと思った。
「ごめん、こんなことになって。」
僕が言うと母は笑って
「こうなる覚悟はね、星が生まれたときからできてたのかもしれない。」
「父さんのことがあったから?」
僕は内心驚いて、覚悟ができている理由を探したがそれしか見つからなかった。母は首を横に振って、
「ううん。
おじいちゃんがね、お父さんが逃げてきたのなら、連れ戻されても自由はないだろうし、次のゼウスを決める戦いも近いうちにあるだろうって言ってたの。
その時、生まれてくる子供が候補者になればお前は旦那だけじゃなくて子供も失うことになるかもしれない。
それでも産むのかって聞かれたの。」
「それで母さんはなんて答えたの?」
「おじいちゃんが何を言ってるのか、はっきり理解したのはずっとあとで、ハルさんならきっと追っ手を振り切って私とずっと一緒にいてくれるって、その時は思ってた。
ハルさんが連れ戻されるときに理解したの。
ああ、こうやって星も連れていかれるのかなって、でも、私は星を産んで後悔したことはないし、欲をいうならもっと長く一緒に………」
母の目からは涙が溢れ、言葉は途中で止まった。
「ごめん、僕のわがままで寂しい思いさせてたよね?」
母は黙ってうなずいてから、
「ごめんね、ここは否定するところだよね。
おじいちゃんが、生きてたらきっとバカ野郎って怒られてるよ。」
「僕のことも怒ってた?」
母はニコリと笑って
「あの人はね、実はとっても優しい人だったの。
いつも、今より未来を心配してきついことも言う人だった。
ああ、あの時のお父さんの言葉はこれを心配してたんだなって、最近になって思うことがたくさんあった。」
「おじいちゃんって…………………」
僕が言いかけたところで、僕と母の間に光のカタマリが現れた。
こんなときにミナモさんが出てきたのかと思ったが、シルエットは女性で前に一度だけあったことのある神使だった。
「えーと、虹川さんの神使さんでしたよね?
僕がおそるおそる聞くと神使は頷き、
「そうです。
今日はお伝えしたいことがあって来ました。」
「どうしたんですか?」
「十色が負けました。」
僕は最初何を言っているのかわからなかった。『トイロ』と言うのは虹川さんのしたの名前で、えっ?虹川さんが負けた?
僕からの返事がないことに女性の神使が
「わかります、十色がまさか初戦で負けるなんて。」
神使はそう言って涙を流し始めた。
「えーと、とりあえず座ったらどうかな。」
母が言い、女性の神使は驚いた顔で
「えっ?私のことが見えるんですか?」
「うん、まぁそうね。
机の上から降りたらどう?」
僕は思い出した。僕と母は喫茶店で机を挟んで対面していたので、僕と母の間に現れたということは机の上に現れたということだった。女性の神使は机から降りて
「取り乱してしまってすみません。
えーと、こちらの女性は?」
「僕の母です。」
「なんで私が見えるんですか?」
「夫が神様だったんです。
あとは色々とあるみたいです。」
「えっ?そんなことあるんですか?
いや、あったとしても記憶の整理とかはされるはずで……………」
女性の神使は混乱を深めているようで、僕が
「父さんを連れ戻しに来たのって誰だったの?」
「ミナモさんよ。
記憶のことも言ってたけど、セイがかわいそうだからってそのままにしてくれたの。」
「僕のことを?」
「たぶんお父さんのことだと思う。」
「ああ、そうだよな」
ミナモさんが僕のことを心配するとかあるのかなと思いながら、
「それで虹川さんを負かした人ってどんな人だったんですか?
たしか………ほしなんとかさんですよね?」
「ああ、そうでした。
名前は星河優輝。予選順位だけなら十色が余裕勝ちだと思ったのに。」
本当に残念そうな顔で女性の神使は言ったが、僕はこの名前に聞き覚えがあった。優輝という名前だけならよくある名前だが、『星河』と付くと小さな女の子が思い浮かんだ。母が
「そっか、優輝ちゃんも出てたんだね。」
「ご存じなんですか?」
女性の神使は驚いて聞いた。僕も驚いて
「えっ、本当にあの子なの?」
「あの子って優輝ちゃんも長いことあってないから知らないと思うけど優輝ちゃんももう二十歳だからね。」
「あのー知ってるんですか?」
女性の神使か聞き直して、母が
「私のお兄ちゃんの2番目の子なの。
つまり私からすれば姪っ子、星からすればいとこかな。」
「でも、神の一族だったの?」
「あれ言ってなかったけ?」
母は特にたいした問題じゃないようにさらりと言った。
僕は驚いた勢いで立ち上がってしまった。




