『case44 騒ぐ若者』
バイトに追われれながら、新年を迎えてしまった。
正直、新年になったから何かが変わるわけでもないし、今まで通りのバイトで暮らしていく毎日が続いていくのだと思っていた。
でも、ふと思うと、この『ゼウス決定戦』がいつまで続くものなのかもわからないので、来年を人のままで迎えることはできるのだろうかと考えてしまった。テレビを見て年越しすることも、元旦の一日丸々寝て過ごして後悔することももう無くなるのかもしれない。
ただこんなことを考えていても正月は遠ざかるだけで、戻っては来ないし、急激に近寄っても来ない。
気を取り直して、正月が過ぎるとやってくる『あの日』の行事に駆り出されたので会場に向かった。
「何でこんなバイトが紹介されるんですか?」
僕が鈴木さんに聞くと、鈴木さんは笑いながら
「えっ?そんなに嫌だった?
成人式のスタッフのバイト。良いじゃん、かわいい女の子の振り袖姿を見れるとことか。
俺らフリーターの心のオアシスじゃないか。」
「そんなことじゃなくて、これって行政の管轄する行事なのにどうして見つけられたのかを聞いてるんですよ。」
「ああ、そういうことね。
色んなバイトしてると、そういうコネができてくるわけだよ。
そういうコネが高収入で楽なバイトを運んできてくれるわけだ。」
「そのコネを活かして就職しようとかはないんですか?」
「あのな、天野。
俺は働きたいときに働きたいし、絶対この仕事をしないといけないって言うのが嫌いなんだよ。
働きたいと思ったときに働けて、使う側も使いたいと思ったときに自由に使える人間がいた方が楽なんだよ。
いわば、俺と雇う側はウィンウィンな関係ってやつだよ。」
「それたぶん使い方間違ってますよ。
でも、使いたいと思われたってことはあんまり人気のないバイトってことですよね?」
「それはそうだろ。
二十歳になったから成人なのかと言えばそんなことないし、ガキのクセに二十歳になったら何をしても良いくらいのアホな考えの奴だっているしな。
よくあるだろ、成人式の日に騒ぎまくって怒られてる奴の話とか喧嘩して捕まったとか言う奴とか。
要は浮かれて調子に乗ってるお子様の相手する仕事を正月早々したいとは思わないわけだよ。」
「心のオアシスの話はどこにいったんですか?」
「俺は別に嫌だとは思ってないから、俺にとっては心のオアシスって意味だよ。
若いうちにバカやっとくと、怒られるかもしれないけど楽しくてもそうでなくても『思い出』になるだろ?
『何も楽しくなかった』とか、『そんなのあったけ?』みたいなのよりずっと良いと思うんだよな。」
「鈴木さんはどうだったんですか?」
「バカ騒ぎする予定だったけど、その前にバイクで事故って行けなかったんだよ。あの時なんであんなことしたのかなとかさ、参加できてたら俺の人生変わってたかもなとか思うわけだよ。
いつか振り返ったときに、『俺の人生わりと楽しいな』って思えたら、俺はそれで幸せなんじゃないかと思うよ。」
鈴木さんはどや顔混じりでそう言って笑った。
「それで、ここの成人式はどうなんですか?」
「スタッフが足りなければ、行政の職員が補填すれば良いと思わないかね?」
「つまり、行政の人間を出したくない、あるいは出たくないからバイトを雇っているということですか?」
「その通りだよ。ほぼ100%の確率でバカな奴が騒ぎ出して数人は無理矢理会場の外に連れていかれることになる。」
「その連れてく仕事がバイトの内容ってことですね。」
「大丈夫だよ、中にはシラフで騒いで注意されたら大人しくなる奴もいるから。」
「それほとんどが危ない奴だってことですよね。」
そんなことを話している間も成人式は進んでいて、あるタイミングで鈴木さんが
「天野、準備しとけよ。そろそろ出番だから。」
と言って移動を始めた。僕もそれについていくと、鈴木さんが言った通り会場内が騒然となった。行政の人らしき人が駆け寄ってきて
「あっ、鈴木くん、出番だよ。
まったく市長の話くらい静かに聞いてもらいたいもんだよ。」
鈴木さんはニコリと笑い、
「いつものことじゃないですか。」
そう言って会場の中に入っていく。僕も続くと、会場の中では袴姿の男が数人、壇上に上がって騒いでいた。
鈴木さんが「行くぞ」と言って、騒いでいる若者のもとに進んでいく。会場を抜けて壇上に向かう途中で色んな声が聞こえてきた。
『あいつら○中の奴等だよな。』
『何であんなことするんだろうね?』
『あいつらのせいで俺らまでバカだと思われるとかマジで迷惑だわ』『あんなやつら来なければ良いんだよ』
僕も同意したい意見が少なからずあった。大人になったことを祝う式なのに、子供みたいに騒いで何がしたいのだろうか?
極一部のバカな人のせいで、その場にいる全員が同じようにみられてしまうことに関して彼らは考えているのだろうか?
このあとも同窓会だとか、みんなで集まってご飯に行ったり、遊びに行ったりするのではないのだろうか?
騒ぐのはそれまで待っておけば良いのではないか?
鈴木さんが言っていたこともわからないではないが、『思い出』はきっと無意識のうちにも作られているのではないだろうか。
無理矢理作らなくても、出来ているのが『思い出』なのではないかとも思ってしまう。近くまで行くと鈴木さんが笑顔で
「ねぇ君達、みんな迷惑してるから騒ぎたいなら外でやろうよ。」
「なんだよおっさん。俺らが主役なんだから別に良いだろうが。」
「そうだ、引っ込んでろ!」
騒いでいた若者達は鈴木さんに文句を言い始めた。鈴木さんは笑顔で聞き流しているように見えたが後ろで組んでいた拳がプルプルと震えている。これはかなり怒っていることを表していた。
僕も注意されても開き直って、無茶苦茶なことを言っている彼らが許せなくなったので
・対象 この若者達
・行為 成人式で騒いだ。
・天罰内容 騒いでいたことが周囲に知られて、二次会等の会場に入店を拒否される。
僕は『実行』と心のなかで言ったが、実現するかわからない天罰を下してしまったなと少し反省した。
だが、その結果は後で知ったことだが自分の目の前にいた人物によって実現されることになるのだった。
鈴木さんが後ろで組んでいた手をほどき、先程の笑顔も消えて、
「好き勝手言ってくれるじゃないか。
お前ら、明日から仕事にありつけなくなっても知らないからな。
少なくともこの町でバイトしてる奴は干されること間違いなしだからな。」
鈴木さんが言ったことの意味がわからなかったのか若者の一人が
「なにわけわからないこと言ってんだよ?」
鈴木さんが凄みのある顔で
「この辺のバイトで、俺がしてないもんなんかないし、チェーン店とかなら駅5個分くらいの範囲なら俺の影響力はあるからな。
『バイトリーダー鈴木さん』をなめるなよ!」
僕は真剣にこの人は何を言っているのだろうか?と疑問に思った。鈴木さんは確かに色んなバイトをしているし、どこに行っても鈴木さんを知っている人はいたと思うし、バイトの面接に行くと『鈴木くんから君のこと聞いてるよ』と言われて、すぐに採用になったこともあったが、今までに『バイトリーダー鈴木さん』と呼ばれているところを聞いたことはなかった。
だか、そんな混乱している僕を差し置いて、若者達から顔の色がなくなり青白くなっていく。若者達はお互いに顔を見合わせて、壇上で土下座を始めた。
「すみませんでした!」
全員が大きな声で謝り、必死に許してもらおうと謝罪の言葉を続けている。
僕はただただその光景に驚くしかできなかった。
その後、彼らは鈴木さんに連れられて会場を後にした。




