『ミナモさんと天野晴』
僕は母と別れて部屋に戻った。ドアを開けるとそこには神使が珍しくテレビを見ていた。出てくることも珍しいのに、その上テレビを見ているところなど見たこともなくて、どう話しかけるべきかを迷っていると神使が
「最近のテレビはこんなにきれいに映るんだな。
俺が人間だった頃はまだシロクロで、持ってる人も少なかった。世界は豊かになり、見かけばかりを気にする人が増えていった気がする。
それだけ心に余裕が持てるようになったということなんだろうが、それはあくまで『人』として進化しているだけで『人間』としては退化しているのではないかと思う時がある。
便利な道具が増えれば、お互いに助け合って暮らしていた生活から一人でも生きていけるように変わっていく。
人と人の関係も薄くなり、繋がりや絆はいとも簡単に切れてしまうようになった。コミュニケーション能力というものがある人が重宝されるのも昔は当たり前にできていた意思の疎通ができる『人間』を求めているからではないだろうか?」
「急にどうしたんですか?」
「世界は『ゼウス』の意向によって、豊かにもなり貧しくもなる。
平和にも、戦争状態にも、愛ある世界にも、憎しみで覆われた世界にも。でも、『ゼウス』ができるのは導くことだけであり、その導きに答えないものによって、世界は救われたり、滅ぼされたりする。
神使はテレビを消して、僕の方をまっすぐに見て、
「母親から話を聞いてどう思った?
『ハルさん』は何で消えたと思う?」
「あなたは知っているんですか?
お父さんがいなくなった理由を。」
「当然だ。彼女が俺の話をしなければ、俺は今、ここにいない。」
神使の言う『彼女』が母のことなら、お父さんの話以外で出てきた名前はひとつだけだった。
「あなたがミナモさん…………なんですか?」
神使は黙ってうなずいた。そして、
「第二次世界大戦のまっただ中だった。
俺は兵隊として、中国や太平洋にも出兵していた。そんなあるとき、始まったのが前回の『ゼウス決定戦』だった。
戦争を起こすのが好きな前『ゼウス』は当然のように、戦争による後継者を選んだ。好戦的なやつばかりのなかで、『そいつ』は平和を望み、戦争で物事の判断をするのではなく、対話や民主的な議決により、お互いに幸せになることを望んでいた。
結局、『そいつ』が勝ち、世界は平和になっていった。だが『ゼウス』はあくまで人の神のトップの役職であり、神の世界では中間的な位置付けでしかない。全世界の幸せを、平和を望んだ『そいつ』に神の上級階層が反発した。
争いがあるから、人の数は抑制され、そして進化のきっかけをつかむのだと。争いがなくなれば、神に助けを求める人もいなくなる。
争いは、人にとって必要なものではなく、神が自らの威厳を保つために必要だったのだ。
そんな神の世界に絶望して、『そいつ』は神の世界から逃亡した。
『ゼウス』を失った人間の世界は安定をなくし、経済は破綻し、まとまりかけていた世界は元からあった火種を元に小さいながらも紛争が起こり続けていた。
逃げた『そいつ』は全知全能の力を使って人に紛れ込み、そしてある女性と恋をして、子供も授かったが、神の世界から来た使者に連れ戻されてしまった。
神は人間の世界から消えれば、人の記憶には残らない。『そいつ』は最初からいなかった人間となる。」
僕は神使、つまりミナモさんの言いたいことが、段々とわかってきた。それは母の話を聞いていたからこそ思い当たったのかもしれない。
母は『いつかいなくなることがわかっていた』とお父さんの話をしていた。それはつまりそういうことだったのかもしれない。
「もうわかっただろ?
俺の話していた『そいつ』は、お前の父である『天野 晴』のことだ。人間界ではハルと名乗ったが本当はお前と同じ『セイ』だったんだよ。」
「じ、じゃあ、お父さんは今も元気に生きてるってことですよね?
会うこともできるんですよね?」
神使は寂しそうに首を横に振った。
「無理だ。
逃亡したことで、怒りを買ったあいつは『ゼウスの間』において封印され、話すことどころか指を動かすこともできない状態で、世界を安定させるための置物のようにされてしまっている。」
「じゃあ、今回の『ゼウス決定戦』は誰が開催してるんですか?」
「方法はすべてセイの意向で決定している。特別な封印士がゼウス決定戦のことだけをセイから聞いて、システムを作り、実施されているが開催を決めたのはもっと上の奴等だ。
いつまでも置物をゼウスにしておくのではなく、新たなゼウスを選ぶ方が良いと思いやがったんだろうな。」
「新しいゼウスが決まったらお父さんはどうなるんですか?」
「消される………………だろうな。
少なくともお咎めなしとはならないだろう。」
神使は辛そうに言った。お父さんは死んでいなかったが、ゼウス決定戦が終われば死んでしまう。僕はどうしたら良いのかわからずにその場に立ち尽くしていることしかこのときはできなかった。




