『case39 並んだ自転車』
僕は夢に見た『父の言葉』が事実だったのかどうかを確認する手段を持ち合わせてはいなかったため、深く考えもこともなくバイトに向かった。
ファミレスのバックヤードに入ると、ものすごい勢いで鈴木さんが走ってきて、
「天野、昨日の娘とはどうなったんだよ。」
「どうもなってないですよ。
あれです、ゲーム仲間だったみたいです。
なんか難しいダンジョン攻略の人手が足りないので、参加して欲しいみたいな話でした。」
「それで、何て答えたんだよ?」
「そのゲームをもうやってなかったので断りましたよ。」
「え~、そこは一緒にやって仲良くなってって感じにするとこだろ。」
「あの娘も同じように思ってたのかもしれないですね。
断ったときに嫌な顔して帰っていったので。」
鈴木さんがため息をついたところに佐藤くんが来て
「何かあったんですか?」
鈴木さんがことの一部始終を話すと佐藤くんが
「天野さん、最近モテ期なんじゃないですか?
昨日のバイトの時にも女性が天野さんを訪ねてきましたよ。」
「なんだよ、それ?
どんな娘?可愛かった?」
鈴木さんが聞くと佐藤くんは困ったように笑い、
「女性ではあったんですけど、年齢は高めだったと思いますよ。」
佐藤くんが言ったところで、店長が
「3人とも来てくれるかな。」
呼ばれるままに出ていくと、店長が外を指差して
「あそこに自転車が停まってるでしょう。
あれを全部どけてきてくれないかな。
あれ全部うちのお客さんのじゃないみたいなんだよね。
駅も近いし、勝手に駐輪場にされたんじゃたまったもんじゃないからね。」
「どこにどけるんですか?」
佐藤くんが聞くと店長が
「道の前に置いておけば、警察の人たちが何とかしてくれるって言ってたから、そんな感じでお願い。」
「了解です。」
3人でそう言って、外に出て自転車を一台ずつどけていく。
ほぼどかし終わった頃に、20代くらいのチャラそうな男がやって来て、
「おい、俺の自転車なんで道に出てんだよ!
お前らがやったのか?」
そう言って詰め寄ってきた。それに対して鈴木さんが
「ここは無料の駐輪場じゃないんだよ。
勝手に停めてる自転車は全部警察に渡すためにどかしてるんですがなにか文句でもあるんですか?」
「警察って、ふざけんなよ。俺は客だろうが!」
「この人が来てるの見たことあるか?」
鈴木さんに聞かれて顔を確認するが僕には覚えがなかったので
「僕はないです。」
佐藤くんも「僕もです。」と言った。鈴木さんはチャラ男に向かって
「この3人は絶対にどこかの時間帯に毎日入ってるんですが、俺を含めて誰もあんたを知らないってことはあんたはうちの客じゃないってことだ。それでもまだ文句あるのか?」
「ふざけんなよ!」
そう言って、チャラ男は鈴木さんを思いっきり殴った。殴られた鈴木さんは地面に倒れ、起き上がって
「テメー!」と叫んでチャラ男に向かっていこうとする。僕と佐藤くんは必死に鈴木さんを押さえて
「鈴木さん、落ち着きましょう。」
僕がそういっている間にチャラ男はビビりながら自分の自転車に乗って走り去ってしまった。
僕は心の中で
・対象 20代チャラ男
・行為 自転車を違法駐輪した上に、注意した人を殴る。
・天罰内容 急いで逃げたため、バランスを崩して転倒して顔面を強打する。
僕は「実行』と心の中で思った。チャラ男は自転車で数メートル進んだところで思いっきりこけて、顔面をえんせきにぶつけた。
ちょうど警察が自転車の処理のために来て、声をかけたので、佐藤くんが
「お巡りさん、そいつを捕まえてください。違法駐輪を注意したらこの人を殴って逃げたんです。」
心配そうにチャラ男を見ていた警察官の目の色が変わり、両脇を抱えて、事情を聞かれ出した。
僕らも起こったことをそのまま警察官に話して、チャラ男は自転車と共に警察署に連れていかれた。
僕らはファミレスに戻り、鈴木さんの手当てをしていると鈴木さんが
「こんなの手当てするほどでもねぇよ。」
「一応ですよ。怪我した風に見せとけば、あいつが警察から怒られる具合が厳しくなるでしょう。」
佐藤くんは、そう言いながら必要以上にばんそうこうを貼った。
そこに店長が来て、
「ごめんね、こんなことになるとは思ってなかったよ。
今日のバイト代は少し上乗せしとくよ。」
店長はそう言い残すと、警察のところに行ってしまった。
「ところでさっきの話なんだけどさ、天野を訪ねてきた女性は何でここで天野が働いてるのを知ってたんだ?」
鈴木さんが言うと佐藤くんが
「そこは聞いてなかったんですけど、『天野 星はいますか?』って聞かれたんで、ここで天野さんが働いてることは知ってた感じでしたね、」
「それでなんて答えたの?」
僕が聞くと佐藤くんが
「今日はお休みです、って言いました。
そしたら『そうですか』って言って帰っていかれたので、それ以上は何もわからないですね。」
「そっか………………」
僕が短く言うと鈴木さんがちゃかすように、
「なんだ?熟女の方が好みだったのか?」
「違いますよ。ただ誰だったのかなって思っただけです。」
その後もたあいのない話をしてから、バイトの仕事に戻った。




