『晴れのち星空』
『今日は雲ひとつないキレイな空だったから、夜にはきっと満天の星空が広がるよ。』
そう言って母が満面の笑みを浮かべた。僕に悩み事があると、母はいつも勝手に気づいて、勝手に励まして、そして最後に満面の笑みを浮かべるのだった。母の励ましの言葉は何一つ覚えていないのに、母の満面の笑みだけは今でも覚えているものなのかと思った。
「いや、本当にすごかったんだよ。
いつもの鈴木さんとはまったく違ったよ。」
成人式から数日が経ったある日のバイトで、佐藤くんに成人式の出来事を話していた。
「にわかには信じられない話ですよ。
だってあの鈴木さんですよ。
そんなに影響力のある人には見えないですよ。」
「でも、鈴木さんにビビって土下座した人もいたんだよ。
これはマジなんだよ。」
「本人は何て言ってたんですか?」
「それについてのコメントは無しだったよ。
あんまり聞ける雰囲気でもなかったからね。」
「そうなんですか………………………………」
佐藤くんが疑いの眼差しで見ている。これは本人から聞いても信じないパターンだと思っていると、店長が来て、
「あっ、天野くん。表にお客さん来てますよ。
最近よく来る人だよ。50代くらいの女性。」
「ついにって感じですね。なかなか会わなかったですもんね。」
佐藤くんが言い、僕はそんなに会いたかったわけでもないが、表に向かって歩き出した。
バックヤードから出るドアを開けるとそこには、何年もあっていなかったが一目でわかるその人がそこに真剣な顔で立っていた。
「母さん?」
僕が聞くと母は近づいた来たなと思った瞬間に右ほほに強烈な一撃が来た。おもいっきりビンタされたのだ。
倒れることはなかったが、いきなりビンタされた衝撃と驚きで次の言葉が出てこなかった。すると母が
「連絡くらいしなさい。」
最もなことを言われたので、反論する気にもならない。それにしても20代半ばの息子にビンタするところにかなり驚いて、自然と敬語になり、「すみませんでした。」と短く謝った。店長がソロリと出てきて、
「何か込み入った話でしたら、休憩室を使われますか?」
母はやっと場所柄のことを思い出したのか、焦って
「すみません、仕事が終わるまで待ってます。」
「いえ、星君にはいつも助けてもらってるので、今日はもう上がってくれてもいいよ。
呼べば絶対に来てくれる人もいますから。」
店長が言った後ですぐに鈴木さんの顔が浮かんだ。母が
「そうですか?じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。
セイ、外で待ってるから。」
母はそう言って、出口に向かって歩いていった。
「すみません、ご迷惑かけて。」
「いいよ。明日の午前中なんだけど、急に休まれちゃってね。
代わりに来てくれないかな?鈴木くんも明日は無理でさ。」
「わかりました、じゃあ、失礼します。」
僕はそう言って、帰る準備を整えて店を出た。
母と並んで歩き、公園のベンチに座ると母は晴れた青空を見上げたまま黙っていたので、僕から気になっていたことを聞いた。
「どうして僕のバイトしてるところがわかったの?」
「ハルさんからのお告げかな。
セイがバイトしてるところを夢で見たりしてたの。」
「そんなことあるわけないじゃないか。
死人ができることなんてないだろ。」
「ハルさんは死んでなんかないよ。
私はもう二度と会えないけど、セイなら会えるよ。」
「どういう意味?」
「セイ、お空を見上げてみて。」
僕は言われるままに空を見上げる。さっきより雲が少し増えたかなと思うだけで、青空が広がっている。僕が不思議がっていることをわかっているかのように、母が
「今日は晴れてるから夜になれば、星空が広がるのよね。
晴さんが居なくなった次は星がいなくなるんだね。」
「連絡しなかったのは悪かったと思ってるよ。
でも、居なくなるなんて大層なことじゃないよ。」
「セイ、私ね、知ってるんだ。神様が本当にいて、その神様が本当に身近にいて、そしてもうすぐ手の届かないところにいってしまうことも。」
母の言っている意味がわからない。『神様ゲーム』の結果として僕が神様になっていることを母が知っているわけないし、お父さんが居なくなったことと、僕が関係あるわけもない。
「セイ、『天野』ってい名前はね、お父さんの、ハルさんの名字だったの。おじいちゃんがハルさんのことをなかったことにしたのに、セイはずっと天野のままだったよね。
ハルさんが神様だったことも知ってたし、いつかはいなくなることも私もおじいちゃんも知ってたの。」
母が何を言っているのか、さっぱりわからない。というか、わかりたくないだけなのかもしれない。母が
「セイ、『天野』はね、『空の』っていう意味だよ。
空に起こること全てがあなたの味方で、武器で、そして盾でもあるの。あなたがもし『自分の力』で迷っているなら、空に問いかけてみて。答えは空が知っているから。」
母はいつの間にか空ではなく、僕をまっすぐに見つめていた。その目は少し涙で濡れていた。
「それはどういう意味?父さんは何者だったの?何でそんな話を今?」
僕は次から次に出てくる疑問を何も考えずにそのまま口に出した。
母は優しく微笑みながら、
「名前は、その人を表すの。
いつかいなくなってしまうハルさんと私が死ぬまで一緒にいたくて、あなたに『セイ』って名前をつけたの。
ハルさんの『晴れ』の字も『セイ』って読むでしょ?
詳しい話は………………………『ミナモ』さんに聞いて。」
母はそう言って立ち上がり、僕が呼び止めると満面の笑みだけを残して、何も言わずに去っていった。
追いかけて聞こうとも思ったが、答えてくれないだろうとなぜか思ってしまい、足が動かなかった。
その場に立ち尽くして、
「ミナモさんって誰だよ?」と呟いた。




