『志士上(シシガミ)という男』
志士上は駅前の広場から少し離れた場所にあるベンチに座った。僕は促されるままに横に座ると志士上が、
「アマノさんは、どうしてこの戦いに参加したんですか?」
「えっ?どうしてって聞かれてもなぁ…………………………」
僕が答えられずにいると
「僕はこの世界に生きるすべての人間が死ねばいいと思ってたからです。人間に生きてる価値があると思えないんですよ。
だから、殺すことができるこの戦いに参加したんです。」
「なんでそこまでしようと思うの?
確かに人に迷惑かけるような人もいるけど、思いやりのある人だって、優しい人だってたくさんいるじゃないか?」
「そういう人に囲まれて生きてきたから、そう言えるんですよ。
僕は生まれてこの方優しい言葉をかけて貰ったことも気遣われたこともなかったんです。
だから、僕はあなたと話してみたかったんです。
はじめてあったあの日、あなたがかけてくれた言葉が初めての優しさだったからです。」
「えっ?
で、でも、お母さんとかお父さんとか友達とかからもなかったの?」
「父親はいません。誰かわかってたらきっと母が殺してると思いますよ。数人のグループに襲われてできちゃった子供ですから。
母親は僕が四歳になる頃にいなくなって、生きてるのか死んでるのかもわかりません。
いじめられたことはあっても誰かと遊んだこともありません。
望まなかった子供なら暴力を振るっていいんですか?
親がいなければいじめてもいいんですか?
理由もわからずに振るわれる暴力に耐えるしかない僕はどう生きてこればよかったんだと思いますか?
人間なんて、自分の都合でしかものが考えられない、自分より弱いやつを探していじめることしか能がないクズみたいな生き物じゃないですか。
そんな生き物はみんな死ねばいいと思うのは僕が歪んでるからだとアマノさんも思いますか?」
「えっと………………それは……………………………」
僕はどう答えていいのかわからなかった。
彼が悲惨な人生を送ってきたのは、今の話を少し聞いただけでも理解できたし、僕も同じような人生だったならみんな死ねばいいと思ったかもしれない。一生懸命になってどう答えるべきかを考えていると、志士上の笑い声が聞こえてきた。
「アハハ、そんなに必死に考えくれた人もはじめてですよ。
大体の人間が『お前が間違ってる』って言いました。
非現実的な話は作り話だと思って、まともに取り合おうともしない。
そんな妄想をしていられる人生を歩んでこれたならその人は幸せですね。
本当に辛いことは想像よりも遥かに厳しいものなんですよ。」
志士上はそう言って顔を伏せた。僕はどうして良いかわからずにいった。
「あの…………………ごめんね。
嫌なことを思い出させてしまったよね。」
「アマノさんは本当に今まで僕の周りにいなかったタイプですよ。
僕がアマノさんなら、能力で大量に人を殺してます。
僕の力では、殺せる数が限られてますから。」
「志士上君の能力ってどんなの?」
「僕は死神の一族ですよ。人の死に関することならなんでもできるんです。例えば、心臓発作を起こすこともできますけど、急にたくさんの人が心臓発作で死ぬなんてことないじゃないですか。
僕の能力の制限は、自然な死に方であることなんですよ。
さっきみたいに事故が連鎖して人が死ぬことは自然にも起こり得ることだから実現できますが、何もないところから急に物が落ちてきて死ぬとかあり得ない状況の死に方は認められないんです。」
「だから、人が死ぬ天罰ばかりを下してるの?」
「それは鶏か卵、どっちが先かって話ですよ。
僕が死神の一族だから人を殺すのか、それとも僕自身が人を殺したいと思っていた時にたまたまそういう能力を持っていたからなのかということです。
おそらく、死神の一族でなかったとしても僕は人を殺す天罰をしてたと思います。」
「そんな話をして、僕にどうして欲しいの?」
「別にアマノさんに何かをお願いしに来た訳ではないですよ。
ただ、本選が始まれば死人が出るのは明らかです。
もしかしたら、アマノさんか僕かどちらもかが死ぬかもしれないと思ったら話しときたかったんですよ。」
「本選でどんなことが起こるか知ってるの?」
「知りませんよ。
ただ、本選に参加する人がみんなアマノさんやニジカワさんみたいな人じゃないと思います。
僕は自分が思ったことを実現するために『ゼウス』になろうとしています。他の人達がどうして本選に出るのかは知らないですけど、『なんとなく』とか『成り行きで』とかなら本選は辞退した方がいいですよ。
特にアマノさんは今でも上級神なのだから無理に参加して命を落とす必要もないでしょう。」
「虹川さんのことも知ってるの?」
「彼女とは話したことはないですけど、二位だった人ですからね。
興味はありましたよ。」
「志士上君は、本当に人類を全滅させるつもりなの?」
「少なくとも選別は必要ですよ。
クズみたいな人間は全部殺して、まともな人間だけの世界にします。
でも、それも100年、200年もすればまた今と同じようになるから選別をし直さないといけないでしょうね。
どうですか、アマノさん?
僕の仲間になりませんか?一緒に世界をよくしましょうよ。」
「ごめん、僕は今のこの世界をこのまま続けたいんだ。
選別の基準は何?
人は、自分が幸せになるために誰かを傷つけることだってあるし、迷惑をかけることたってあるよ。
志士上君の言う『クズな人間』は、誰にとってのそれなの?
僕には死んで欲しくない人がいる。
お母さんもバイト先の先輩や後輩、友達じゃないけど知り合いの人。
もしかしたら、僕の大事な人は選別で死ぬかもしれないんだよね?
それなら僕は僕の大事な人達を守るために志士上君や他の候補者の人と戦うよ。」
「アハハ、やっぱりアマノさんは優しいですね。
そして守りたい誰かがいるなんて幸せな人生ですよ。
まぁ、僕はアマノさんを殺したくないけどアマノさんを敵視している人を一人知ってます。
気をつけてくださいね、殺されないように。
それでは、また…………………近いうちにお会いしましょう。」
志士上はそう言って立ち上がり去っていった。
僕は引き留める言葉も出せずに遠ざかって行く彼を見送るしかなかった。
人の人生は、自分で決めることができるものなのだと思っていた。
でもそれは違った。
生まれた瞬間から、ある日突然に、もしかしたら次の瞬間から、自分の望むこととは裏腹に人の運命は変えられてしまうものなのかもしれない。
志士上はきっとこれまで関わったすべての人に人生を変えられ続けてしまったのだろう。
自分の思い通りに生きれたこともなかったかもしれない。
彼の人間嫌いは、心ない人達のなかで作り上げられたものだったのだ。彼の問いが脳裏に浮かぶ『僕は歪んでると思いますか?』。
歪んでるのは、彼の周りの人間だと思ってしまうのは僕が歪んでるからなのだろうか?




